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第78章 カルミアの花のように

最終書となります。

少し長めです。


 スレッタとカイルの結婚式は、緑の月の第一週の休日に行なわれた。

 一昨日まで降っていた雨は止み、雲一つない晴天が広がっていた。

 燃えるよう真っ赤な髪にスミレ色の瞳をした逞しいモラネス男爵の腕に手を添えながら、美しい金色の髪に、スミレ色の瞳をしたスレッタが、真っすぐ祭壇のに向かって歩いて行った。

 恐らく二人は、父と娘の時間を惜しみたかったに違いないのだが、何せ騎士である父親と、その父に鍛えられた娘。物凄いスピードで目的地に着いてしまい、祭司だけでなく、その場にいた参列者を驚かせた。

 

「あれほど、ゆっくり歩くようにと言ったのに」


 ハンナがため息を吐くのが聞こえた。あれじゃあムードもへったくれも無いな。


 スレッタとカイルが永遠の愛を誓った後にキスをする二人の姿に、隣に立つディアナが手を組んで目をうるうるさせていた。


「綺麗だわ、素敵だわ、なんてお似合いなのかしら。お二人こそ天に選ばれし夫婦よね」


 いや、それは三年後の君と私だろう。天に選ばし夫婦になるのは! 

 思わずバチ当たりなことを思ってしまった。


「それにしてもスレッタ様、本当に綺麗だわ。やっぱり男除けの意味もあったのでしょうね。

 家庭教師やスミレ嬢の時、そして侍女をしてくれている時とは、髪色から髪質、肌の色まで全く違っていて別人にしか見えないもの。

 どのスレッタ様も素敵だったけれど、今日が一番綺麗だわ」


 ああ、ディアナの言う通りだ。

 スレッタは昔から綺麗だった。だから、何度も誘拐されかかったんだ。

 その度にカイルが助け出したんだが、そのせいでいつもボロボロ、ボコボコにされていた。

 スレッタは彼にそんな思いをさせたくなくて父親に剣や護衛術を習うと同時に、子供なのに化粧をするようになったんだ。目立たない地味な顔にするために。

 それからどんどん化粧だけじゃなくて変装が得意になって、官吏試験に受かってからも、よくその技術を見込まれて仕事を命じられていた。

 もちろん命の危険にさらされるような仕事はしていなかったが。

 どうしてそんなことが可能だったかというと、彼女は王宮の官吏だったのだ。

 だから、カイルが幼なじみであった元王太子のアルスト様やクロフォード殿下に圧をかけていたのだ。

 

 もちろん私の変装術もスレッタに教わったのだ。


 私がもっとしっかりしていれば、スレッタはもっと早く素顔に戻れて、今頃ワーナード男爵令息夫人になっていたことだろう。

 



「見て下さい。お兄様が落ち込んでいるわ。どう慰めたらいいのでしょうか」


「慰めになるかどうかわからないが、一つ仕込んである。

 それでも浮上してこなかったら、ディアナが「お兄様、好きよ」とでも囁いてやればすぐに立ち直るよ」


「えっ? 仕込みって何ですか?」


「内緒」


 私がそう言うと、ディアナは少しぷくっと頬を膨らませた。可愛い。


 そして挙式の最後のイベントが始まった。

 スレッタは私の依頼通りに見事に上手くブーケトスをやり遂げてくれた。さすがだ。

 彼女が後ろ向きで放ったブーケを受け取ったのは、ご令嬢達の後ろに立っていたフィリップ君だった。

 普通のご令嬢だったら、絶対にあそこまで飛ばせないよ。

 ブーケを手にしてきょとんとしていたフィリップ君に、ディアナはこう言った。


「花嫁さんが投げたブーケを受け取ることのできた人は、次に結婚できる人って言われているのよ。

 良かったわね、お兄様。大好きなお兄様にも素敵な結婚をしてもらいたいと思っているからとても嬉しいわ」


「僕を好き? フローディアが?」


「ええ、大好きよ。だから、もうそろそろディアナって愛称で呼んでね」


「ディ、ディアナ……」


 大好きと言われ、しかも愛称呼びをようやく許されたフィリップ君は、ブーケに顔突っ込んで泣き出した。

 普通の男がそんなことをやったら興醒めだったろうが、美形が花束に顔を埋めて泣く姿は、一枚の絵のようでとても美しかった。




 そしてロンバード子爵家の庭で開かれた披露宴もそれはもう伝説になるくらい素晴らしかった。

 なにせ多種多様、色様々の薔薇が咲き乱れるパーティー会場は、まるで夢の中にいるのではないかと錯覚を起こさせるほど、美しかったからだ。

 まあ、新郎新婦の美しさには負けるが。


「まるでどこぞの王族の結婚かと思うほど、堂々とした気品のあるカップルだな」


 クロフォード殿下が感心したように言うと、兄であるアルスト殿下(・・)も頷いた。


「あんなに美しい女性を妻にできるカイルが羨ましいよ。まあ、苦労した分彼には幸せになって欲しいとはずっと願っていたが」


「殿下も来年になったらアイリス様と結婚できますよ。あと三年待たなくてはいけない私よりずっといいではないですか」


 私がそう言うと


「そもそも私の方がずっと年上なんだが」


 そう言ってアルスト殿下は笑った。

 殿下……

 そう。彼は王籍復帰されたのだ。ただし王位継承争いを避けるために王位継承権は剥奪されたままとなったのだが。

 そして、先日王太子殿下と離縁された元王太子妃アイリス様と、まだ内密だが結婚することになったのだ。


 王太子殿下は体があまり丈夫ではなく、お二人は白い結婚だったみたいだ。

 元々義姉となるはずだったアイリス様のことは実の姉のように思っていられたので仲は良く、お互いに支え合ってこられた。

 しかし、夫婦にはなれなかった。そこで、アイリス様の幸せを思って離縁されたのだ。


「あの時、君が言うように、私が兄を信じて動いていれば、二人は引き裂かれることはなかったんだ。

 それをずっと後悔をしていたのだよ。

 これでようやく楽になれる」


 王太子殿下はそうおっしゃっていた。

 そんな心優しい王太子殿下に、今後も他のお二人の殿下と共に精一杯お仕えしていこうと思っている。



 新郎新婦は広いガーデンに設置されたテーブルを回って、参加者に挨拶をしていった。

 そして、ロンバード子爵家のテーブルのところまでやって来ると、二人は深々と一礼した。


「こんな素晴らしい結婚式並びに、披露宴を準備して頂き、本当にありがとうございました。

 この御恩は生涯忘れません」


「忘れてしまっても一向に構わないですよ。私達のことは。

 ただ今の幸せの気持ち、相手を思う心だけは忘れなければそれでいいと思うわ。

 本当におめでとうございます」


「君達ならきっと幸せになれるだろう。おめでとう」


「貴方方お二人にはディアナのことを守ってもらい、感謝の気持ちしかありません。これからも妹共々よろしくお願いします」


「こちらこそ、子爵家の皆様のおかげで、宿敵を葬ることができ、こうして結婚できたこと、感謝しかありません。

 ルシアン様抜きでも良いお付き合いをお願いします。

 こちらの素晴らしいお庭についても、広く人々に知ってもらえるようにお話させてもらいたいと思います」


 おいおい、私抜きって、なんだい。


「それはありがたいですね。

 実は我が家の敷地内に植物園を作りたいと思っているのです。

 そして休祝日だけは閉園して、結婚披露宴やガーデンパーティーの場として提供できたらと思っているのですよ。

 これから協賛者を見つけようと思っていたのてすが、カイル卿にもお願いできないでしょうか」


「それはとても良いアイデアですね。もちろん協力させて頂きます」


 おいおい、私は聞いていないぞ!


「お兄様はずっと忙しくしていたのに、いつの間にそんなアイデアが浮かんだのかしら。

 商才があったのね。そんなところはお母様似なのかもしれないわ」


 ディアナが感心したようにそう言った。すると、スレッタが眩い笑顔を見せながらこう言った。


「植物園の入場者には切符の半券代わりに、ディアナ様がお作りになった押し花付き栞を手渡せばきっと喜ばれると思いますよ。

 だってあの栞は恋が実るお守りですもの。

 もらった人達はきっと恋愛成就して、こちらのガーデンで披露宴をしたいと希望されると思いますよ」


「「「なるほど」」」


 ディアナだけでなく、フィリップ君や夫人までが食い付いた。それを私と子爵が目を丸くして眺めた。


「ルシアン君、我が家は君のおかげで、今後はずいぶんと交流が広がりそうだな。

 妻にも友人がもっと増えれば、社交を再開させられるかもしれない。

 これも君との縁を結べたおかげだ。ありがとう。これからも妻と子供達をどうかよろしくお願いする」


「それは全て私のセリフです。

 まだまだ未熟者ですが、私はすでにロンバーグ家の一員だと思っています。

 なんでもおっしゃってください」


「私は今とても幸せだ。愛する妻が戻ってきてくれて、子供達ともようやく心が通うようになってきたしね。

 ディアナに愛称呼びを許されたときは、恥ずかしながら泣いたんだよ。フィリップと同じだな。

 シャーロットも少しずつ良い方向に変わってきているというし、そのうち家族が全員揃うと思う。

 

 でもね、欲張り過ぎだと言われても、あと一つだけ望むことがある。それは君とディアナが幸せになることなんだ。

 どうかその願いを叶えて欲しい」


 子爵は大輪の白薔薇のように、気品のある美しい笑顔を浮かべてそう言った。

 ディアナは夫人に瓜二つだと思っていたが、その笑顔は子爵にそっくりだった。そう思った瞬間、ディアナが私の腕を両手で掴んでこう言った。


「三年後が待ち遠しいわ。あっという間に時が過ぎればいいのに」


「そんなに早く過ぎてしまったら、二人のデートも思い切り楽しめなくなるんじゃないかな」


「あら、それは困るわ。

 それに先週植えた色とりどりのカルミアも成長しないかもしれないし、やっぱりそんなことを願ってはいけないわよね。

 私の希望としては、薔薇のガゼボで挙式をしたいの。愛する家族や友人の前で結婚の誓いをしたいから。

 それでね、そこへ続く小径には今薔薇だけしか植えていないでしょ。

 だから違う花の小径も作ろうと思っているの。ユリとか、アザミとか。

 カルミアなんかもいいと思うのだけれど、ルシアン様はどう思われますか?」


「カルミアは……」


 カルミアって毒があって、「羊殺し」と呼ばれているよね。毒花は避けた方がいいんじゃないか、と口にしかけた。

 しかし、たしか毒があるのはアジサイのよつに葉っぱの方だったと思い出した。花には毒がないならそれでいいか。

 大きな夢、希望という花言葉を持つ、気品のある美しさを持つカルミア。

 しかし美しいだけではその希望は叶えられない。多少は毒を持たなければ。

 ディアナも子供のときから私をカルミアにたとえていたじゃないか。

 そう考えると美しい花と毒を含む葉を持つカルミアは、私の人生の指針のような気がした。


「うん。とってもいいアイデアだね。カルミアの花が満開になる頃に結婚式を挙げようね」


 私がそう言うと、ディアナは両親そっくりの美しい顔をパーっと輝かせた。

 その愛らしさに、私はご両親の目の前だというのに、彼女を思い切り抱き締めて、その可愛いおでこに優しいキスを落としたのだった。


 


途中で、何度か投稿をストップさせてしましたが、どうにか完結させることができました。

最後までお付き合いして下さった読者様に感謝します。

誤字脱字報告もありがとうございました。


次に短めの連載を今晩20時から投稿しますので、こちらも読んで頂けたら嬉しいです。

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