第77章 最優先すべきこと
ようやく裁判が終わった。
被告人達にはそれぞれの罪状よってそれ相当の判決が下された。
彼らの多くが鉱山の採掘や密林の開墾、道路整備の使役を命じられた。
ただし、当然元マクロミル伯爵のような組織の幹部や、人身売買、そして麻薬に関与した者達には死刑判決が下りた。
とは言え、彼らの犯罪は数か国にまたがって行われていたので、一国だけで裁くわけにはいかなかった。
そのため、彼らはこの国の裁判が終わったその日のうちに国際裁判所へ送られた。
彼らはの未来はすでに決まっている。本人達からすればさっさと刑を受けてしまった方が楽だろう。
しかし、そんな甘えは許されない。被害を被ったそれぞれの国の人々から糾弾され、呪詛の言葉を吐かれ、石を投げつけられることだろう。
多くの人々の命を奪い、人生を狂わせたのだから。
これは後になって知った話だ。
その中にはレイクレス伯爵一家も含まれていた。彼らは爵位を剥奪されて平民になって裁きを受け、国際裁判所へ送られた。
今回の摘発はかなり大規模であったため、護送用の馬車は何列にもなって街道を進んだ。
しかも数が足りなくて家畜用の荷馬車を改良したものだった。狭くて横になるスペースもなく皆疲れ果てていたが、家畜の糞尿などの独特な臭いがして、それが囚人達をさらに苦しめた。
特に名家の伯爵令嬢だったキンバリーは、その荷馬車での移動は耐え難いものだった。
横にはなれないし、汚らしいむさい男に寄りかかるなんて、悍ましくて到底できなかったからなおさらだったらしい。
彼女は護送係を務める騎士に対して媚を売って、横になるスペースを確保してもらおうと試みた。
しかし、騎士には露骨に嫌な顔をされ
「俺を見るな、話しかけるな! 虫唾が走る。化け物女め」
と怒鳴られた。
ところがキンバリーは、その罵声が自分に向けられたものだと思いもしなかったようだ。
今回の逮捕者はかなりの人数だったので、迅速に裁判を進めるために、傍聴人は入れなかった。
その結果、彼女は自分が他人からどう見られているのか、どう思われているのかをまだ理解していなかったのだ。
しかしその直後、突然顔や胸に小石を投げ付けられて通りに目をやると、子供達が彼女を指差しながら話をしていた。
「見て、あの女の人の顔に赤い花が咲いてるわ」
「あれは、エゴイソウの花だよ」
「エゴイソウ?」
「毒花だよ。人を不幸にする悪の花だよ」
「こわい!」
「心配するな、やっつけてやるから」
男の子達は次々と道端に転がっている小石を拾って、護送馬車を追って走りながら、キンバリーに投げつけた。
「やめて〜!」
騎士は慌てて子供達を止めたが、それは彼女のためなどではなく、自分にも石が当たったことと、彼女の周りの男達が暴れ出すのを危惧したせいだった。
その後キンバリーは、面倒事を嫌った騎士から、道中ずっと頭から麻袋を被せられ、そのままになっていたという。
では私の母マデリーンがどうなったのかといえば、労働刑を言い渡されて、北の寒村にある女性用の収容所へ送られた。
足枷を付けられて畑仕事や縫製の仕事をすることになるだろうが、役に立つとは思えない。
後半年くらい経てば例の特効薬がなくても、あの赤い爛れは治るらしい。だから彼女にとっての一番の苦痛はなくなるだろう。
しかし仕事ができなければ駄賃が貰えないから、衣類の一枚も買えない。寒い冬でも作業服だけで過ごさなければならない。
今年の冬を越せるのか分からない。
しかし、それも自業自得なので仕方がない。彼女はそれだけの罪を犯したのだから。
そして我が家は侯爵から伯爵へと降爵された。いや、正確に言うとされたのではなく父が自ら望んだことだった。
事件解決後に分かったことだが、アルスト様が領地運営に成功したのは、父の指導や協力があったからだったらしい。
国王陛下と父は親友だった。そして王子達とも面識があり、その人となりも良く知っていた。
そのため、あの婚約破棄事件があった時も、これは何かおかしい。犯罪のにおいがするからもっと慎重に調べろと進言したそうだが、聞き入れてもらえなかったようだ。
つまり父は私やガイルと同じ考えだったようだ。
そのため、臣籍降下したアルスト様を陰からずっと、カイルと共に応援や援助を続けてきたのだという。
教えてくれれば良かったのに。
父の尽力に加え、今回私が大犯罪グループを摘発するチームのリーダーを務めたという功績を国は大々的に発表した。
王家はそうやって祖父や母の罪を相殺しようと考えたらしい。
しかし、罪は罪、褒美は褒美。その辺をしっかりしないと他の者から不が出ると言って、父は降格を望んだらしい。
爵位を剥奪される覚悟をしていた私に不満があるはずもなかった。
ところが、王族や高位貴族はそれに納得しなかったらしく、私は首相補佐官に任命されてしまった。つまり次期首相と見なされたのだ。
正直ありがた迷惑だった。
しかし、元第二王子だった王太子殿下に子種がないことが判明した。そのため、第三王子のクロフォード殿下が次期王太子になることが決まったのだ。
ディアナのデビュタントとなった王城のパーティーで、彼女をエスコートして王族に挨拶しに行った。
その際にディアナは、将来の首相夫人として、息子一家を助けてやって欲しいと陛下から言われてしまった。
彼女に断れるわけがなかった。
王子妃殿下、そして小さな王子殿下にまで頭を下げられてしまっては。
「王太子殿下やクロフォード殿下は、ルシアン様の大切なお友達でもあるのですよね。それならお支えしないといけませんよね。
私も一生懸命に勉強をして、カイル様やスレッタ様、それからオスカー様と共に貴方をお支えしますわ」
パーティーが終わった後、ディアナは健気にそう言った。私は胸一杯になって思い切り彼女を抱き締めてしまった。そして
「どんなに忙しくても、たとえ緊急事態に陥っても、水曜日だけは絶対に君と過ごすからね」
と言うと、ディアナはただ「はい」と言っただけで、私をたしなめるわけでも約束を乞うこともなかった。
もしかしたらそれが可能かどうかは、彼女にとってそれほど重要ではないのかもしれない。大事なことは私に誠意があるかどうかで。
私にとっての最優先はディアナだ。これからもそれは絶対に変わらない。先ほど王城でクロフォード殿下の側を離れる際に、彼の耳元でそう囁いてやった。
彼は吃驚していたが
「それを認めてくれないのなら、引き受けないよ」
さらにこう言葉を続けたら、彼はこくこくと頷いていたので、ディアナとの約束は守ることができるだろう。
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