第61章 最重要人物の逮捕
例のディアナ嬢に関する準備は全て整った。
後はそれをいつ実行するか、そのタイミングを図っていた。
その矢先に、早速事件解決の鍵となる人物を捕縛した、という朗報が城にもたらされた。
現マクロミル伯爵が、自らマクロミル元伯爵を取り押さえたのだ。
そう、自分達にとって将来邪魔になると判断して、実の妹を使ってアルスト様を王位から引きずり落した男だ。
陰謀が発覚する前に逃亡して地下に潜り、犯罪を拡大させていた悪の親玉だ。
アルスト様は、領主を追い出したと領民に憎まれながらも、着々と領地改革を進めてきた。
そしてそれと並行して、薬物に関与する犯罪組織の撲滅のために密かに動いていたのだ。
最近では、麻薬の原料になりうる栽培を自ら止めて、地道に真っ当な農産物栽培に励む領民も増えてきていたという。
ご禁制の品の物流に関係していた者達も、次々と足を洗って職種変えをしているらしい。
アルスト様が産業振興に力を入れて仕事が増えたので、わざわざ裏家業に就く必要がなくなったからだ。
そんな真っ当な生き方をしているうちに、彼らは自然に疑問を抱くようになったようだ。
前領主は果たして自分達が慕うだけの価値があったのかと。
彼が現当主のように領地が繁栄するような政策をとっていてくれたら、そもそも裏家業などをしなくても済んだのではないのか……
そう考えるようになった領民達が、少しずつ過去の犯罪について教会に懺悔をしてくるようになった。
その情報が逐一当主の元に届けられた。
一般人には知る由もないが、教会は王家の支配下にあったからだ。
その結果、徐々に麻薬犯罪の組織図が明らかになってきたのだ。
そしてそれらの情報は直ぐ様、王城の第三騎士団のマッケイン団長にも逐一報告されていた。
団長はそれを元にずっと捜査を進めていたのだが、数日前に、なんとマクロミル元伯爵の隠れ場所を密告する男が現れたのだという。
マクロミル元伯爵の長年側近をしていたその男が、何故ボスを裏切ったのか。
それは、彼の妻子が麻薬中毒の御者の操っていた暴走馬車に轢かれて殺されてしまったからだ。
茫然自失となっていたその男にさらなる追い打ちをかけたのは、一人だけ運良く助かった息子だったという。
「母さんと姉さんは父さんに殺されたようなもんだ。あの御者は麻薬中毒者だったんだろう?
父さん達がそんな危ない薬を売らなきゃ、母さん達は死ななくて済んだかもしれないよね?
違法な仕事を辞めて、真っ当な仕事をしてって、母さんや姉さんはずっと言っていたじゃないか。
新しい領主様に変わって、ちゃんとした仕事が増えているからって」
全身を包帯で覆われた息子にこうなじられて、男は何も言い返せなかったらしい。
マクロミル元伯爵は、密売組織の中の違薬物部門の元締めだった。
そして告発者アデランよって、他にも人身売買や武器を扱う部門が判明した。
密売組織の相関図がはっきりしたことで、第一と第二騎士団の士気も多いに盛り上がった。
「せっかく王位から引き摺り下ろしたっていうのに、結局アルスト兄上に捕まったな。
そして組織を全滅される結果になったのだから、マクロミル元伯爵は本当に馬鹿だよな」
クロフォード殿下は吐き捨てるようにこう言った。
あの男のせいでアルスト様だけでなく、彼も人生を大きく狂わされたのだ。
捕まえることができてホッとするより、虚しさの方が大きいのだろう。
「さすがアルスト様です」
「なにが「さすがアルスト様」だ。地下に潜って敵を追おうとしていていた兄上を引き留めたのはお前だろ。
ただあの男を捕まるだけでは、第二第三のマクロミル元伯爵を生み出すだけで意味はない。
たとえ時間がかかったとしても領民を仲間に引き入れて、搦め手からじわじわと攻めた方がいいと説得したのだろう?
そして実際にお前の言った通りになった。
貧困層が多かったマクロミル領に新しい産業を興して、領民の生活を向上させた。
そのことで、彼らに裏家業から手を引かせ、リークさせるように仕向けたのだからな」
「でも、それが正しかったのかどうかは分からないですよ。
この方法を選択したせいで時間がかかり、余計に麻薬患者が増えてしまったのかもしれないし」
「何言っているんだ。急がば回れというじゃないか。がむしゃらに特攻したからって、早く解決したかどうかはわからない。
いや、領民の貧困という根本原因が改善されずにいたら、お前が言った通りにいつまでも犯罪はなくならなかっただろう。そして被害者は確実に増えていたはずだ。
やっぱりお前の判断は正しかったんだよ」
そう言われても、私はただ意見を述べただけで、それを決断し実行したのはアルスト様とクロフォード殿下だ。
「カイル卿がお前を主として一生仕える決断をした、その気持ちがわかるよ。
お前は大局的に物事を見て対処する能力を持っている。
それなのに優し過ぎて、人の気持ちに寄り添いすぎるから傷つき易い。
そんなお前を陰から支えたいと思ったのだろうな」
「みんなに守ってばかりいて情けないな」
これまでも精神的に追い詰められたときには、いつだって周りの心優しい人々のお陰で救われてきたのだ。
カイルやスレッタ、乳兄弟のオスカーや屋敷の者達、そして目の前の王子とその婚約者がいなかったら、自分は今どうなっていたのかわからない。
しかし、クロフォード殿下が珍しく真面目な顔でこう呟いた。
「人間とは皆助け合って生きていくものだ。
俺だって兄上達のことでは散々お前に相談に乗ってもらった。
そもそもメラニーと結婚できたのはお前のおかげだしな」
「えっ?」
「義父である宰相パルス侯爵が俺達の結婚を最終的に認めてくれたのは、立派な後継者と成りうる義妹の婿が見つかったからだ。
義妹のジュディスと、ロッジス伯爵家の三男で才気煥発だと評判だったフランクを結びつけたのは、お前なのだろう?
彼は年下だが同じ乗馬クラブに入っていたよな。
口にはしていないかもしれないが、メラニーもお前に深く感謝している。
だから息子の名前をお前に似せて、ルシアンドと名付けたんだ。お前がいなければ生まれてこれなかった命だったからな」
似ている名前だと思っていたが、まさか本当に私の名前から付けたとは。
しかしどうしてそのこと知ったのだろうか。
たしかに彼ら二人が結ばれてくれれば、四方八方上手くいくと思ったのは事実だ。
しかしだからと言って、無理矢理にジュディス嬢とフランク君を結ばせようとしたわけじゃない。
ただあの事件が起こる以前から、元々二人が両片思いだということに気付いていただけだ。
二つ年下のフランク君は文武両道、才気煥発の優秀な男だった。
しかも精悍な顔立ちをした爽やかな好青年だった。
そのため彼を婿にと望む家は多かったと聞くが、彼はそれを全て断っていた。
その理由を尋ねると、好きでもない女性と結婚するくらいなら平民になった方がいいからだと彼は答えた。
そしてその後何気なく様子を窺っているうちに、フランク君がジュディス嬢を好きなことに気が付いたのだ。
いや、気付かない方がおかしいくらいに彼は私に嫉妬してきたのだから。
私は単に、幼なじみであるジュディス嬢と気安く話をしていただけだったのだ。主に彼女の姉とクロフォード殿下のことで。
そして彼女の方も彼と同じように私に嫉妬をしていたのだ。ロッジス様と親しく話せるなんて羨ましいと。
両想いならば橋渡しをしてやりたいところだったが、三男と二女が結婚した場合は平民にならなければならない。
しかし王家やパルス侯爵家としては、王子妃の妹を平民するわけにはいかないだろうと思った。
許されない恋になったのでは二人を苦しめるだけだ。
両片想いのままで終わった方が良いのではないか。当時はそう考えて余計なお節介はしなかったのだ。
しかしクロフォード殿下は婿入りができなくなった。それなら優秀なフランク君が婿入りすれば、丸く収まるのではないかと思った。
だから私は父親に頼んだのだ。ロッジス伯爵家の三男と、パルス侯爵家の二女の縁結びをしてくれないだろうかと。
父とパルス侯爵は親友だったからだ。
私がしたことはただそれだけだった。そこまで感謝されていたとは夢にも思ってもいなかった。




