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第6章 すれ違い


 そして水曜日になった。

 いつものようにディアナが作ってきてくれた、キュウリとスクランブルエッグのサンドイッチ、そしてなんと焼き林檎のデサートまで美味しく食した後、最近王都で流行っているものについて話をした。

 カスタリアブームについて知っているかと訊ねると、もちろんだと彼女は頷いた。

 

「どう思う?」

 

「どうって言われても、私達みたいな清貧な暮らしをしている人間が普段からしていることですから、特にどうということも。

 身近にある物を上手に無駄なく活用するなんてことは当たり前過ぎて。

 ただ、これまでそう裕福でもないのに貴族の矜持とやらで、借金までして見栄をはらざるを得なかった方々が、先進国を見倣っていると言えば、画期的に見えて実行し易いのではないですか?」

 

 相変わらず貴族に対して彼女は辛辣だ。まあ、平民なら皆ブルジョワ階級でもない限り同じ様に思うのかもしれないが。

 

「ルシアン様、お金はお金のあるところに集まるようになっているのです。

 ですから、しょせん貧乏人は下らないことにお金を使わないことしか、お金を貯める方法はありませんよ。

 いかに無駄な消費を抑え、借金を作らない。それだけです。あとは信頼できる人間とのつながりを持ち、それを大切にすることだと思います。

 まあ、それは身分に関係なく大切なことでしょうけれど」

 

 まだ小娘のくせに知ったかぶりして生意気なことを言う彼女にこう言ってやった。

 

「ほほぉ~。ということは、君は私とつながりを求めてお弁当を作ってきてくれているということだよな。

 それにしては、これまで私からのお礼や贈り物は受け取らないし、何の要求もしてこない。これをどう解釈すればいいのかな?

 後々大きなものを強請ろうって算段なのか?」

 

「ち、違います。わ、私はそんなつもりでお弁当を作っているわけじゃありません。下心なんてありません。

 勉強を教わっているお礼だって最初に言ったではないですか!」

 

 ディアナは焦った様子で必死に言い募った。そんなことはわかっていたが、少し虐めたくなった。

 

「本当か? それだけで毎回こんな愛情がこもった弁当を作ってくれるのか? 

 私に好意を持っているからじゃないのか?」

 

 本当にからかうつもりで言ったのだ。しかし、ディアナは真っ赤になってあわあわと私を見ると、すぐに口をへの字にして顔を背けた。

 そしてバスケットを置きっ放しにして、建物の中ではなく、中庭から狭い通路を抜けてそのまま走って大通りの方へ行ってしまった。

 一瞬唖然としたが、私はすぐに後を追った。しかし大通りに出てみると、すでに人混みにまぎれて彼女の姿は見つけられなくなっていた。

 そしてその日、結局彼女は図書館には戻ってこなかった。

 年頃の少女をからかって怒らせてしまった。成人した大人が一体何をやっているのだ。すぐに謝りたかったが、彼女の奉公先も住所も知らない。

 彼女が仕えているご令嬢が図書館近くのダンスレッスン場に通っているとは聞いていたが、そんなものはこの辺にはたくさんあって、どこの教室なのかわからない。

 

 私は為す術がないまま一週間悶々としながら過ごし、火曜日は定時で無理矢理に仕事を終わらせて、表通りの商店街へ向かった。

 そして友人女性から教えてもらった、今女性に人気だという菓子店へ向かった。

 

「貴方がそんなところへ行ったら目立って、すぐに噂になるわよ。

 あのセルシオ卿についに思い人ができた!ってね」

 

 友人から忠告を受け、仕事上で使用している変装道具を使い三十代の既婚者風な容貌になって、妻に贈り物をする振りをして商品を眺めた。

 店内には甘い匂いと、女性客の多種多様な香水の匂いが混じり合っていた。臭くて頭が痛み出し、気分が悪くなった。

 しかし、初めて好きになった少女への贈り物だ。いや、詫びの品なのだから、適当に選ぶわけにはいかなかった。

 歯を食いしばり、眉間にシワを寄せながら必死に商品に目をやった。

 そして可愛らしくラッピングされた日持ちのしそうな焼き菓子やクッキーをいくつか選んで購入し、花柄の美しい楕円形の缶の中に詰めてもらった。

 この缶の大きさならあの彼女のバスケットの中に入るだろう。

 

 私はその菓子を持ってこの一週間宿泊しているホテルに帰った。

 母親に対するとある計画が進行中なので、私に思い人がいることを誰にも知られるわけにはいかなかった。だからディアナのバスケットを持って自宅へ戻るわけにはいかなかった。

 しかし、たかが使い古したバスケットなのに、どうしてもそれを放置することができなかったのだ。

 

 翌朝、私はバスケットを持ってホテルを出て、いつものように図書館へ向かった。

 そして落ち着かずそわそわしながらディアナが来るのを待った。謝罪の言葉を頭の中で何度となくシミュレーションしながら。

 しかし、いつも彼女が姿を現す午後一時になっても、それから二時間経っても、結局彼女は図書館にはやって来なかった。

 

 彼女と話を交わすようになって半年。彼女が姿を見せなかったのは初めてだった。

 私とはもう顔を合わせるのも嫌になったのだろうか。もう、ここへは来ないつもりなのだろうか。

 どうしようもない焦燥感に襲われた。

 そしてそれは生まれて始めて感じる恐怖感だった。自分にとって最も大切な核のようなものを無くしてしまうような……

 

 王都には貴族だけでも一万人以上、その屋敷の数だって千は下らないだろう。そして平民なら軽く三十万人を超す人間が住んでいる。

 その中からどうやってディアナを探せばいいんだ!

 それともこの周辺のダンス教室に通っているご令嬢の中から、農園を持っている貴族の家を探せばいいのか?

 でも懇意にしているからといって、まさか私的な要件で諜報部員や騎士に頼むわけにはいかない。

 どうしたらいいのだろう。酷く頭が混乱した。

 しかし、それでも私には今日しなくてはならないことがあった。

 休日は週に一日しかないから、その僅かな時間の中で色々な対策を練っておかなければならないからだ。あの忌々しい母親がなにか仕掛けてくる前に。

 

 


 本当はディアナを探したいのが本音だ。

 しかし、やはり今できること、すべきことをしなければならない。彼女を見つけたとき、彼女の側に堂々といられるように。

 私は重い足取りで図書館を出ると一旦ホテルへ戻って変装をすると、辻馬車を捕まえて乗り込み、御者に目的地を告げたのだった。


次章はディアナ視点になります。


読んでくださってありがとうございました。

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