第59章 王子の一人芝居
異動の辞令が下りて、フィリップ君がクロフォード殿下付きの王宮事務官になった。
本当は、私と同じ宰相閣下の補佐官になって欲しかったが、いくら優秀だという評判であっても、子爵令息である彼を国の主要部署にいきなり引き抜けば嫌でも話題になる。何か勘繰られても困るので今回は見送ることにした。
彼は植物に精通しているから、農業政策に力を注いでいる殿下の良きアドバイザーになってくれるに違いない。
それに殿下の側にいることになったので、彼や父親のロンバード子爵とも連絡が取りやすくなった。
休日明けの月曜日に王宮のクロフォード殿下の執務室へ向かうと、フィリップ君があからさまに不機嫌そうな顔をしていた。
彼には精巧な人形作りの手配を依頼していたので、最初はそのせいかと思った。誰だって妹と身代わりとなる死体の人形なんて作りたくないだろう。
とは言え、医師や薬師の手配は騎士団でもできるが、人形となるとそんな伝は持っていないからな。
しかし、昼休憩の時に不機嫌の原因はその件ではないことがわかった。
なんでも、昨日ようやくディアナ嬢と向き合う機会を得られたらしい。
そこで父親のロンバード子爵と共に彼女に謝罪をしたのだが、父親は許すと言われたのに、彼は明言を避けられたのだという。
まあ、それも仕方ないと頭ではわかってはいたが、心がそれに付いていかないのだと。
しかも、それに追い打ちをかけるように、ディアナ嬢からとんでもない話をされたのだという。
「とんでもない話?」
「ええ。正にとんでもない話なんですよ。
もちろん、もうやり直すことは無理なのかと、そんな情けない愚痴をポロッと口にしてしまった僕が悪いのは分かっているんです。
ですが、それに対してフローディアは、あの可愛い顔で言ったのですよ。
「私はもうすぐ死んだことになるので、いっそのこと本当に死亡届を出しましょうよ。葬式も出すのですから。
そして、平民として新しい戸籍を作った後は、お兄様とは全くの赤の他人として、何のこだわりもなく新しい関係を築けますよ」
って。
いくら何でも酷いと思いませんか? 振りをさせるのだって嫌なのに、妹を死んだことにして葬式を出して、籍から抜くなんてできるわけないじゃないですか。
それに新しい戸籍なんて作ったら、新しい関係を築くどころか、妹は絶対に僕となんて会ってくれませんよ」
確かにそれは言えているなあ。そもそもそのつもりで彼女は私にこの計画をもってきたのだから。
しかし、父親や兄の本当の気持ちを知った今、彼らと縁を切ってスゴッテ男爵領へ向かうとは思えないのだが。
ランメル夫妻への想いも以前とは微妙に変化しているようだし。
単にこれまでの意趣返しで、兄に嫌がらせをしているだけの気がするけどな。
「子爵はなんて言っているんだい?」
「父はこのことを知らない」
だろうね。父親はそんなことは絶対に認めないことがわかっているから、意図的に兄だけに言ったのだろう。
あの明るいお日様のようなディアナ嬢にも、そんな小悪魔的な一面があったのだなと、そんなことさえ愛おしく思えてしまった。フィリップ君には悪いが。
とは言え、フィリップ君に少しだけ同情したので、こうフォローをしておいた。
「キンバリーに疑われないようにするためにフローディア嬢が亡くなったと世間には広めなければならない。
しかし、伝染病拡大の予防を理由に葬儀は行わないし、事件が解決したら直ちに国が責任を持って事実を公にする。
それでもフローディア嬢には多大な迷惑かけることになり、大変申し訳なく思うが、できるだけ彼女の名誉が回復するように善処するつもりだ」
「いや、これは妹の身を守るためでもあるし、我が家の責任でもあるから、貴方のせいではないです」
「焦るなよ、フィリップ君。いずれ時が解決してくれるよ。君が妹を愛し続けていけば。
まあ、一生思い出したように嫌味を言われ続ける覚悟は必要だと思うけれど」
私の言葉にフィリップ君はさらに落ち込んでいたが、まあ、私よりマシだよ。私はその愛情を示すことさえで許されないのだからね。
そして、やはりフィリップ君は優秀な人間だった。
ディアナ嬢のことで落ち込みながらも、仕事はきっちり進めていた。なんと、ディアナ嬢の身代わり人形を既に準備し終えていたのだ。
優れた人形師を調べ上げてから制作を依頼したら、すぐに製作に取りかかっても、かなりの日数が必要になるだろうと考えていた。
ところが、水曜日の朝にクロフォード殿下の執務室に呼ばれて行ってみると、なんと、部屋の床の上に人間サイズの不気味なものが横たわっていた。
ぎょっとして、無言でその物体を眺めていると、殿下が苦笑いをしながら、私の肩をポンポンと叩いてこう言った。
「これが君の思い人の身代わりらしいぞ」
「「はっ?」」
私とフィリップ君は同時に驚きの声を上げた。しかし、驚いたその原因は違っていた。
「思い人って、誰のことですか?」
「あれ、気付いていなかったの? 色男なのに君って案外鈍いよね。だから妹に疎まれているのではないか。ルシアンとディアナ嬢は両想いなのだよ」
「「はぁ?」」
今度は驚愕しつつ、私とフィリップ君は見つめ合った。
「女の子が、虐められていた時にいつも助けてくれた男の子を好きになるなんて、それこそ自然の流れだろう? 男の子の方も守ってやりたい気持ちがいつしか……なんてことも。
それなのに思いを伝える前に突然会えなくなったことで、二人のその思いは益々膨れ上がった。そしてその数年後劇的な再会を果たしたことで愛が再燃した。
ところがその時二人は、互いに自分達がその思いを伝えることさえも憚られる関係にあることに気付いてしまったのだ。
そしてその事実に苦しみ、自分の想いを押し殺しても、相手のためになることをしようと、お互いに行動しているのだよ。
健気だろう? 二人の仲を取り持ってやろうという気にはならないか?」
「「!」」
クロフォード、何恥ずかしいセリフを吐いているのだ。いつ、どこで、どんな芝居を見たんだよ。
つい敬称無しで心の中で叫んでしまった。確かに自分達と似たようなシチュエーションだけれど、私の場合は本当に片想いなんだぞ。
ところが、長い付き合いで私の心を読んだのか、殿下は至極真面目な顔をしてこう言った。
「今俺が話したことは真実だ。作り話ではないよ。大袈裟に芝居調に語ったつもりもないんだ。
いい加減現実から目を反らずに彼女の気持ちを察しろよ。どんな気持ちで自分の存在を消そうと言い出したのかを」
その言葉を聞いて私は瞠目し、固まってしまったのだった。




