第4章 親友からの助言
「さっさと恋人作れよ。いや、友達でいいから、学生のうちに一度女性と付き合ってみろよ。そしてさっさと初恋をすませろよ。
大人になってから恋をすると、重症になって色々と問題を起こすようになるぞ。
真面目で優秀なやつほど恋愛関係で失敗して身を滅ぼすからな」
以前から私にそう忠告してくれていたのは、幼なじみで親友の第三王子のクロフォード殿下だった。
その言葉には真実味があった。
彼には真面目で優秀だった兄がいた。ところが突然脳内お花畑になって、輝かしいその未来を失った。だから私のことも心配になったのだろう。
しかもその兄のせいで彼はその人生を大きく狂わされたのだから。
元々クロフォード殿下は、幼馴染の侯爵令嬢であるメラニー嬢と婚約していて、いずれ婿入りする予定だった。
ところが王太子に決まっていた第一王子が、マクロミル伯爵令嬢と真実の愛とやらに目覚めてしまい、婚約者の公爵令嬢を一方的に婚約破棄してしまったのだ。
その結果長兄は廃嫡されて、そのマクロミル伯爵家に婿養子に入ることになった。
そして第二王子が王太子になったのだが、この次兄はそこそこ優秀で性格にも問題はなかったのだが、いかんせん虚弱体質だった。
それで今後の不安があるというので、スペアが必要だということになり、クロフォード殿下の婿入りの話はなくなったのだ。
もっとも、愛し合う二人を今さら引き裂くのは忍びないと、メラニー嬢の妹が侯爵家の跡を取ることになり、メラニー嬢はクロフォード殿下に嫁ぐことになった。
そして、王太子に跡継ぎが生まれてある程度見通しがついたら、クロフォード殿下には一代限りの公爵の地位が与えられることになったのだった。
こうして一応身分の保障はしてもらったのだ。しかし、本来なら裕福な領地を持つ侯爵家の後継者になれたはずの二人にとっては、甚だ迷惑な話であった。
そしてその元王太子は本来頭の良い人物だったので、冷静になった今では必死に伯爵家を維持しようと奮闘している。
しかし、本来の嫡男を追い出してなった当主の座なので、周りからの目は相当厳しいらしい。
ちなみに婚約破棄された侯爵令嬢は、新たな王太子とその後結婚したが、五年経ってもまだ子宝には恵まれてはいなかった。
つまり王家は未だに安定していない。それ故に王族を側近として代々支えてきたジルチュワー侯爵家の役割も、さらに重要なってきている。
そのために、当然後継者である私に対する期待も大きくなって、クロフォード殿下も私に忠告をしてきたというわけだ。
彼の言うことは理解できた。しかし、女性と付き合うのはどうしても難しかった。
どんなに美しく可愛らしい女性を見ても何も感じなかったし、心揺さぶられることはなかった。
いや、何も感じないだけならまだ付き合えたかもしれない。義務とか命令としてなら。
しかし、むやみに近寄られると激しい嫌悪感に襲われ、吐き気を催し、頭痛や目眩を起こすのだからどうしようもない。
「それ、香水のせいなのじゃないか? つけるのを止めてもらえば済むのではないか?」
「女性にとって香水はドレスやアクセサリーと同じく大切なものなのだろう?
まだ結婚すると決まってもいない女性に、それを止めて欲しいとは言えないよ。
それに匂いがしなくなっても、体に触れると虫酸が走るのだからどうしようもない」
「でもさ、学園の同級生達とは普通に接していたのだから、別に女性嫌いってわけでもないよな。友人としてなら好意を持てるのだろう?
やっぱりそれって、母上の影響か?」
私の母親が絶世の美人で、母方の従妹達もそれなりの美人揃いだから、大概の美人を見てもなんとも感じなくなったのだろう。
それって不幸だよな、なんて以前の殿下はそんな勘違いをしていた。
しかし、そのうちに彼女達の本質を知るようになってからは、別の意味で同情されている。
そう。私の女性嫌いはそもそも顔の造りは関係ないのだ。その性格に問題があった。私の周りにいる女どもは、まともな人間じゃなかったから。
まあ両祖父も伯父もろくでもない輩だが。
女性がみんなあんなやつ等と同じではないと頭ではわかってるが、心と体が拒否しているのだからどうしようもなかった。
「一生独身でいるつもりなのか?」
「わからないよ。ただ無理に結婚するつもりはない。自然に任せるよ。
結婚式で誓いのキスもできず、初夜に鼻血ならまだしも花嫁の顔に向けて吐いたら、慰謝料ものだろ」
「そりゃいくらなんでもまずいわ」
「だろう?」
この会話以降親友は、女性との付き合いを私に無理に勧めることはなくなった。
それなのに、今頃(まだ二十歳だが……)で初恋をするとは思いもしなかった。しかも五つも年下の平民の少女に。
そして親友が心配した通り、脳内お花畑とまではいかないが、彼女への私の思いはかなり強くなっている。
なにせ、彼女は私の思いなど知らないというのに、私は勝手に操を立てようとしているのだから。
✽
こんな女嫌いの私には、当然恋人などいたことはないのだが、女性の友人は意外と多い。しかも生徒会関連の仲間が多かったので皆優秀だ。
実の母親と従妹を排除したいと告げると、彼女達は一も二もなく協力すると言ってくれた。
「セルシオ様の前ではさすがに言えなかったけれど、あの方々には辟易していたのです。
見かけだけで中身が伴っていなのに、社交界に幅を利かせているのだから」
「そうそう。たかが伯爵令嬢のくせに叔母の威を借りて偉そうに、やりたい放題なのよ。容姿だけで人を見下しているのよ。
女は馬鹿でも美人で胸が大きければ、爵位が上の者より偉いと思っているのよ」
「あの大ロマンス伝説の影響なのか、侯爵夫人は未だに悲劇のヒロインだけれど、実際は噂とかなり違うことに世間も早く気付けばいいのにね」
彼女達は相変わらず言いたい放題だった。そしてそれは大方当たっていたのだが、その発言の中で一つだけ訂正しておいた。
「たかが伯爵令嬢のくせにという言葉は諸刃の剣だから気を付けた方がいいよ。
うちの従妹は、そもそも爵位にそれほど重きを置いてない。
そしてその考え方自体は別に否定するべきことではないと思う。何が重要なのかは本来人それぞれだからね。
ただ従妹の問題点は彼女の価値観が度を超えていることなのだ。
爵位より美貌、つまり容姿の価値が絶対的で、しかもそれを得るためなら何だってやるという考えがね。
彼女が今標的にしている相手は、この国一の美貌と評判の子爵令息だ」
「それって、もしかしたらロンバード子爵令息?」
友人達は瞠目した。
それはそうだろう。私達の世代だって皆知っているのだ。
私の母マドリーンと現在のロンバード子爵がかつて世紀の恋だと呼ばれていた恋人同士だったことを。
そして、無理矢理に引き裂かれて互いに政略結婚させられて悲恋に終わった話を。
何せ当時はそれを元に小説が書かれたり、芝居になったりして、今ではその悲劇の恋はこの国では伝説になっているくらいなのだから。
政略結婚が基本のこの国の貴族社会では、こんな悲恋物語なんて掃いて捨てるほどあるだろう。
それなのになぜこんなにも有名になったのかと言えば、二人が絶世の美形だったからだ。
二人一緒の絵姿は飛ぶように売れたらしい。
そう。我が従妹殿は、よりによって私の母の悲劇のロマンスの相手の息子に目を付けている。
かつて絶世の美男子と称された、自分の叔母の初恋の相手に瓜二つの男に。
そしてそれには母も積極的に応援しているのだろう。
なにせ、自分の息子までその初恋の相手の娘と結ばせようとしているくらいなのだから。
おそらく、結ばれなかった自分達の恋を、子供の代で成就させようと考えているのだろう。
……全くもって反吐が出る。
読んでくださってありがとうございました。
 




