第34章 見解の相違
私の婚約者候補となった三人のご令嬢は、当初、戸惑いと共にかなり不満な様子だったらしい。
そりゃあそうだろう。なぜなら私の母であるジルスチュワート侯爵夫人が、彼女達ではなく行儀見習いのロンバード子爵家のシャーロット嬢にばかり気を使っていたからだ。
シャーロットが公爵夫人の恋人だった男性の娘だったとしても、高位貴族の娘である自分達よりも、たかが子爵家の娘を一目置いていたのだから当然だろう。
たとえ彼女が婚約者候補ではなかったとしても、ご令嬢達からしたらさぞかし癇に障ったことだろう。
しかも夫人に嫌われたくないから、彼女に直接文句や嫌味も言えないのだ。さぞかし悶々としたことだろうことは想像に難くない。
ところが一週間もしないうちに、シャーロットは巷の噂のようにすばらしい淑女ではないことが、誰の目から見ても明らかになった。
このことで、おそらく婚約者候補達はようやく溜飲を下げたことだろう。彼女は自分達のライバルにはなり得ないと。
この事態に母は驚き、かなり慌てたようだ。これまで聞いていた噂やロンバード子爵家でもてなしてくれたシャーロットと、目の前の人物がとても同一人物には思えなくて。
そして母もようやく気付いたらしい。シャーロット嬢がいつも侍女を伴って習い事に行っていたという話を。
おそらくその侍女が優秀で、シャーロット嬢の影武者をしていたのだろうと。
いくら脳内お花畑の母でも、シャーロット嬢では侯爵夫人にはなれないとやっと悟ったようだ。
母の失望感はかなりのものだったとカイルは言っていた。
それでも一応行儀見習いとして受け入れたのだから、いくら役立たずの迷惑娘でもすぐに追い出すわけにはいかない。そうため息混じりに呟いていたという。
そして、婚約者候補の三人の令嬢と同じく最低でも一月は屋敷に置いておくことにしたらしい。
ところが、何をやらせても失敗ばかりのシャーロット嬢に、使用人から苦情が殺到したという。
そこで彼女には、人目のつかないキッチンの簡単な仕事だけをさせることにした。
しかしその後、屋敷で食中毒事件が起きたのだ。もちろんその原因ははっきりしなかったのだが、誰もがシャーロット嬢に疑惑の目を受けたという。
食中毒を起こしたのが婚約者候補の三人の令嬢だけであり、その盛り付けをしたのが彼女だったからだ。
確証はなかったが、シャーロット嬢にこのままキッチンメイドをさせておくわけにはいかないと、メイド長は思った。
そして今度は彼女にペットと植物の世話をさせることにした。それくらいなら彼女でも問題なくできるだろうと。
ところが……
シャーロット嬢は庭園に咲いていた鈴蘭を根っ子ごと引き抜いて水洗いをし、その後それを花瓶に生けた。このことが大きな事件へと発展してしまった。
キッチンメイドのときと同様に、彼女はまた余計な事をしたからだ。
いや、余計なことをしたというよりも、おっくうがらずに仕事をしていれば被害は出なかったはずだ。
なぜなら、猫に飲み水をあげてとメイドに言われたシャーロット嬢は、厨房横の水瓶まで行くのを面倒に思い、皿に鈴蘭を生けていた花瓶の水を注いだのだから。
鈴蘭の花が萎び始めていた。そのためにちょうど捨てようと思っていたところだったから、と。
その結果、猫は突然苦しみ出して倒れ、口から泡を噴き出して、体をピクピクさせた。
シャーロット嬢の悲鳴を聞いて集まってきた使用人達が、部屋の中を覗いて絶句した。
私の母である侯爵夫人が溺愛している、王妃殿下から贈られたという猫が、倒れて痙攣を起こしていたからだ。
メイド長はすぐさま獣医師と共に第三騎士団に連絡するようにとフットマンに命じた。
本来なら夫人や執事ケインの指示を仰ぐところだったのだろうが、生憎二人とも外出して留守にしていたのだという。
まあ、さすがに母がその場にいたとしても同じことを命じていたかもしれない。ただし、もっと穏便に調べるように依頼していたとは思う。母はロンバード子爵に嫌われたくはなかっただろうから。
こうしてシャーロット嬢は第三騎士団に連行された。子爵はどう動くだろうか。
「父はすぐに助け出そうと動くでしょう。でも貧乏子爵が訴えたところでどうなるものではないですよね」
とディアナはため息交じりに言ったがそれは違う。
「君は社交界に出ていないし、貴族との繋がりがないから知らないだろうが、君の父上はかなり優秀な人物のようだよ。同僚や上司だけでなく、そうそうたる貴族議員からも尊敬され、信頼されているみたいだよ。
今回の件は証拠もすでに揃っていることだし、取り調べが済んだら在宅起訴に持って行くことも可能だろうね。彼は法の専門家だから」
私がそう教えると、彼女は喫驚していた。彼女曰く、父親が学生のときにはかなり優秀だったことは、もちろん人伝に聞いて知っている。
しかし、それは学問上のことで、人間として、社会人としてはイマイチなのだと思い込んでいたという。
何せ家庭人としても、家業の農業経営にも失敗していたからだそうだ。
「家庭人としてあまり立派ではなかったのは確かだろうね。いくら君が可愛くて手離したくなかったからだとしても、変装をさせ、人目から避けさせるくらいなら、夫人の実家に預けた方が君のためになっただろうからね。
でも、農業経営の方は向き不向きがあるから仕方なかったのではないかな。彼はバリバリの文系みたいだからね」
「本当に父が私のことを可愛いと思っていたのでしょうか?」
信じられないというような顔をしたディアナがこう訊いてきたので、私は頷いてこう言った。
「君の父上の友人達は口を揃えてそう言っていたよ。彼は妻に似ている末娘を溺愛していたと。いや、過去形じゃなくて進行形で愛しているみたいだよ。
だけど、母親によく似ている君が、私の母親やその取り巻き連中に目を付けられることを恐れていたのだと思う。
未だに君の父上と私の母親を悲恋の恋人達だと思っている輩も多い。
彼女達にとって君の母親は、真実の愛の二人の仲を引き裂いた悪役だからね。
冷静に考えれば、夫人はロンバード子爵家を救った救世主だって誰でもわかることなのにね」
いつまでも巷の恋愛小説のような話を信じている脳内お花畑の連中には、正直反吐が出る。
しょせん他人事だからそんなくだらない妄想をしていられるのだ。
その渦中にずっと置かれている者の心情なんて、彼女達は想像しようとさえしないのだ。
お前達は真実の愛を邪魔するために生まれきた子供だと、蔑むような目で見られる者の気持ちを。
貴族の大方が政略結婚で生まれてきたのだから、皆も同じだろうに、何故私達だけがそんな理不尽な扱いを受けなくてはいけないのか。
ディアナ嬢やシャーロット嬢は学園に通っていなかったから、それほど感じなかったのかもしれない。
しかし彼女達の兄であるフィリップは、私と同様な目に遇っていたと思う。
直接面と向かって嫌味を吐かれることはなくても、意味ありげな視線を向けられ、わざとらしい内緒話をする態度を見せられるのは、学園時代から日常茶飯事だったのだから。
しかもそんな連中は大概、私達に相手にされなかったご令嬢達だった。
彼女達は入学当初、私の地位や容姿に惹かれて擦り寄ってきた。
しかし、相手にされないとわかると、今度はフィリップに媚びを売り、その挙句彼にも無視されていたご令嬢達だった。
つまり嫌がらせは彼女達の意趣返しだったのだと思う。恐らく親達から私達の親の伝説とやらを聞かされて知っていたのだろう。




