第33章 家族の姿
それにしても母はそんな状況であるのにも関わらず、よくもジルスチュワート侯爵夫人として、嫡男の嫁を自ら選択しようとしているものだ。どれだけ面の皮が厚いのだろうか。
なぜ母に好き勝手をさせているのかと少し前、私は父に苦情を入れた。すると彼はこう言った。
「彼女を自由にさせておけばぼろが出やすくなって、お前の捜査にも都合が良いのではないかと思っていたのだが、違ったか?
それに無理矢理に結婚を進められるという差し迫った状況にでも追い詰められないと、お前自身が己の気持ちに向かい合えないのではないか、そう考えたのだよ。
いつまでも結婚から逃げているわけにはいかないだろう? お前は貴族なのだから。
それに結果的にようやくお前にも好ましいと思える女性ができたようだから良かったじゃないか。
どうやらややこしい事情のある相手らしいが、お前が幸せになれるなら私は反対しないよ。もちろん、お相手のご令嬢が受けてくれればの話だが」
カイルのやつ……どこまで父にディアナ嬢とのことを話したんだ!
まあ、反対されなかったことは幸いだった。
しかしまだ彼女に自分の気持ちも伝えていないのに、父に己の気持ちが知られてしまったことは恥ずかしくて堪らなかった。しかも初恋だということまで。ううっ……
それにしても、父が私のことを思って母や私のことを放置していたとは思ってもみなかった。
てっきり領地で初恋の相手であるハーモンド夫人と平和にのほほんと過ごしているのかと思っていた。
ハーモンド夫人とは領地の執事オスカー=ハーモンドの母親で、私の乳母だった女性だ。
そもそも彼女はジルスチュワート侯爵の領地の屋敷に仕える執事の娘で、父の幼なじみだった。
おそらく二人は両想いだったのだろうが、侯爵家の嫡男と使用人の男爵家の娘では身分が違い過ぎる。
お互いに秘めた思いを告げることもなく、親の決めた相手と結婚したようだ。
そして同じ年にたまたま子供が生まれたために、彼女が私の乳母になったのだ。
そしてその後彼女の夫が病で亡くなった。
それでハーモンド夫人は、オスカーとその弟と共にジルスチュワート侯爵の屋敷に住み込みで働くことになったというわけだ。
若かりし頃のハーモンド夫人は可憐で愛らしい令嬢だったそうだが、私の知る彼女は息子達を大声でしかりつける逞しい侍女頭だった。
そして、その反面、傷付いた私に優しく寄り添って癒してくれた心温かい人でもあり、私のもう一人の母親と言ってもよい女性だ。
だから、父が母と別れた際には是非とも一緒になってもらいたいと思っている。
祖父は傍若無人な人で家庭を全く顧みない人だったが、早く亡くなった祖母も自由奔放な性格だったらしい。
そして言わずもがなだが政略結婚した母はあんなだったので、父は温かな家庭というものを知らないはずだ。
しかしハーモンド夫人となら父も、今度こそ幸せな家庭を持つことができるだろう。
両親からの愛を与えられないで育ったと思われる父だったが、私のことは不器用ながらも愛情を持って育ててくれた。
それはおそらく、元執事長のワーナード卿(カイルの祖父)の指導のおかげなのだろう。
だから、私は父を愛しているし幸せになってもらいたい、とずっと思ってきたのだ。
そしてどうやら父も私に対して同じように思っていてくれていたみたいだ。
世のため人のためだけでなく、ディアナ嬢や、父、そして自分のためにも早く事件を解決収束させなければならない。
もう二年以上も前から捜査をしてきたが、ようやく終着点が見えてきた。あともう少しだ。
その先にある未来が私にとって良いものかどうかは分からないが、結論を出さないかぎり前には進めないだろう。
しかしそのためにはディアナ嬢を危険にさらさなくてはならなくなった。
ディアナ嬢からの手紙で彼女がキンバリーから命が狙われていると分かった。
私は至急クロフォード殿下や第三騎士団長のマッケイン伯爵と共に、ディアナ嬢の安全を確保するための対策を練った。
しかし、表立ってはフローディア嬢の警備や保護をするわけにはいかないと皆に言われてしまったのだ。
今は、レイクレス伯爵家とジルスチュワート侯爵夫人を中心とした、違法麻薬や密貿易を秘密裏に捜査している大切な時期で、その動きを敵方に知られたくはないからだ。
そこで密かに王家の影がディアナ嬢とキンバリーに付くことになった。
私の力だけでは彼女を守れないことに情けなさを感じたがやむを得ない。
そして彼女にも自分がいかに危険な状況にあるのかを自覚し、人からの協力が必要だということをわかってもらう必要があると感じた。
次の水曜日に彼女に会ったら、まずそのことを説明しようと思っていた。
しかし結局は、彼女から先にとんでもない願い事をされてしまったのだ。
あまりにも突拍子もない話に最初は頭が混乱した。ただし、王城の自分の執務室の戻り落ち着いて考えてみると、それも悪くない案だと思った。
確かに危険な作戦だったが、彼女を完璧に守る方法がない以上、彼女が亡くなったことにすれば、もう命を狙われることはないのだから。
しかしそれを成功させるには、多くの協力者が必要だ。そのことを彼女に納得させなければならない。
正直なところ、まどろっこしい話は苦手だった。それでも、家族に強い不信感を持っている彼女に心から信じてもらわねばならなかった。
そのために私は、翌週再びディアナ嬢と図書館で待ち合わせをした。
そして前回とは違い、誰にも話を聞かれないように再び貴賓室の中に入った。
そこで私はまず、この件には直接的に関係ないと思える彼女の姉のことから話を始めた。
そう。我がジルスチュワート侯爵家に行儀見習いとして住み込んでいるシャーロット嬢の様子を告げたのだ。
もちろんそれは執事のカイルからの又聞きなのだが。




