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第2章 図書館での出会い


 図書館に通い出して二月ほど経ったころ、私は毎回そこで見かける少女がいることに気付いた。

 年のころは十四、五歳というところだろうか。どこかの貴族の家に仕える見習いメイドという風貌をしていた。

 

 人のことは言えないが、平日の水曜日なのに毎週よく図書館に通えるなと思っていたら、彼女の滞在時間はいつも二時間ほどだった。

 そしてその場で読書をするというより、借りるための本を探したり、ちょっとした調べ物をしているようだったので、もしかしたら雇い主の命令で来ているのかもしれないと思った。

 

 国内外の歴史書、国際文化比較論、経営学、農地改革の手引書、動植物の図鑑、古今東西のおとぎ話集、旅行ガイドブック、エトセトラ。

 

 彼女が借りていた本のほとんどが、以前自分が読破したものばかりだった。彼女が仕えている人物は自分同様に領地経営の勉強をしているのかな、と思った。

 

 

 そしてある日、彼女が高い棚の上の本を取ろうとつま先立ちになって必死に手を伸ばしているところに遭遇した。

 彼女の指の先の本を取って「これでいいのかい?」と一応訊ねてから園芸に関する書籍を見せた。

 すると彼女はパッと嬉しそうに、

 

「ありがとうございます、カルミアの君!」

 

 と言った。しかしその瞬間に今度は真っ青になった。

 

「カルミアの君ってどういう意味?」

 

 私がそう聞き返すと、彼女はガクガクしてその場にへたり込んだ。その会話が、彼女ことディアナとの初めてのコンタクトだった。

 

『カルミア』とは常緑広葉樹の名前だという。

「決して悪意はないのです。貴方様のイメージがカルミアだったから、勝手にそうお呼びしていただけで」

 

 彼女は必死にそう訴えた。

 まだ名前を知らない顔見知りの人物には、一人一人植物の名前の仮の名を付けて呼んでいるのだという。もちろん心の中で。


「あちらのご令嬢は『スミレ嬢』で、その後ろの護衛の方は『ホワイトオーク様』です」

 

 彼女の視線に目をやって納得した。

 その小柄なご令嬢は私も何度か目にしたことがあるが、いつも紫色のドレスを着ている。

 そして護衛だと思える白いマントを着た男は、そのご令嬢をすっぽり覆い被さることができそうなほど立派な体躯をしていた。まさしく巨木のようで、言い得て妙だ。

 

 ディアナと名乗った少女は、庭師である父親に幼いころからたくさんの植物の名前を教えてもらってきたのだという。

 そのため彼女は花だけでなく植物全般に興味を持つようになり、今では花言葉や花にまつわる小説、花柄の生地や装飾品も好きなんだと笑った。

 たしかに彼女が着ているブラウスも青の小花柄で、よく似合っていた。

 そしてその眩しい笑顔が、まるで明るい太陽の下で輝く黄色のタンポポのようだと思った。

 

 そんな雑談をしたのがきっかけで、私はディアナと毎週会話を交わすようになっていった。

 というより、彼女が図書館にいる二時間弱の間、ほとんど一緒に過ごすようになった。

 

 彼女は屋敷のお嬢様のお供で毎日のように習い事に付き添っているのだが、水曜日のダンスレッスン中だけは、自由にさせてもらっているらしい。

 だからその時間は大好きな図書館で過ごしているのだという。

 つまり、彼女がこれまで借りていた本は彼女の興味のある分野のものだったのだ。

 最初はその言葉が信じられなくて、読んだと言っていた本の話題を話の中で何度か振ってみた。

 すると彼女はすぐさまそれらについて語った。しかも中身をそのまま話すのではなく、彼女なりの解釈を述べていたことに内心驚嘆した。

 たしかにまだまだ拙い考えのところもあったが、どきりとする鋭い意見もあり、きちんと内容を把握していることは明らかだった。

 

「誰に文字を教わったんだい?」

 

「両親と奥様からです。

 うちの両親は元々奥様のご実家で働いていて、嫁入りの際にお供として付いてきたのです。

 そのご実家は農園を営んでいて、使用人にもきちんと読み書き計算を教えていたのです。

 農業は農業カレンダーを使って様々な農作物を作っていて、それぞれ種蒔きや植え付けの時期が違いますよね。それに肥料や水や温度調節も作物ごとに変えなければならないでしょう? だから使用人が無学だとやっていけないからだそうです。

 私は読み書き計算の基礎を教えもらった後は、屋敷にある本を手当り次第読んで独学していたのですが、もう読む本がなくなってしまったので、今図書館に来ているのです」

 

 と彼女は言った。

 その話を聞いてからというもの、私は彼女と本の感想を言い合ったり、彼女の疑問に答えたり、わからないところを教えたりした。

 彼女に本を薦めたり、逆に彼女から自分では到底手にしなかったと思える良本を教えてもらったりして、以前に増して図書館に通うのが楽しくなった。

 

 そして知り合って一か月ほど経ったころからは、ディアナが私にサンドイッチのお弁当を作って持って来てくれるようになった。

 腹の虫が鳴ったのに昼食を摂りに行かない私に疑問を持ったらしい彼女に、思わず情けない理由を説明してしまったからだ。

 

「私は城勤めの官吏で、以前は週末が定休だったのだが、その休日ごとに母親がご令嬢を招待して私と会わせようと図るんだ。

 こちらは激務で疲れた体を休めたいというのに。だから週末は出勤して、休みになった水曜日にはここで過ごすようにしているのだ。

 だが、そのことは母親には内緒だ。今度は水曜日にお茶会と銘打った見合いをさせられたら堪らないからね。

 だから日中は街中を出歩きたくないのだ。知り合いにでも会って水曜日が休みだとバレたくはないからね」

 

「それはお気の毒ですね。

 でも意外ですね、ルシアン様に婚約者がいらっしゃらないなんて。なんとなくご結婚はされていないと思っていましたが」

 

「社交が苦手でね。特にご令嬢が。母親のせいかな」

 

「なるほど。わかる気がします。私もうちの旦那様を見ていると男性不審になります」

 

「いいのかい? そんなふうに言っても」

 

「構いませんよ。どうせ後半年で出て行きますからね。あんなところの紹介状なんてもらっても役に立ちそうもありませんし」

 

 親の雇用主に対してずいぶんと辛辣だ。よほど酷い待遇を受けているのだろう。

 そしてそんな会話の後、昼食無しは本来の目的である気力や体力の回復ができませんよと、サンドイッチとフルーツの弁当を作ってきてくれるようになった。


 それを一緒に食しているときに、彼女からたまに勤め先の話を聞いたが、かなり劣悪な環境だった。

 

「愚痴を言って申し訳ありません」

 

「気にしなくていいよ。不満を溜め込むのは心身ともによくないからね。

 私も母の愚痴を話しているしお互い様だ」

 

 私がそう言うと彼女はホッとした顔をした。おそらく今までその辛い思いを吐き出す場所がなかったのだろう。可哀想に。

 文句を言いながらも頑張っているのがわかり、そんな健気なディアナが段々と愛おしく思えるようになっていったのだった。

 

 


読んでくださってありがとうございました。

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