第17章 過去の疑惑
そして水曜日。
図書館の開館時間ちょうどに門の前に到着すると、そこにはすでに、いつものバスケットを持ったディアナ嬢が立っていた。
「おはよう、ディアナ嬢」
「おはようございます、ルシアン様。今日はいつもと違う装いなんですね」
「ああ。申し訳ないないが、当分はこのオスカー=ハーモンドのスタイルでいこうと思っているんだ」
そう。私はカツラに口髭に眼鏡という執事の変装でやって来たのだ。
「それではハーモンド卿とお呼びした方がいいですか?」
「いや、ルシアンのままでいいよ。
君にハーモンド呼びされたら、乳兄弟のあいつに理不尽な嫉妬をしそうだからね」
正直なことを言えば、嫉妬というより殺意を覚えそうだ。
私の言葉の意味を理解したのか、彼女は真っ赤になって俯いてしまった。
可愛いい。可愛過ぎる。
抱き締めたい衝動に駆られたが、朝っぱらからそんな所に突っ立っていて邪魔だ、というような高齢の紳士達の目に気が付いた。
だから私は急いで彼女の手からバスケットを奪うと、彼女の手を取って建物の中に入った。
そして貴賓室の中へと彼女を案内した。
彼女は初めて足を踏み入れた部屋を見回して驚いていた。
それほど大きな部屋ではないが、立派なデスクとソファーセットが置かれ、小さなバースタンドまで付いていた。
王族などが使用する部屋なので、防音防犯設備が整っている。
「重要な話をするにはもってこいの部屋なんだ。第三王子が使えと手配してくれたんだ。座ってくれ」
私がそう説明すると、ディアナ嬢は目を丸くした。
「第三王子殿下がですか?」
「ああ。殿下とは幼なじみで、親友なんだ。それと、上司でもあるかな」
「そんなことを私に話しても良かったのですか、私は身分を偽っていたのに」
泣きそうな顔したディアナに私は言った。
「私はこの半年、身分とか関係無しに君を見てきた。だから君の人間性を信じてるよ。
まあ自分も隠し事をしてきたので、言える立場ではないのだが、なぜ君が平民の振りをしていたのか、まずそれを訊いてもいいだろうか?」
私がそう言うとディアナは、
「やっぱりそれが気になりますよね」
と少し笑って、これまでの自分の生い立ちを話し始めた。
私は最初のうちはそれをただ静かに聞いていたのだが、次第に腹がたってきて、怒りで眉毛のピクピクしているのが自分でもわかった。
そして聞き終えた私は思わず怒鳴ってしまった。
「自分の妹をメイドの代わりにするなんて信じられない。それを容認というか指示した父親や兄も。
しかも病弱寝たきり設定? なんだそれは! ディアナ嬢の存在を無にしてるのか!
庶子や連れ子だというのなら、まあこれも嫌な話だが実際によくある話だが、実子をこんな目に遇わせるなんて聞いたことはない」
「でもそれは単に表に出にくいからではないでしょうか。案外私以外にも同じような思いをしている子がいるような気がします。家庭内のことは外からは見えませんし。
まあ、暴力は振るわれてはいませんし、好きなことをしていられたので、それほど不幸だとは思ってはいないのですよ。
実の父親や兄姉からは愛されていなくても、代わりに愛してくれる人達がいましたから。
それに兄達のように勉強させてもらえなかったのは悔しかったけれど、回り周ってこうやってルシアン様とこうして知り合えたので、結果的に幸運だったと思います。
ただ……」
「ただ、何かな?」
ディアナが急に口を噤んだので、私は次を促すように彼女の目をジッと見つめた。
すると彼女は話すのを一瞬躊躇った。不確かなことを話してもいいのかという風に。
しかし、言いかけたことはきちんと最後まで話して欲しいと伝えると、彼女はフーッとため息を漏らした後で覚悟を決めたようにまた語り出した。
「私は、八つの時に亡くなった母の死因に疑問を抱いているのです。それを誰にも相談できなかったことが辛かったです。
元々母には持病などなく、とても元気だったのです。
ところが亡くなる半年ほど前から徐々に体調が悪くなっていったのですが、医師に診てもらってもその原因はわかりませんでした」
「そのまま病気で亡くなったのかい?」
「いいえ。母の死因は事故死です。レイクレス伯爵家のパーティーに参加しているときに、酔ってふらついて階段から落ちたのです。
母は普段お酒を飲まないのに」
「レイクレス伯爵家だって!」
私は大きく目を見開いた。
レイクレス伯爵家は私の母親の実家だ。
「先ほども言いましたように、亡くなる半年ほど前から母は体調を崩していました。
それなのに、父はそんな母を大事なパーティーだといって、無理矢理に参加させたのです。
どうせ会場に着いてしまえばいつも放置してしまうのに。
父がどうして嫌がる母をパーティーに無理に参加させようとしていたのか、おわかりになりますか?」
ディアナは私の目を真っ直ぐに見てそう訊ねた。その答えでこれからの私達の関係が決定すると、その目は言っていた。いやそこまでではないとしても、これからのやり取りの一つ一つがその判断材料になるのだ。
私は下腹にぐっと力を入れて覚悟を決めた。そして彼女から目を逸らさずにこう口にした。
「私の母と密会するためか?
不貞をしているのを世間の目から誤魔化すためにわざと妻を同伴させていたのか?」
「おそらくそうでしょう。子供のころ、とあるお屋敷のパーテーに参加したとき、父が裏庭の繁みで見知らぬ女性と抱き合って、顔を寄せ合っているのを見たことがあります。
幼くてその時は二人が何をしていたのかわからなかったのですが、とにかく嫌な気持ちになったことは覚えています。
そして母の葬儀のとき、その女性を見かけました。それはそれは美しい方で、父を必死に慰める振りをしていました。
なぜ振りをしていたと思ったのかというと、その女性の口角が一瞬少し上がったのを見たからです」
体が震えた。
「君の父親が私の母と共謀して、君の母上を殺したと思っているのか?」
「最初はそう疑っていました。父はいつも母を邪険に扱かっていましたから」
彼女はかつて自分の両親がどんな様子だったのかを私に語った。
読んでくださってありがとうございました!
 




