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第16章 王子への報告


「おはよう。あれ、ずいふんと疲れた顔をしているね。せっかく昨日休暇をやったのに。もう一日くらい休んでいればよかったんじゃないか」

 

 第三王子の執務室に入ると、幼なじみで親友で上司でもあるクロフォードが、冗談ではなく驚いた顔でそう言った。

 

「ええ、本当に疲れました。あんなにしんどい侵入捜査は初めてです。

 休みたかったのは山々ですが、忙しいのでそうも言ってはいられません」

 

「それは犯罪の確証が得られたということだね?」

 

「はい。あの二人は例の禁止薬物の匂いをプンプンさせていましたよ。

 あの甘ったるい匂いがクローゼットの中まで匂ってきたので、もう吐き気を抑えるのが大変でした。

 彼女がくれたベルガモットのポプリを嗅いでいなかったら耐えられなかったと思いますよ」

 

 私は昨日あったことをクロフォードに報告をした。

 

 ✽


 昨日の朝、私がロンバード子爵家へ向かうと、柵のところで庭師のランディーがすでに待ってくれていた。

 そして屋敷の裏へ周り、厨房の裏口から中へ入れてくれた。

 そして最初は厨房内にあるパントリーと、次に応接室のクローゼットの中に隠れて話を聞いていて欲しいと言われた。

 それはこちらからお願いしようと思っていたことたったのでとてもありがたかった。

 そして早速パントリーの中へ入ろうとした私に、ディアナ嬢が私にポプリを手渡してきたのだ。

 

「お茶会でお出しする予定の紅茶と同じ香りなので、これなら持っていても、近くに潜んでいることがバレないと思います。

 パントリーやクローゼットの中も結構色々な匂いが混じっているので、長くいるともしかしたら気分が悪くなるかもしれません。

 もし精神的に辛くなった場合はこの香りを嗅いでみてください。少しは落ち着くと思いますので」


 私は以前彼女に、自分は匂いに敏感で困るんだという話をしたことがあった。

 それを覚えてくれていたのだ。彼女のそんな小さな気配りが、堪らなく嬉しいし愛おしく感じてしまう。

 

「おい、ひとりでニヤニヤするなよ、気持ち悪い。

 そもそもさ、どうやってロンバード子爵家に入り込めたのか、そこのところを詳しく聞いていないんだけど。

 子爵家のメイドとでもいい仲になったのか?

 お前は女嫌いなくせに、仕事なら女を利用するのが上手いからな。その顔と色気のある声でさ」

 

「ふざけるな! 私がディアナ嬢を利用するわけがないだろう! 訂正しろ!」

 

 愛する彼女を、仕事だからといって利用するわけがない。今回の件は共通の敵を倒すために協力してもらっているだけだ。

 仕事上ではそれなりの言葉遣いをしているのだが、つい切れてタメ口で怒鳴ってしまった。

 しかし、クロフォードは怒るどころか嬉しそう顔をして身を乗り出した。

 

「お前、好きな女の子ができたのか? マジか? 一体誰なんだよ」

 

 クロフォードは黙って真面目な顔をしていれば、清廉で上品な美貌の王子様だ。しかしその素顔は気さくで庶民的な性格だ。

 

「うっ…… ロンバード子爵家の次女のフローディア嬢だ」

 

「フローディア嬢? あそこって三兄妹だったのか? 知らなかったな」

 

「ああ。私も昨日初めて知ったんだ。パントリーの中でそれがわかったときは、驚いて思わず声を上げそうになった。

 名前も違ったし」

 

 屋敷の応接室で開かれたお茶会が終わり、あの二人が帰った後、私達も納屋でお疲れ会をした。

 しかしみんな精神的に疲れ切っていたので、結局それほど会話は進まず、詳しい話は次の水曜日に図書館で話そうということになった。それもの開館時間に合おうと。

 ただ、その時、大切なことを一つだけ教えてくれたのた。

 

「私の本名はフローディア=ロンバードといいます。ですが、私は自分の好きな人には、ディアナと呼んでもらっているんですよ。

 母に、祖父母に、伯父や伯母、育ての親のランディーさんとレンネさん。

 そしてルシアン様です。

 大切な人にしかルシアン呼びをしていない貴方と同じでしょ」

 

 それを聞いた私が、嬉しくて舞い上がったのは言うまでもない。

 ロンバード子爵令嬢の彼女が、なぜメイドの振りをしていたのか、その詳しい事情は明後日の水曜日に訊くつもりだ。

 

 

 

「メイドだと思っていた好きな子が子爵令嬢だったってわけか。良かったじゃないか」

 

「別に良くなんかないよ。むしろマイナスだ。

 ジルスチュワー侯爵家とロンバード子爵家の関係を知っているだろう? 最悪だよ」

 

 私はため息を吐いた。しかし、クロフォードは平然としてこう言った。

 

「何の問題もないじゃないか。現にお前の母親はお前とロンバード子爵家の令嬢とくっつけようとしているし、相手の父親も乗り気なんだろう?

 それなら姉と妹を交換だって問題ないじゃないか。その姉とだってまだ正式な顔合わせをしたわけじゃないんだし」

 

「今の時点ではそうだ。しかし、この前ちゃんと報告書を出しただろう? 私の母は犯罪に関わっている可能性が高いんだ。

 我が家がどうなるかわからないんだぞ。犯罪者の息子では彼女には釣り合わない」

 

 するとクロフォードは急に真面目な顔になって、私の顔をじっと見つめた。そしてこう口を開いた。

 

「俺はお前が公私をきちんと分け、私情に流されない人間だと信じている。だからこそこの捜査を任せている。

 そして俺自身も、いくら名家の夫人だろうと、親友の母親だろうと、犯罪に手を染めていたら容赦はしない。

 しかし、俺とお前の違いは、この俺が王族だってことだ。

 綺麗事だけでは国政はできない。証拠が揃えば俺はお前の母親を逮捕して裁くだろう。しかし、お前までその道連れにする気はない。

 過去の歴史のように一族郎党皆殺しや排除みたいなことをしていたら、優秀な人材まで失う可能性がある。

 失敗や過ちを犯さないからといって、ただ真面目なだけでは、何の役には立たないからな。

 そんな箸にも棒にもかからないような家臣を持っても国は成り立たない。

 俺の言っている意味がわかるか?

 俺はこの件がどんな形で終息しても、お前を手放す気はない。潔いことを言って自分だけ逃げられると思うなよ」

 

 私は喫驚した。

 チャラいやつだと思っていた親友が、自分より成長して大人になっていたことに、初めて気付かされた。

 これはやっぱり妻子持ちと、ようやく初恋を知ったばかりの童貞野郎との違いだろうか。

 そういや、あんなお家騒動が起きても、こいつは大切な婚約者を守り抜いたんだよな。だからこそ今の幸せがあるだ。

 両家の因縁や恩讐を越えられるかどうかはわからないが、彼女からの最後通告を受けるまでは、私も彼のように諦めずに藻掻いてみるか。

 

 昨夜、疲労困憊の中で認めた新たな報告書を提出しながら、私はそう思ったのだった。

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