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美しい花には毒がある。当然でしょ、そんなこと  作者: 悠木 源基


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第10章 謝罪(デイアナ視点) 


 話が横道に逸れたが、私にはどうやら花を生ける才能があるらしく、我が家を訪れるお客様からの評判はかなりいいのだ。

 まあ、みんなは姉のシャーロットが生けているのだと思っているけれど。

 しかし実際の姉は、かなり知名度の高い花の名前くらいしか知らないし、薔薇と百合と蘭以外の花には興味がないのだけれどね。

 

 ハーモンド卿によると、どうやらこの私主導のおもてなしが、姉の評価を高めているということらしい。

 

 なんでも我が家のような暮らし方をしようとする、下位貴族やブルジョア階級の平民が増えつつあり、それを「カスタリアブーム」というらしい。

 私は単に貧しいながらもその中でできるだけ快適な暮らしができるように励んできただけなのだけれど。

 しかしそれがたまたまた、従来の型に嵌った在り方をから脱却して、新鮮なライフスタイルを模索しようという、隣国カスターリア国から生まれた考え方に似ているらしい。

 言われてみればそうかもしれない。

 以前読んだ隣国の紀行文や暮らしを綴ったエッセイ本なども参考にしていたから。

   

 

「このカモミールティーをおかわりできますか? とても美味しいですね。

 ところで、この納屋にはずいぶんとたくさんの種類の乾燥ハーブが吊り下げられていますね。

 どう考えてもこちらでハーブを作ってらっしゃるのは一目瞭然ですよね。それなのにシャーロット嬢がこちらに足を運んだことがないとは、おかしな話ですね。

 たしか、おもてなしに使用しているハーブは、シャーロット嬢が自ら栽培して加工して作っているとお聞きしているのですが」

 

 あ……そんな設定だった。忘れていた。

 

「シャーロット嬢は詩作や語学が得意で、字もお綺麗、刺繍や洋裁や編み物もプロ並み、それに加えてダンスも上級だそうですね」

 

 みんなバレてる。私がやっているということを。もう隠すのは無理だ。

 

「ええ。たしかにダンスだけ(・・・・・)は本当に上級の腕前のようです」

 

 私がやけになってそう答えると、プッとハーモンド卿が笑いを堪えられずに吹き出した。そしてこう言った。

 

「つまり水曜日のダンスレッスンはシャーロット嬢にとって唯一得意だった。だから君の付き添いは不要だったというわけなんだね。

 ところがそれ以外は君に宿題や提出物をやらせるために、習い事に付き添わせたというわけか。なるほどこれで全て合点がいったよ」

 

 えっ?

 

 ハーモンド卿の口調が突然変わったことに私はギョッとした。その内容もさることながら。

 しかも、その言い方や声に聞き覚えがあった。

 

 すると彼は、カツラと付け髭とべっ甲の眼鏡を外した。

 

「ルシアン様?」

 

 私は呆然として呟いた。

 なぜ目の前にルシアン様がいるんだろう。わけがわからなかった。

 私がメイドの振りをしているように、彼も王城の役人などではなくて、本当はジルスチュワー侯爵家の執事なのだろうか? 

 それとも本当に役人で我が家を調査しているのだろうか? 父か兄が何か不正をしていて。

 

 しかしどちらでもなかった。彼はこう名乗った。

 

「私の本当の名はセルシオ=ルシオン=ジルスチュワーといいます」

 

「本物のジルスチュワー侯爵令息様ですか?」

 

「はい」

 

 ルシオン様は高位貴族なのだろうとは思っていたが、まさか高位も高位、筆頭侯爵家のご子息だとは思ってもみなかった。

 王族の血筋の公爵家を除けば、貴族の中では最も身分の高い家のご令息様ではないか。

 自分のこれまでの行為を思い返すと不敬極まりない。超一流の料理人が作った食事しか食べたことがないような方に、ど素人の手作りランチなどを食べさせてしまった。

 それに散々貴族の悪口やら暴言を吐いてしまった。

 それらのことを改めて思い出し、羞恥心どころの話ではなくなってしまい、もはや無我というか、どうにでもなれという諦めの境地になった。

 訴えるなり捕まえるなり、どうとでも好きにしてください。

 それなのになぜかルシアン(セルシオ)様は気まずそうに謝罪を口にした。

 

「すまなかった。本名を名乗らずに」

 

 しかし謝る必要など全くない。高位の貴族がどうでもいい、少し顔見知り程度の庶民に正式名称を名乗るわけがないのだから。

 

「気になさらないで下さい。当然のことですから。

 というより、知らなかったとはいえ、大変失礼なことばかりしてしまい、申し訳ありませんでした。罰するならどうか私一人にしていただけないでしょうか。両親は何も知らないので」

 

 私は深々と頭を下げた。

 なんかもうどうでもよくなった。自分自身もロンバード子爵家のことも。でも、レンネさんとランディーさんにだけは迷惑をかけたくなかった。

 

 するとルシアン様ことセルシオ様は、ますます困ったような顔をした。なぜ?

 

「ディアナ嬢、先週は大変申し訳ないことをした。女性に対してあんな物言いをするなんて、男として最低だ。反省している」

 

「いいんですよ。あのように受け取られてもおかしくない態度を取っていたのだと、後になって気付きました。

 自分の立場も考えずに余計な真似をしたと反省しています。どうかご容赦ください」

 

「余計な真似なんかじゃない。君が食事を抜いている私を本当に心配してくれていたことは、わかっていたんだ。

 私の気を引こうとしていると本気で思っていたわけじゃない。君とは気さくな仲になっていたからと、ほんの軽口のつもりで言ってしまった。

 図々しいと思うだろうが、君に嫌われたくないし、これまでの関係を壊したくない。許してもらえるまで何度でも謝罪する」

 

 ルシアン様が再び深々と頭を下げたので私は慌てて言った。

 

「頭を上げて下さい。許すも許さないも私は怒ってはいませんよ」

 

 そう、私は怒ってなどいない。けれど、ルシアン様の正体を知ってしまった以上、以前のような関係に戻れるわけもない。

 

「この一週間君に謝りたかった。でも居場所がわからなくて、水曜日が来るのをイライラしながら待っていたんだ。

 それなのに君は図書館に現れなくて、私は絶望のどん底に落ちたんだ。

 もう二度と逢えないかもしれないって」

 

「今日図書館へ行かなかったのは、ただ恥ずかしかったからです。

 私もルシアン様がお嫌いな下心ありの(やま)しいご令嬢と同じ(実際恋愛感情持っていたし)と思われたのかと思うと、居た堪れなくて」

 

「君があんな連中と同じだなんて思うわけがないだろう。純真な君がそんなこと思うわけがないだろう(本当は思って欲しいけど)」

 

 ルシアン様はテーブルの上の私の両手をつかんで勢い込んでこう言い募った。

 

 純真? そう言われると心苦しいな。たしかに下心なんてなかった。ただルシアン様が好きだから、何かしたかっただけで。

 でも笑顔とありがとうの言葉を望んでやったのなら、やっぱりそれは見返りを求めていたわけで、純真とは言えないのでは?

 そんなことを考えて黙っていたら、ルシアン様は私の手を離して土間に跪き、許して欲しいと頭を下げ始めた。

 私は慌てて彼の両腕を掴んで引っ張り上げながら小さく叫んでしまった。

 

「やめてください。お召し物が汚れます。ここは大理石の床ではなく土間なのですから! 心臓に悪いので、どうか止めてください」

 

「許してもらえるかい?」

 

 いつもはクールなルシアン様が、まるで待てをできずに餌を食べてしまった情けない犬みたいな目で私を見た。

 だから私は何度も大きく頷いた。すると彼はようやく立ち上がって、再び椅子に座ってくれたのでホッと一息ついた。

 

「でも、どうしてここへいらしたのですか? 私の顔を見て驚いていらしたので、私がここの人間だと知っていたわけではありませんよね?」

 

「ああ、これは本当に偶然だ。そしてその偶然に心から感謝している。どうやって君の居場所を見つけるか悩んでいたから。

 私がここに来た理由は、さっき執事の振りをして言った通りだ」

 

 なるほど。矛盾はないわね。だって、ルシアン様は最初から言っていたもの。

 休みに家にいると母親から望まない女性と顔合わせさせられるから、図書館に避難していると。うちの姉との顔合わせなんて、その最たる相手だろう。なんたって因縁があり過ぎる。

 ルシアン様がジルスチュワー侯爵令息だというのならきっとそう思うだろう。

 しかし、一応それを確認しておかなければ。本当に彼が悪女達の標的にされている被害者だとしたら、彼は私のお仲間だから。

 これまでのような関係を続けるのは無理だとは思うけれど、共闘する人間としてなら、まだ側にいられるかもしれない。目標を達成するまでは。

 


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