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第二期《光の道しるべ》サイドストーリー集

母子ともに。

作者: アカリン


『双子ってこんなにお腹が重いの…』


二人分の生命を宿しているのだから当然と言えば当然なのだが、どうしても長男を妊娠していた一年前の経験と比較してしまう。

もう横になっていられないし、呼吸も苦しく座っていることだってなかなか辛い。

単胎であれば妊娠も後期に入り様々なやり残したことを進めたい時期ではあるが、双子を身籠もっている母体にとってはそもそも安定期など存在せず、日々慎重に過ごしていた。


が、一才手前の息子がいる手前、ゆっくりと休んでなどいられず、夫である修二も予想に反して更に増えることとなった双子の誕生に向けて更に稼がねばならず、昇進試験へとむけて勉強に励んでいた。

そして、単身海外赴任も控えていた。



深夜、里美は寝付けずにいた。

風邪でもひいたのだろうか、いつにも増して怠くそして恐らく熱がある。

それに咳も出る。

日頃の無理が祟ったのだろうか、しかし産前のやりたい事自体は修二の協力もありほぼ叶えられ、本人にとっても気分転換になり良い影響だったたはずだ。

新しくできたカフェ巡り、ホテルのスイーツビュッフェに、夏の旅行。

体重管理に厳しく言われることは分かってはいたが、食べてばかりの夏を過ごし、亮二の時とは異なりそれなりに楽しいマタニティライフを過ごせた方だと思う。

一度は息子の寝かしつけと同時に寝落ちてしまったのだが、その後はいつものごとく夜泣きの対応で目覚め、そしてお腹の苦しさや胎児が圧迫する事による尿意もあり、ゴソゴソと横になりながらベッド内で自分なりに楽な体勢を探している。

しかし、あまりにも苦しくベッドの上に起き上がり座ると、前屈みになりながら大きく肩で呼吸をしていた。

合間に咳き込む姿により、更に緊迫感が漂っていた。


「大丈夫か?」


横で眠る修二が苦しそうな呼吸を察し声を掛ける。


「あっ…はぁ…ごめんね、動きっぱなしで…」

「苦しそうだが、本当に大丈夫か?」

「わかんないっ、けど…かなり苦しい」


呼吸の度に大きく膨らむ胸、そして上下する肩を見て、呼吸の仕方が正常ではないと判断した修二は救急車を呼ぶべきと判断した。

唇の色が悪い。

ここ最近も苦しさを訴えてはいたが、それは妊婦特有の多くの人が経験する症状であり双子ならばより仕方ない事だと捉えていたが、今はだいぶまずいと思う。

こんなことで呼んで良いものが悩んだが、横になることのできないと訴える呼吸に修二は違和感を感じていた。

救急車が到着するまで、里美の背中を上下に摩り呼吸が少しでも落ち着くよう促すが、次第に過呼吸のような更に苦しそうな様子を見せ始める。


「はっ!息っ、出来ないっ…!」

「ちゃんと息吐いて。大丈夫だ、ふぅ…ふぅ…ふぅ…一緒に。そうだ、できてるぞ。」


相変わらずベッドに座ったまま、胸と肩を大きく動かしながらの呼吸は変わらなかった。


「ふぅ、ふぅ、ん゛…苦しいっ…っふぅ、っふ…んっ…」


このまま苦しさのまま死んでしまうのではないか、このまま病院へ運ばれ出産となるのではないか。

里美はよからぬ不安を抱き、涙を流しながらパニック状態に陥るのを何とか抑えていた。

里美の背中を上下に摩りながら励ましていると、ある様子に気づく。


「なぁ、もしかして産まれそうだったりするか?」

「苦しっ…」


やはり苦しさが一番にあるのだろう。

答えになっていないが苦しさに悶える姿に寄り添いながら、修二は合間にいきんでいるような様子が気になっていた。



十分もせぬうちに救急車が到着すると、少しでも呼吸か楽になるよう側臥位で担架に乗せられ手際よく車内へ収容される。


「吸うことに一生懸命になりすぎると過呼吸を起こしちゃうので、きちんと息吐きましょう。ゆっくりで大丈夫ですから、お母さん落ち着いて…」


「はぁ、ふぅ……ふぅ…ふぅぅぅ…っ」


修二に抱かれ付き添う亮二はキョロキョロと周囲を見渡し、抱っこ紐の中、修二の胸元へスッポリと収まっている。

二冊の母子手帳を救急隊へ預けると、幸いにもかかりつけでもある南部総合病院への受け入れが決まり、里美も修二も若干ではあるが安堵した。

里美は自分でも呼吸に加え下腹部の異変を感じ始めていた。

出産が近いのではないか、お腹の子どもたちに何か起きたのではないかと不安で堪らない。

すると薄れゆく意識の中、病院とのやりとりの会話による『心筋症』というワードがかすかに里美の耳に聞こえた。

後に知ったことだがこの時、どうやら修二の元へも『周産期心筋症』の疑いを伝えられていたらしい。

双子など多胎の場合や高血圧、喫煙者の場合など発症することがあるらしいが、発症件数は多くはないとのこと。

ただ、今までに心筋症の既往がなくとも発症する場合があるらしい。



普段、妊婦健診を受けている南部総合病院へ到着すると、まずは双子の状態確認を受ける。


「ちょっとごめんねー、足開くよー」


機械が動き、そして腹部にはモニターが巻かれ、同時にお腹を触られると医師の眉間にシワが寄る。


「お腹はいつから張ってた?痛くない?」

「痛くないです…それよりも苦しくて」

「ここまでのお腹の張りは危険だね。このまま暫く様子見させて下さいね。」


苦しさを抑えられるようベッドの位置が調整されると、少々落ち着きを取り戻してきた。


「賀城さん、落ち着いてきました?」

「少し…」

「良かった…この間の検診の血液検査、貧血って出てる見たいで鉄剤が処方されるそうです。赤ちゃんたちに酸素いっぱい必要ですからね、お母さんも苦しくなっちゃいますよね」


腕を摩って励ましてくれる助産師の存在に安心し、突然溢れ出す涙は里美の心の中で抑えていた様々な不安な心そのものだった。


「お腹が結構張ってるのわかります?モニターでもこれだけ波が出てるんです。ここ来た時、無意識だったと思うんですけど賀城さんいきみ始めていて。続けてると本当に産まれちゃうので気をつけて下さいね?」

「はい…」


里美の身体のサイズに対し、双子はそれなりに育ち母体に負担がかかり初めていること。

亮二の育児や、今後双子を出産することや修二を頼らずしての育児への不安、心のバランスや自律神経の乱れも今回の不調の原因だろうとのことだった。



鳥の鳴き声が聞こえ、日差しが差し込む窓の向こう。

曇は多いが空は明るく、開けられた病室の窓からは連日の蒸し暑さを忘れてしまいそうな涼しい外気が病室へと流れ込む。


「修二…」


隣のベッドで亮二を足に乗せて抱き、座ったまま眠る修二の顔は優しい父親の顔をしていた。

ナースコールを押し、目覚めた事を伝えると助産師が里美の元にやってきた。


「賀城さん、落ち着いてる?大丈夫?」


瞼の重さと身体の怠さから、声も出ず横になったまま頷く。


「お腹、苦しかったね。少し聞いてたかもしれないんだけど、妊娠中に心筋症になってしまうことがあって。だけどそれは違うって先生が。賀城さん、小柄なお母さんだから圧迫されて苦しかったのね。」


「赤ちゃんたち、このまま産まれるんですか?」

「大丈夫そうよ、今張り止めを入れてるから。まだ八か月に入ったばかりよね?上のお子さんの時はこういう風に苦しくならなかったの?」

「一人だったし早産だったので…あんまり…そこまで大きくなってなくて。」


結果的に疑われた心筋症ではないとの診断ではあったが、一日入院し経過を見る事にした。



翌日、医師の診察の元、帰宅の許可が出る。


「前も話したと思うけど、多胎妊娠に安定期はないからね。それから、バースプランで自然分娩希望していたけど、帝王切開で早めに出してあげた方がお母さんの為なんだけど」

「早くってどのくらいですか?」

「経過にもよるけど大体、三七週くらいで。お腹の中で一人目の赤ちゃんが頭位なら自然分娩もできるから、今はまだ二人とも逆子なんだけど、まだ動くから様子を見て。

まずは前も話した通り、それぞれの赤ちゃんを1500g目標で育てましょう。」


早産を防ぐための方法は特にないと言われていた。

そのために出来る処置はすでに終えており、やはり安静に過ごすことがベストなのだろう。

初期の頃から妊婦健診は多く、貰っていた助成券の残りも手持ちは無かった。

検診のための出費も嵩みお金の不安ものしかかってくるが、やはり楽しみな気持ちの方が勝るのは母性なのだろうか。



帰宅後。

病院に付き添っていた亮二も長時間、頑張ってくれた。

ほとんど抱っこ紐の中、修二の胸元で寝ていたらしいが最近の亮二は動きが活発になり、安静にとはどう過ごせば良いのか里美は考えていた。

幸いにも今日は修二が休みだったことに救われたが、目の前に迫る出産に不安に対しさらに強まる。


「今日の夕飯は?パスタにでもするか?」

「そうね、それなら亮くんも食べられるし。」


リビングで寛ぎながら授乳を終えると、突如襲う亮二の攻撃。


「う゛っっっっ…!!!」

「どうした!?」


普段耳にすることのない里美の声に驚き、修二は振り向く。


「ちょっとぉ、亮くんそれはヤダよ?ママも赤ちゃんも痛いよ?」


数時間ぶりの授乳中タイム。

痛みを感じるほど張った胸に吸い付き母との触れ合いが嬉しかったのだろうか、あまりに機嫌が良すぎる亮二の頭突きが里美の腹部を突撃した。

乳児とはいえ、沢山の管に繋がれた産まれたばかりの弱々しい姿を思えばとても逞しく育っている。

これも嬉しい成長だろう。

数週間後には更に賑やかな賀城ファミリーとして、元気に誕生してくれることを両親と小さな兄が待ち侘びているのだった。


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