94-2.始末
《魅了》されていた女性、ヘアーナさんに事情を聴いた。
何でも、彼女の働く店のオーナーはかなり強力な《称号》を持っており、大抵の相手に《魅了》を掛けられるのだそうだ。
そのオーナーだが、現在はお店を経営する傍ら、《魅了》能力を悪用して悪魔契約者の選定を行っているらしい。
個室に入った顧客に、記憶が飛ぶ濃度の《魅了》をかけ、その人が抱えている不満や規範意識の高低を聞き出し、その内容から《封魔玉》を渡して悪魔と契約するかどうかを推し量っているという。
もしものことを考えて彼女を避難させた後。
俺は一人、彼女の勤め先へと向かっていた。事実確認と、救助のためである。
A級冒険者として高い《抵抗力》を持つ俺なら《魅了》されることはまずない。
さらには鑑定と回復〈魔術〉も扱える。
本当は《濡羽の王笏》が欲しいところだが、取りに帰っている時間はない。
訓練用の杖を片手に、地図と睨めっこしながらできる限り先を急いだ。
◆ ◆ ◆
「……来ぬな」
「…………」
王都の片隅にポツンとある廃教会に、ローブの者達が集まっていた。
彼らの前に立つ少年が苛立たし気に呟くが、それに応じる者はいない。お冠の様子の教祖に、皆、平伏するばかりである。
「……む? ようやくか」
しかし、そんな辛い時間も終わりを迎える。
新しい気配がやって来たのだ。
「どうもどうも。《迷宮》行ってたら予想より遅くなっちゃってごめんね」
「……貴様、何者じゃ」
だが、現れたのは見知らぬ少女であった。
「あなた達が魔神教団で間違いなさそうだね」
「何者か、と問うておるのだが? それに、我らの同胞はどうした」
質問を無視する少女に、語気を強める少年。
やれやれ、とばかりに少女は肩をすくめた。
「そんなにカッカしないでよ。ちょっと《スキル》で《洗脳》にして話を聞いただけなんだから」
「……何が目的だ」
「あなた達の計画を止めること、かな」
「フン、身の程を弁えろよ、小娘が。たった一人でこの我を止められると思うてか」
「いかがなさいますか、教祖様」
少年教祖に配下の一人が問いかける。
「決まっておろう、我が仕留める。お主らは下がっておれ」
そう言うや教祖は、紫のキューブをばら撒いた。
それらが小さく光ったかと思うと、人型へと姿を変えて行く。
「行け、魔神兵よっ」
「命令受諾。戦闘行動を開始します」
否、それは人間ではない。
魔神兵、と魔神教団が呼ぶ《錬金生物》だ。
能面のように無表情な男女計五体が、一斉に少女へと向かって行く。
「へー、これが例の魔神兵ってやつなんだ」
「《スキル:ナイトメアアーマリー》を発動」
少女の元に着く前に、魔神兵達は己の魔力を凝集させ、闇の武装を作り出した。
剣、槍、盾。各々が必要な武器を手に持ち、鎧で身を包んでいる。
「まあ、あったら便利そうな《スキル》だね。そこまで欲しくはないけど」
「接敵、攻撃」
そして間合いへ。
特に連携などはせず、最も素早い個体が真正面から武器を振るった。
技術はないが、圧倒的な《パラメータ》を持つ魔神兵の攻撃は力任せでも脅威である。
だが、少女はそれを身のこなしだけで躱すと、すり抜けざまに掌打を食らわせ魔神兵の頭を弾き飛ばした。
「でも単調だね。《迷宮》の魔物みたい」
後続の魔神兵が次々と襲い掛かる。
しかし、少女はそれらを物ともしない。往なし、殴り。回避し、折り。受け止め、蹴り。しゃがみ、投げ飛ばして五体全てを機能停止に追い込んだ。
《迷宮》の魔物が《ドロップアイテム》になるように、紫の泥へと変わって行く。
「ほう……。少しはやるようだな」
「これでもあなた達を止めるには足りないかな?」
「左様。どれだけ強かろうと所詮は一人。それが貴様の限界だ。〈クリエイトデーモンゴーレム〉」
ゴキ、メキ、バキ。
肉や骨を無理やりに変形させるような異音が聞こえて来たのは、教祖の後方からである。
彼の後ろにいたローブの者達が、黒く屈強な人型の怪物へと変貌していた。
「先の魔神兵以上に肉体《パラメータ》に特化させた特別製だ。こやつらは先のようにはいかんぞ」
「なかなかエゲつないことするね。仲間だったんじゃないの?」
「仲間、か。クハハハッ、人間など所詮は手駒に過ぎぬ。同胞と思ったなど一度たりともない」
パサリ、と教祖がローブを脱ぎ去る。
少年の体を覆うのは、角や尻尾の形を模した漆黒のオーラ。
受肉悪魔の特徴であった。
「我は《グレーターデーモン》、人類に仇なす者であるのだからなッ。あの者共は計画の準備には不可欠であったが、事ここに到れば既に用済みよ」
「ふうん、《魔式錬金》ってそんなこともできるんだ」
ピクリ、と教祖が眉を動かした。
「どこでそれを……。貴様、鑑定持ちか?」
「まあ間違っちゃいないね」
曖昧な答えを返す少女。
「今やったのは《魔道具》を介した強制《錬金生物》化かな? あの人達の付けてた指輪から変な魔力が出てたっぽいけど」
「相違ない。その他雑多な条件もあるが、大前提として我の製作した《魔性供物の指輪》を身に着けていなくてはこの〈魔術〉は使えぬ」
「世にも珍しい《術技系スキル》を拡張させる《スキル》、《魔式錬金》も何でもアリではないんだね」
「当然だ。でなければ受肉してから何年も斯様なさもしい活動を続けてはおらぬ」
さて、と会話を切るように言葉を発する教祖。
「もう、充分に話したであろう」
言いながら、懐からキューブを取り出した。
光と共に七体の魔神兵が新たに現れる。
「地獄の底で、我が前に立ったことを悔いるが良い」
元信徒の四体に加えて、新たに七体。合計十一体の魔神兵。
そこへ、《錬金術》に能力が偏っているとはいえ、《レベル90》オーバーの教祖も居る。〈魔術〉攻撃に集中されれば厄介なことこの上ない。
十二対一など、戦力差は歴然だ。
「安心して。私はまだ聞きたいことが沢山あるから、あなたのことは生かしておいたげる」
「ほざけッ」
十一体の魔神兵が駆け出し、同時に闇の〈上級魔術〉が発動し、そして──。
「敏捷強化随時発動《スキル》、全発動」
──全ての魔神兵が微塵と化した。
ついでに教祖も弾き飛ばされ、奥の壁に深く埋まる。
「ガ、ハ……っ!?」
何が起きたか理解できないとばかりに、喘ぐように息をする教祖。
彼の近くに少女が歩み寄る。
「ふふッ、まだ抵抗する?」
「ぐ、ぅぅ……、〈ダークネ」
「そい」
「っっっ!」
「それから《酔生夢死》」
教祖の反撃をことごとく潰しながら、少女は少しずつデバフをかけていった。
そしてしばらく後、そこには《洗脳》状態となった教祖と、彼から情報を引き出した少女の姿が。
「計画の全容はわかったよ。思ったより大掛かりだし強引だけど、これなら簡単に止められそうだね」
でも、と顎に手を当て呟く。
「まさか他に協力者がいたなんてね。まあ確かに、《封魔玉》を見つける《スキル》は持ってても契約者候補を見つける《スキル》はなかったんだし、考えてみればその通りなんだけど」
そして立ち上がる少女。
「近いのは娼館の方かな。まずはそっちから行こうか」
それから数分後、その場での『処理』を終えた彼女は、廃教会を後にした。
 




