94.鑑定
「じゃねー」
「最近物騒だから人目の少ないとこには行くなよ」
素材を換金し宿屋に戻ると、マロンは《装備品》を置いてどこかへ出かけて行った。
武装して街中を歩くのは、ギルドや《迷宮》の近く以外ではマナー違反なため当然だ。
俺も《濡羽の王笏》を置いて出かける。
防具や装飾品ならば着けていても不審な目は向けられにくい。
それからは王都をぶらついていた。
昼食にはまだ早い時間帯であり、目的地は特にない。人通りが多すぎず少なすぎない道を選んで、ゆっくりと歩いている。
街には色んな人が居る。
強い人、弱い人。仕事の人、休みの人。
《ユニークスキル》を持つ人、持たない人。そして、怪我をしている人とそうでない人。
「すいません、少しいいですか」
「あ、あの、な、何ですか?」
「右腕、怪我されてますよね」
通りすがりの少年に話しかけた。
ボサボサ髪の彼は、外からだと服に隠れて見えないが、右腕部に軽い打撲がある。鑑定で得られる情報の中には、簡易的な状態チェックもあるのだ。
「実は俺、治癒師を目指しているんです。良かったら治しましょうか」
「い、いりませんよ。俺、金持ってないし……」
「無料で構いませんよ。回復〈魔術〉の練習ですので」
「そ、そういうことなら……」
おずおずと右腕を差し出した少年。
俺は素早く魔力を練り上げる。
「〈グリームヒール〉」
「あ、痛みが引いてく……」
少年は目を丸くして呟いた。
「あ、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ練習に付き合ってくれてありがとうございました」
頭を下げる少年に会釈を返してその場から立ち去る。
そしてまた道行く人を鑑定する作業を再開する。
実を言うと、回復〈魔術〉の練習がしたいというのは噓だった。
主目的の間にたまたま見かけたから、ついでに治しただけである。
では、その主目的とは何なのか。それは──。
「こんにちは、お久しぶりです」
「あぁ、クッカさん。ちょっと前の事件以来ですね」
声を掛けて来たのは蛇の団のクッカだった。
やたらと遭遇率が高いが、それは彼女達騎士団がそれだけ多く巡回していると言うことだろう。
巡回地域が俺の活動圏と被っているのもありそうだが。
「先程の少年、どうして怪我をしているとわかったのですか?」
内容は詰問風だが、疑っているという声音ではない。
「《称号》効果で鑑定が使えるんです。回復〈魔術〉の練習も兼ねて、軽い怪我人には回復を施してるんですよ」
「そう言えばあの時も回復〈魔術〉を使ってましたね」
得心がいったようにクッカは頷く。
さて、こちらが教えたのだからあちらからも話を聞こう。
「実は《強欲》持ちの捜索も兼ねているんですが。ほら、B級冒険者を殺したという。その後、捜査の方は進んでいますか?」
「ああ、あの事件ですか。もしやあの時の被害者がお知り合いなのですか?」
「そうですね」
互いの名前も知らないが、知らない仲ではない。
「あの後も三名ほど、オレンジローブの通り魔に殺されてしまいました。犯人が死体を隠滅できる線を考慮すると、実際の被害者はもっと多いかもしれません」
亡くなった三名はいずれもC級冒険者で《ユニークスキル》を持っていたという。
犯人が《ユニークスキル》持ちに狙いを定めているのは間違いない。
「ただ、街行く人を鑑定して回るのは無駄かもしれません」
「どうしてです?」
「実は、その犯人は悪魔契約者のようなのです。もし《強欲》が悪魔から与えられた《スキル》なら、奪った《スキル》は悪魔の物になっていて、普段は見られない可能性が高いというのが専門家の意見です」
「そうだったんですか……」
ここでも悪魔契約者か。
「《封魔玉》を配っている奴、早く見つかるといいですね。多分《強欲》もそっちの筋でしょうし」
「恐らくはそうでしょう。まあ、隊長は他の街から来た可能性を考えて周辺都市の《ユニークスキル》持ちの死亡記録を漁っていますが」
「へぇー、そうなんですね。……ん?」
待てよ、待て待て。
メルチアでは高位冒険者が相次いで失踪してたんじゃなかったか?
てっきり《迷宮》で死んだんだと思ってたが、高位冒険者にまで上り詰めるような者が立て続けにそうなるのはおかしいだろ。
もし《強欲》がメルチアに居て、そこで冒険者狩りをしていたのなら。
そして、最近この王都にやって来て狩りを再開したのならば……。
背筋がゾッとした。
その条件に当てはまる者に、心当たりがあったのだ。
「どうかしましたか?」
「……ああ、いえ。実は──」
逡巡の末、クッカに話すことにした。
「──かもと思うんですが、あの契約者か調べる《魔道具》で確認してもらえますか?」
「興味深い話ですね。逮捕する根拠には弱いが、検査くらいは可能でしょう。早速試してみます」
そう言うとクッカは駆け足に歩き去って行った。
それからも俺は鑑定作業を続けていた。
《強欲》が悪魔とは無関係である可能性も依然として残っているのだから当然である。
……現実逃避なのは分かっていたが、それでも何もしないのでは落ち着かなかった。
続けることしばし、少し引っかかる人物を見つけた。
「ん?」
「あら? あなたはいつかの」
珍しい鑑定結果に気を取られ、うっかり目を向けてしまった。すると相手もこちらに気づいたらしく、視線が合う。
すぐに視線を逸らしたが、相手はどうやら俺のことを知っているようだった。
笑顔で歩み寄って来る。
さっぱり見覚えがなかったが、率直にそう言うのは憚られた。曖昧な笑みで挨拶する。
「お久しぶりです」
「ええ、久しぶり。あの後はちゃんと五番街に帰れたのかしら?」
「あぁ、はい、おかげさまで無事辿り着けましたよ」
五番街、帰る、という単語に反応し、記憶が蘇った。
彼女はいつか、道を訊ねた女性だった。あれはたしか、蛇の団の二人と出会った日のことだ。帰り道で迷ってしまったため、偶然出会った彼女に声を掛けたのだ。
あの時は女性二人と男性一人も一緒だったのだが、今日は彼女だけだ。
「それは良かったわ」
それから世間話を少々。
彼女はヘレーナという名前らしく、今日は仕事が休みなので買い物をしているそうだ。
「ところで話は変わるのですが」
ある程度互いのことを知ったところで本題を切り出すことにした。
「ヘレーナさん、《状態異常》になってますよ」
「え?」
不思議そうな顔をするヘレーナ。自覚症状は無いのだろう。
だが鑑定にはしっかりと《状態異常》に掛かっていることが示されている。
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個体名 ヘレーナ
状態 魅了
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彼女に掛けられた《魅了》の深度自体は大したものでもない。
特定の何かを意識できなくなるという軽度のもので、好感度操作すら働いていない。彼女の自我は残っているし、掛かっている間の記憶が飛んだりもしない。
「ど、どういう《状態異常》なのかしら……?」
「《魅了》ですね。誰かを好きにさせるとかじゃなく、何かを意識させなくする感じのやつです」
俺の鑑定でわかるのは抽象的な効果だけだが、それでも何も分からないよりはマシである。
得られた情報を全て話した。
「いつの間に……」
「術者に心当たりはありませんか?」
「……無いわね。それよりありがとう、教えてくれて。私は治療屋に行って来るわ」
「それには及びませんよ」
回復〈魔術〉を使える旨を説明した。
《状態異常》の解除も回復〈魔術〉の領分である。
「それはありがたいけれど、いいのかしら?」
「ええ、これも《スキル経験値》のためです」
「なら、お言葉に甘えようかしら」
「では失礼して、〈クリアマインド〉」
清涼感のある爽やかな光が駆け抜けた。
鑑定してみれば《魅了》は消えている。
「これで治ったはずです」
「…………」
「ヘアーナさん……?」
たしかに治せたはずなのだが、彼女は目を見開き、無言でわなわなと震えていた。
「思い、出したわ」
「はい?」
「思い出したのよっ、どうして《魅了》をかけられたか!」
◆ ◆ ◆
──某日 王都 歓楽街
「息災であったか?」
風俗店『桃餅屋』の二階。オーナー室に一人の少年が来訪した。
窓より室内に侵入した彼は、見た目に似合わぬ老人口調でこの部屋の主に話しかけた。
「はい。教祖様より賜った魔神兵の方々のお陰で、トラブルを起こすお客様には丁重にお帰り願えていますから。全ては教祖様のお導きの賜物にございます」
部屋の主は椅子から降り、頭を垂れて応じた。
両者の力関係が窺える光景であった。
「なに、汝の店の護衛共を殺したのは我であるからな。我が補填するのは道理よ」
それに、と続ける老人。
「あの護衛共は些か粗末に過ぎたからな。汝の《魅了》が通じなくてはならぬ故、必然、弱卒ばかりになるのは致し方ない。されどそれにも限度があろう。多少撫でられた程度で死んでいては稚児にも勝てぬわ」
「全くでございます」
教祖の身勝手な言い分にも、オーナーは恭しく頷いた。
「それで、この度はどういったご用件でございましょうか。契約者候補の選定はもう必要ないと以前、仰られておりましたが」
「魔神兵を回収しにな。計画に向けて我らも最大限の戦力を招集しなくてはならぬのだ。嗚呼、案ずるな。この店にも一体は残しておく」
「そういうことでしたらどうぞお気兼ねなく全てお持ち帰りください。元はと言えば教祖様の物。我らのことなど気にせず」
「そう気を遣うことはない。我が魔神兵は受肉した悪魔を素体にしているだけあって破格の戦闘力を誇る。計画の実行には五体も居れば十二分である。既に十体にも上る魔神兵を完成させておる故、一体減ろうと支障はない」
「それは善き事でございます」
ますます深く頭を下げるオーナー。
その時扉が開き、一組の男女が入って来た。彼らは生気も感情もない顔つきである。
教祖の前まで来ると紫に発光し出し、やがて黒紫色をした手のひらサイズのキューブとなった。
「では、これにてお暇しよう。次会うのは計画が成就した時であろう」
そう言い残して教祖は窓をくぐり、オーナーはしばらくの間、そちらに頭を下げていたのだった。




