91.新調
森林エリアに挑み出してから三日が経った。
第二十三階層までの攻略が終わり、今日は休日である。
ここ数日で資金も十二分に手に入ったので《装備品》の一部を新調しようと思う。
現在の《装備品》はこんな構成だ。
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装備 巌魔の首飾り ランク4
シークレットリング ランク4
ジェネラルヘルム ランク3
スパークラークエンブレム ランク4
遁走の蹄靴 ランク4
濡羽の王笏 ランク5
風魔導師の指輪 ランク4
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これにプラスして、戦闘時は柔鉄の鎧や籠手を身に着けている。
さすがに完全武装で街をうろつくわけにはいかないので、鎧や杖は使わず、ラフな格好をしているが。
まず、買い替えることが確定しているのは柔鉄装備一式だ。《大型迷宮》の魔物相手には強度が心許ないからである。
ただ、他の《装備品》をどうするかは未定。品揃えを見て、良さそうなのがあれば買い替えて行くつもりだ。
《ジェネラルヘルム》なんかは一番《ランク》が低いが、指揮個体から落ちただけあって希少な他者強化効果を持っているので、恐らく代替品は見つからないだろう。
マロンから貰った物なのでなるべく長く使いたいというのもある。
なお、そのマロンは用事があるらしく、今日も朝から出掛けて行った。
「いらっしゃいませ」
王都でも指折りだという鍛冶屋を訪れた。かなり大きな店舗で、何と三階建てである。
階ごとに《装備品》の《ランク》が別れており、上階に行くほど高くなる。
掃除の行き届いた折り返し階段を上って行き、真っ直ぐに三階を目指す。
そうして着いた三階は、それまでと比較しても一層煌びやかなところだった。陳列された《装備品》の質もさることながら、何だか部屋全体が微妙に明るく、装飾品からも高級感が漂う。
一頻り店の雰囲気に感心した後、《装備品》を見て行く。鑑定結果が書かれた紙も添えられているが、一応自分でも鑑定しながらだ。
三階ともなると《ランク4》以上の商品ばかりで戦々恐々としてしまう。
ちなみに、《装備品》の《ランク》は、A級冒険者だと五くらいが適正だという。
この基準で行くと《濡羽の王笏》以外は適正値を下回っているのだが、そこの改善は追々である。
《ランク5》ともなると数も限られるため、自身の《ステータス》に合った物を探すだけでも一苦労なのだ。
今も《ランク5》で俺に合った《装備品》はあまり見つかっていない。
「でもこれは良さそうだな」
直立する白銀の甲冑を見て呟く。
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《亜聖銀の魔鎧》ランク5:衝撃を吸収する。装備者の〈魔術〉の威力を増幅する。
耐久力上昇。損傷を自動修復する。
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鎧だが、《装備効果》は魔術師向けだ。
素材である亜聖銀も非常に軽い金属であるため非力な魔術師にはうってつけ。聖銀に比べると強度は落ちるが、それでもそんじょそこらの金属よりは遥かに硬いのでそこも安心である。らしい。
添え書きに書かれている事なので恐らく信用して大丈夫だろう。
「すいませーん。これ買います」
他に良さそうな物もなかったのでショッピングを打ち切り、店員さんに声を掛ける。
カウンターに行きリュックから財布を取り出した。普段持ち歩いているものより大容量の、財布というよりは袋に近い物だ。ここに俺の全財産が入っている。
その大部分を費やしてようやく届く《亜聖銀の魔鎧》の価格に慄きながら代金を払う。
無事に購入できた鎧を、試着室を借りて着込んで行く。
籠手や脛当ても付属していて少し手間取ったが、一人で着ることができた。この世界に来てからおよそ二か月、柔鉄の鎧を毎日のように着用していたためか、鎧を着るのにも慣れて来た。
鎧と入れ替えにしたのは《スパークラークエンブレム》だ。そこそこお世話になった《装備品》だが、雷系〈魔術〉は主力ではないので交替することにした。
鍛冶屋を出て街を歩く。事前に立てていた予定はこれで消化し終えたので暇になってしまった。
お金もほぼ使い果たしてしまったのでブラブラと散策することにする。
今、居るのは二番区画。王都に来てまだ日の浅い俺はほとんど来たことのない区画だ。
きっと目新しいものもあるだろう。
そう思ってあちらへこちらへ歩いていたが、十二時の鐘を聞いて定食屋に入った。さすがに数日分の食費くらいは残っているので普通に料理を注文し、食べる。
午後からも色々と見て回っていたのだが、ふと気配の衝突を捉えた。色々あったので、《気配察知》は常に全開で使うよう心がけているのだ。
「っ」
複数人の上位冒険者並みと、さらに強力な存在が、攻撃を打ち合う気配。
慌てて駆け出す。飛行能力も使って壁を越えて屋根の上を飛ぶ。
気配の場所までは遠い。こうしている間にも、複数人側は追い詰められているようであった。
既視感のある状況に息が詰まる。
「何があったんですか!」
「いきなり襲われたっ、できれば助けてくれ!」
現場に到着し、開口一番に問いかけると、複数人側のリーダーらしき人が大声で助けを求めて来た。
こちらの言葉に即応したのを見るに、《気配察知》で俺の接近を感じ取り、言葉を用意していたのかもしれない。
「ブラストブレイク」
腕を向けて〈魔術〉を放つフリをする。
戦闘行動を牽制するためだ。
《気配察知》を使っていれば容易に見破れるブラフだが、何もしないよりはマシのはずである。
「…………」
だが、この行動は望外の成果を上げた。
一人で敵対していた強大な気配の者は踵を返すと、一目散に逃げて行った。
足の速さはかなりのもので、普通に追ったのでは追いつけないだろう。
朱色のローブで全身を隠しており顔は見えなかった。鑑定も通じない。
「《双竜召喚》、《成竜化》、チョコ、追え!」
追跡はチョコに任せて俺は治療を行う。
ますは最も近くに居た片腕を失った男性からだ。
「〈グリームヒール〉」
グロテスクな赤黒い切断面が皮膚に覆われ、全身の傷もある程度癒された。
「すまない、助かった」
「いえ、止血しかできずすいません」
傷口は塞げるが、失われた腕を再生させることは俺の回復〈魔術〉では不可能である。
「シェイっ、目を開けてっ、〈エンジェルヒール〉ッ、シェイ!」
同様に、喪われた命を取り戻すこともまた不可能。
治癒師と思しき女性が俺では使えないレベルの回復〈魔術〉を発動するが、死者に変化は表れない。そちらから目を背け、次の怪我人の治療に移る。
やがて生き残った者全員の治療が終わった頃、新たに二つの気配が近付いて来た。
「何があったのですか!?」
見れば、彼らは騎士団の制服を着ていた。色が違うので蛇の団ではなさそうだが。
豹の団と名乗った二人に被害者達のリーダーが事情を説明して行く。
曰く、彼らは道を歩いていたら唐突かつ一方的に襲われたのだそうだ。
この路地は人通りが少なめだが、皆無ではない。他にも目撃者がいた──豹の団の二人を呼びに行ったのもその人だ──ようで、その証言はすんなりと信じられていた。
そして襲撃者の正体についてだが、心当たりはさっぱりだという。声から女ではないかと言っていたが、そちらも確証はない。追跡に出していたチョコも撒かれ、《潜伏》を使われたため後を追うこともできない。
目的も不明。金銭や持ち物も奪われていない。奪えなかっただけかもしれないが、あれだけの力があるならこんなリスクを侵さずとも金品などいくらでも手に入れられるはずである。
「《強欲》よ……」
それについて頭を悩ませていたところ、仲間の亡骸に縋りついていた治療師が顔を上げ、うわごとのように呟いた。
「《強欲》? それは《スキル》を奪うっていう、あの?」
「ええ……だってシェイをこ……殺した、後に。彼の《泡食》を使いだしてたもの……」
《泡食》は殺された仲間の《ユニークスキル》らしい。
「たしかに、それならあの攻撃の多彩さにも納得がいくが……」
「襲撃犯はそれほど《ユニークスキル》を多用していたのですか?」
「ああ、《ユニークスキル》を複数持っているのか、出来るの事の多い《ユニークスキル》なのかはわからんが──」
戦闘時の様子を事細かに説明するリーダー。
俺もまた、その話を聞いているのだった。
 




