70.採掘船
「波は立ってないな! 雲行きも良好! よしっ、一ヵ月ぶりの採掘だッ!」
「「「うおおおおおぉぉッ!!」」」
磯の香りが溢れる港に、割れんばかりの喚声が響き渡った。
時刻は六時前。鉱石採掘に向かうべく集まった者達。作業着を纏いヘルメットのような防具を被った屈強な集団の前に俺は居た。
「そして今回! A級冒険者のリュウジ殿が飛救士として臨時で働いてくれることになった!」
「「「うおおおおぉッ!」」」
「よ、よろしくお願いします」
集団の先頭で檄を飛ばすロイさんに紹介され、軽く頭を下げる。周囲の熱気に気圧されてちょっと引き気味になってしまった。
集会が終わると一同は早速、船に向かった。港の中でも最も大きな帆船、採掘船だ。埠頭から甲板へ渡り、乗組員達が手分けして出港準備に取り掛かる。
にわかに喧騒に包まれる甲板。
部外者の俺には、恐らく出港準備なのだろうということしか分からないが、騒がしい中でも一人一人がテキパキと動いていて手際よいと感じられる。
「いやー、皆さんやる気満々ですなー」
「お前は町で待機してるものだと思ってたがな」
彼らの仕事に素人の出る幕は無いため、他の冒険者達同様、隅の方で大人しく待機だ。一緒に来ていたマロンと共に。
いつの間に話をつけていたのか、彼女も採掘に同行することとなっていたのだ。つるはしを携え獣人用ヘルメットを被り準備万端である。
ちなみに俺もマロンも《装備品》はいつもの物を身に着けている。作業着よりもこちらの方が防御性能が高いからだ。荷物になるためマロンの犀槍だけは置いてきているが。
準備が終わったようで、ロイさんの大声が聞こえて来た。
「いよォし、総員持ち場に着いたな。錨を上げろッ、ヨーソロー!」
帆が穏やかな風を受けて膨らみ、謎の駆動音が下の方より聞こえて来る。この二つが動力なのだろう。
ロイさん改めロイ船長の掛け声を合図に、採掘船はゆっくりと動き出した。
初めの内は何事もなく進んでいた船旅だが、港を抜けて少ししたところで最初のアクシデントに襲われる。
「あっちの方から魔物が来てるよ。数は七体」
マロンが海を指さし、右舷の前に立つ冒険者達へとそう告げた。
彼女がA級冒険者なことは事前に知らせてあるため、冒険者達は素直にそちらを警戒し魔力を練り上げて行く。
その内に彼らの《気配察知》でも魔物の気配を捉えられるようになったのか、海に向けて〈魔術〉を放ち始めた。
どぼばシャシャシャシャッ、と水音や破裂音が連続して聞こえ、海面に手足の生えた魚が浮かび上がる。
「へー、サハギンってあんなのなんだ」
「やっぱ内陸の方には珍しいんすかね。わっちらは見飽きてるくらいなんすが」
そう言って、飛救士の同僚が先の魔物について教えてくれた。
サハギンと呼ばれたあの魔物達は、その魚じみた容姿に違わず水中に生息している。
非常に凶暴であり、採掘船のようなデカい獲物でも、むしろデカい獲物にこそ意気揚々と集団で挑みかかって来る、クレイジースピリットの持ち主だ。
一体一体は普通のゴブリン程度の危険度だが、鋭利な鉤爪や牙の攻撃を受け続けると、いくら《魔道具》で強度を底上げしている採掘船の装甲でもいずれは破られる。そうならずとも船が揺れて危ない。
なのでこうして冒険者達を雇い、船の防衛に当たらせているのだ。
幸いにして、サハギン以外のほとんどの水棲魔物はあまり好戦的ではなく、またクラーケンやシーサーペントと言った好戦的かつ強力な魔物は遠洋に出なければ襲ってこないので、遠距離攻撃に秀でた冒険者が十人も居ればほぼ確実に守り切れるらしい。
「チッ、余所者が……」
昨日セオドアと喧嘩し殴っていたこの男、ゾンクも護衛冒険者の一人だ。その厳つい風体とは裏腹に、〈魔術〉の腕はB級冒険者相当であるため頼りになる。
ただ、どうも昨日の不調を引きずっているようで、顔色が青く声にも覇気がない。鑑定すれば《衰弱》であることが分かった。放っておくわけにもいかないので声をかける。
「気分が悪そうですね、回復〈魔術〉かけましょうか?」
「余計なお世話だ……ッ」
が、すげなく断られた。まあ、船の上から〈魔術〉を撃つだけでいい危険の少ない仕事だ。本人が良いと言っているのに無理強いすることは無いだろう。
それから他の冒険者達に目を向ける。今度は左舷へと魔物が向かって来ているようでそちら側が慌ただしくなる。
……先程から呑気に防衛を観戦している俺だが、別にサボっているわけではない。飛救士は魔力を温存するのも仕事の内なのだ。
もう一人の飛救士の彼も隣で暇そうに佇んでいる。
そのようにして、襲撃はあるもののどこか穏やかな船旅がしばらく続き。そして遂に、目的の岩島が見えて来た。
「接岸用意!」
ロイ船長の一声で船上の空気が引き締まった。
採掘船が岩島の崖の部分に近づいて行く。高さは採掘船より少し低く、乗り降りしやすそうだ。
そんなに近づいて座礁しないかと心配になったものの、崖は深いところまで続いているようで、無事船体を横付けすることができた。
乗組員達はロープを投げたり錨を下ろしたりと各々の仕事を迅速にこなしていく。
この崖になっている岩場は停泊場所としてよく利用されているようで、停泊を補助するいくつかの設備が設置されていた。
「行ってこいテメェら! これまで休んだ分、しこたま掘って来いよ!」
「「「おおぉッ!」」」
そして船を泊められたら、採掘員が岩島に渡って行く。甲板の縁から飛び降りるさまは見ていて少し、ヒヤヒヤする。
「それじゃ、行ってくるね」
「気を付けてな」
他の人に付いてマロンも船を降りた。
そうして全ての採掘員が島に渡ったのを見送り、ほっと息をつく。この、島に渡る段階で海に落ちる者が多いと聞き身構えていたのだが、幸運なことにそういった事態にはならなかった。
それから各坑道へと散って行く採掘員達に意識を向ける。
普段の彼らは漁師をしている。俺もついさっきまで知らなかったのだが、漁師の《レベル》はそこそこ高い。散発的に襲ってくるサハギンを捌きつつ魚を獲っているからだろう。
平均してÐ級冒険者くらいはある。
そこに力仕事で磨かれた肉体が加わるのだ。掘削具と大バケツを持っていながら、険しい岩場でも軽々と移動して行く。
そんな様子を眺めているとロイ船長が話しかけて来た。
「どうでい、ウチの漁師共は。どいつもよく鍛えられてんだろ」
「そうですね、皆さん逞しいです」
「まあ、アンタんとこのお嬢さんには負けるがな。初めてだってのに難なく進みやがる」
「最近まで似た環境の迷宮を攻略していたので、そのお陰ですかね」
《中型迷宮》の岩山エリアの険しさはこの岩島に通じるものがある。一応、山道は整備されていたのだが、マロンは奇襲のためにそこから外れることがよくあった。それで少し慣れているのかもしれない。
「……暇ですね」
「だな」
「俺もあっちで手伝えたらいいんですが」
「おいおい、飛救士は船に居てくれよ」
「ええ、そうですね」
有事の際にすぐ対応できるよう、船長と数人の乗組員、それから飛救士は採掘船で待機している。だが有事など滅多に起きないので俺達は暇なのだ。
冒険者達も同じく船に残っているが、彼らにはサハギン退治という役目がある。まあ、近辺のサハギンは倒し切ってしまったようなので、彼らも暇組に仲間入りなのだが。
「うっ、ぐぅ……づあ”あ”あ”あ”ァァっ!」
そんなことを思いながらボーっとしていると、苦し気な叫びが聞こえて来た。何事かと振り返れば、右舷の前でゾンクがうずくまっている。
あまりの様子に反射的に鑑定を使う。そうして開示された情報は、予想だにしないものだった。
「何だ? この──」
「お、おい、どうしたゾンクっ?」
困惑する俺をよそに冒険者の一人がゾンクに近付いて行くが、直後、何の前触れもなく放たれた闇によって。彼は左舷まで弾き飛ばされたのだった。




