66.野営
昼食を取り、飛び続けること数時間。
途中、長時間飛行で疲れたチョコとミルクを交代させたり、俺達自身の休憩も挟んだりしながらかなりの距離を移動した。
そして日も暮れ始めたため今日の旅はここらで終わりだ。
小高い丘の反対側、崖となっている部分の根元に着陸し、野営の準備を始める。
「たしかこれだったよな……うん、そうだ」
リュックから取り出した十字架を鑑定し、望みの《魔道具》であることを確認する。
教科書より少しだけ大きな十字架、その短い方の縦棒部分を掴み、地面に刺して魔力を込める。
「起動、《暗幕》」
十字架の上から細い闇の柱が伸び、二メートルくらいの位置で停止。そこからは斜め下へ向かって薄い膜のようなものが降りて行き、やがて闇色の大きな三角錐が完成した。
荷物を置き、ピンと張られた闇の幕の外へ出ると、マロンが獣系の魔物を仕留めて帰って来たところだった。
「晩御飯獲れたよー。血抜きも終わってる」
「後は調理だな」
調理と言っても切って焼いて調味料をまぶすだけだが。
〈下級魔術:ファイア〉でじっくり火を通したそれらを乾パン的なものと一緒にいただく。昼食と同じく二人揃ってだ。
独特な風味の肉を齧りつつ水筒から水を飲む。水筒は一人二本持ってきたが、俺の分はこれで最後だ。そろそろ補給しないとな、などと思いつつ夕食を終え寝支度を行った。
「じゃあお先に」
「ああ、時間になったら起こす。おやすみ」
マロンは闇テントの中に入って行った。寝袋を用意している様子が、《暗視》の効果もあって薄っすらと透けて見える。
ちなみに俺は外で警戒だ。
マロンは寝ている間も《気配察知》を維持しているので、襲われそうになっても多分気付けるらしいが、『多分大丈夫』に命を賭ける勇気はお互いなかったため、こうして見張りを立てることとなった。
「暇だなぁ……」
「グルゥ……」
すっかり空も暗くなった頃、脇で寝そべるチョコに話しかける。同意するという思念が返って来た。
座り込んで何かがやって来ないか警戒するだけなので非常に退屈だ。
《気配察知》の訓練にはなるが、個人的にはそれよりも〈魔術〉を伸ばしたい。《風魔術》はあと三つ上げれば《特奥級》だし、他の属性も着々と育ってきている。
だからと言って〈魔術〉の練習を始めれば何事かとマロンが起きて来るだろう。余計なことをして他の魔物を刺激するのも良くないので、大人しく《気配察知》に励んでいるが。
「あ゙ぁ、苦ぇ……」
時折襲ってくる睡魔には眠気覚ましのスティックを噛んで対抗する。
この焦げ茶色をした鉛筆のような棒は、ネグアに勧められて買った物の一つだ。ナントカという樹木の枝を加工した商品らしく、噛むと強い苦味のある液が染み出し、目が冴える。
「でも不思議だな」
《レベル》が上がったことであまり睡眠を取らずとも良い体になっているはずなのに、夜になると眠たくなる。
強くなると生活リズムが乱れるようでは困るが、一体どういう仕組みなのやら。
人間の体に染みついた癖や本能的な何かが良い具合に作用しているのだろうか。
生命の神秘だなぁ、とそんなことを考えたり《スキル》を鍛えたりしつつ見張りをこなしていると、やがて交代の時間がやって来た。
時間を計るための《魔道具》を再セットしてマロンを起こしに行く。
「おーい、時間だぞー」
「うぅ……まだ……寝させて……」
「少しくらいならいいが」
「駄目だよぉ、私が……誰かに……甘えちゃ……」
「どっちなんだよ……」
のそのそと出て来たマロンに後を任せて俺は眠ることにした。眠たそうに目をシパシパさせているが、まあ、大丈夫だろう。
寝袋を用意し中に入る──前に《魔道具》に魔力を補給しておく。このテント|《魔道具》の容量では一晩は持たないらしいのである。
満タンまで注いでから今度こそ寝袋に入る。
さっきまで起きているために頑張っていたためだろうか。なかなか寝付けなかったが、それでも目を瞑っていると自然と意識は落ちて行った。
「起きて―、朝だよー」
マロンの声が聞こえた。ふらふらとテントから出て、日の光で意識が明瞭になって行く。
森の中だからというのもあるのだろう、チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえそうなほどの清々しい朝だ。
朝食を食べ、準備を整えた。
「今日は空飛ばないんだよね?」
「ああ、ペティまではもうすぐだからな」
事実、昨日は空の上から水平線やそれらしき町が見えていた。
この辺りからは地元の冒険者もやって来るかもしれないので、《若竜化》して目立つような真似は控えたい。
「せっかく乗り心地が良くなってきてたのに、残念」
「帰りにも乗せてやるから我慢してくれ」
もう一度だけ飛び上がって町の位置を確認してから、旅を再開する。
しばらく進んだ頃、マロンが戦闘の気配を捉えた。
「十一時方向で一対四で戦ってる。一の方が優勢」
「行ってみよう」
その方角へ走って向かう。
ある程度近づいたところで俺の《気配察知》にも反応が現れ、早速鑑定してみた。
「一人の方が人間で、他は魔物だな」
焦燥感が少し薄れた。人間側が優勢のようなので、急がずとも深刻な事態にはならないだろう。
とはいえ万が一もあるので周囲を警戒できる最大限の速度で戦場へ向かう。
その間に魔物の数は残り二匹まで減らされており、俺達が着いた時にはさらに一匹が屠られる寸前だった。
「〈ウォーターカッター〉!」
剣を握った男性は、正面のゴブリンと鍔迫り合いを演じながら、回り込んで来たゴブリンに〈中級魔術〉を放った。
棍棒を持ったそのゴブリンは水流の刃を受け切れず、脇腹から鮮血を散らして地に倒れ伏した。
「はっ、〈二条斬〉!」
それを確認した男性は敢えて力を弱めることで競り合う相手のバランスを崩し、素早く剣を引き戻して〈剣術〉を発動。
素の斬撃と半透明な〈術技〉の斬撃。二つの刃がゴブリンを斬りつけその命を奪った。
それからこちらに振り返る。
「よお、俺はC級のセオドアだ。あんたらも冒険者か?」
「そうです、冒険者です。この先のペティに用があって旅をしてるんです」
「旅? だがそちらの方角には……。いや、何でもねえ。それより俺もペティに戻るところなんだ。一緒に行くか?」
「いいね。リュウジ君もそれでいい?」
「良いと思うぞ」
特に問題点も見つからなかったので異存はない。
セオドアが手早く討伐証明部位を集めるのを待ってから、俺達三人はペティへ向かって歩き出した。




