63.報酬
三連休は月曜日も投稿します。
本話が若干短いのはご容赦ください。
「勝てた、か……」
《ドロップアイテム》に変わった最終守護者の死体を見て、ホッと一息つく。
終わって見ればあっさりとしたものだったが、張り詰めていた緊張が解け全身から力が抜けて行く。
「あいたた、酷い目に遭ったよ……」
消えた大ヒトデの下からマロンが現れる。
死んでからドロップに変わるまでは若干のタイムラグがあるため、落下した死体の下敷きとなっていたのだ。
体をさすりながらドロップを拾いこちらに向かって来る。
「チョコちゃんごめんねー。最後投げちゃって」
「グルルゥ」
一足先に戻っていたチョコに礼を言って頭を撫でた。
チョコは気にするなとでも言いたげに鳴いて見せる。
「ナイス」
「それほどでもないよー」
たはは、と半笑いで頬を掻く彼女。恥ずかしかったのか強引に話題を転換させる。
「それよりこれ鑑定してよ」
そう言って手に持ったドロップを差し出して来た。
それは宝石だった。手のひらサイズとかなり大きく、深い海のような群青をしている。
しかしお世辞にも形が整っているとは言えず、辛うじて球体になってはいるが、荒削りでゴツゴツとした表面はまるで原石だ。
何となく『玉磨かざれば光なし』という格言を思わせる青いアイテムに向けて鑑定を発動する。
「なるほど、《湧水の蒼玉》って素材らしいぞ。《ランク》は五だ」
《鍛冶術》や《錬金術》で使うらしいとか、水系統の強化や水の生成に向いているとか、そういった鑑定で得られた情報を伝えていく。
「わー、高く売れそうだね」
鍛冶師でも錬金術師でもない俺達にとっては等しくただの換金素材だが。《ランク5》は《中型迷宮》でも滅多にお目にかかれない逸品なので、きっと良い値が付くだろう。
そして俺が鑑定情報を視ている間に彼女の興味はもう一つの報酬の方に移っていたようだ。
「宝箱も開けようよ」
「だな」
同意して視線を谷の奥に向ける。
そこには先程までは無かった宝箱が現れていた。
「リュウジ君、開けたい?」
「いや、マロンが開けてくれたんでいい。外に他の人達も待たせてるしな」
「えー、《中型迷宮》初攻略の記念だよ? 一緒に開けようよー」
「別にいいが……」
促されるまま蓋の縁に手をかける。
「じゃあ、いっせーので行くよ」
「ああ」
「いっせーの!」
小さな軋み音を立てて開かれた宝箱の中には、これまた一つの宝石が収まっていた。
暗視色に光るその玉は薄っすらと透けており、表面も滑らかで、まさに宝珠と言った感じであった。
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《魔封玉》ランク6:悪魔が封印されている。一定量の魔力を込めることで封印を解くことができる。
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「《魔封玉》……って、たしか……」
「うわあ、やったねっ、こんな珍しいのが出るなんて!」
思わず息を呑んだ俺とは対照的に、明るい声でマロンは叫ぶ。
「でも《魔封玉》って危ねぇんだろ?」
かつて読んだ《迷宮》の本には、《魔封玉》と封印されている悪魔の恐ろしさが、見開き一ページにわたってずらずらと書き連ねられていた。
悪魔と契約すると《経験値》が得られなくなる、不運になる、負の感情に引っ張られやすくなる、神に見放される、臭くなる、死後地獄に堕ちる等々。過去にあったという事例を交え、眉唾ものの情報も混ぜ、これでもかと悪し様に書かれていた。
見つけたら即日、ギルドに提出しなくてはならない。何があろうと封印を解いてはならず、契約するなどもってのほかだと要所要所で再三、忠告していた。
どうすれば悪魔と契約できるのか、そもそも契約にどんなメリットがあるのかの記述はなかったが。
とまあ、そういうわけで俺は《魔封玉》という物に対して身構えているのだが、彼女は落とした硬貨でも拾うように気負いなく暗紫の宝玉を掴み、自身のポーチに仕舞った。
「まあ確かに、うっかり魔力を込めたら大変だけど。そんなミスはまずしないからねー」
「そんなもんか」
非常に軽い調子で言う。本という形式であるため、コンプライアンス的な配慮で過度に脅していただけで、普通の冒険者からすれば宝箱から出る珍品程度でしかないのだろうか。
「じゃあ、帰るか」
「そだねー」
先程も言ったように外では試験を受けるパーティーがまだ待っている。無駄に長い道のりを足早に戻って第二十階層を出た。
踊り場で待っていた試験官に手短なお褒めの言葉をいただき、合格証明をもらう。
それを持って冒険者ギルドまで行き、冒険者証にピンを二つ追加してもらった。
「──と、忠言が長くなってしまいましたが、冒険者ギルド一同はお二人の門出を祝福いたします。この街の最高位冒険者として、益々のご活躍をお祈り申し上げます」
それから心構えなどを説いてもらった後、五つのピンが輝く冒険者証を渡され、俺達は晴れてA級冒険者と成ったのであった。
「それでは買取に移らせていただきます」
「お願いします」
とはいえそれで終わりではない。続けて換金も行ってくれる。
「おや、《魔封玉》が出たのですね」
「はい、引き取りお願いします」
ここでもあっさりとした対応で、いくつか質問をされ署名を求められたものの、事務作業の延長といった調子で特段大事であるような雰囲気はいなかった。
金貨十枚というかなりの額の報奨金が出たのでマロンは喜んでいたが。
ずっしりと重みを増した荷袋を背負い、冒険者ギルドを出る。
「私達もついにA級かぁ。向かうところ敵なしだね」
「気は抜かないでくれよ。最近はB級やA級でも失踪する冒険者がいるらしいって言ってたし」
試験前の試験官もそうだが、先ほどの受付職員にも言われたことだ。最近は失踪する上位冒険者が多い、と。
失踪、と言ったがこれは死亡とほぼ同義だ。
《迷宮》に長時間放置された死体は、《迷宮》が吸収してしまう。そうなったが最後、死亡確認は永久に取れなくなる。
そのため失踪扱いではあるが、失踪からしばらく経っても現れない冒険者というのは大抵、《迷宮》で殺されているのである。
「油断は禁物ってことだね。うん、気を付けるよ」
そんな会話をしながら俺達は昼食を食べに向かうのだった。
 




