60.トスタ
「じゃあフレディ、杖を預かっててくれ」
「おう」
「それ《ランク5》だから絶対に傷つけないでくれよ」
「え、マジ……?」
《濡羽の王笏》をフレディに預け、貸し出された木杖を手に模擬戦場へ。
他のギルドと同様に、この西ギルドの訓練場にも模擬戦のためのスペースがあるのだ。
「トスタ、負けるんじゃないぞ。ボクとハンナさんの未来はお前の双肩に掛かってるんだからな」
「まあ、はい。最善は尽くしますよっと」
相対するはC級冒険者の槍使い、トスタ。
《レベル》は四十越えで戦闘用の《ユニークスキル》も持っているやり手だ。階級こそC級だがB級に近しい実力者と見て間違いない。
「ルールを説明する」
立ち合いのギルド職員が決闘のルール説明を行う。
大体は前にセイルと行った決闘と同じで、相手に大怪我させないように戦いましょうとのことだった。
「ふう」
一つ、息を吐き出す。
決闘の勝敗に強制力はないから気楽にやってくれ、とはフレディの言だ。まあ絶対に従わなくてはならないならこんな気軽に受けたり他人に任せたりしないし、そもそも以前行われたらしい決闘で話は終わっていたはずだ。
だが心情的には別だ。自分から申し出た以上、責任を持って勝ちに行く。いざとなれば《双竜召喚》も辞さない覚悟だ。
ルール説明が終わり、戦闘開始が告げられると同時、先に動いたのはトスタだった。
「魔術師相手は先手必勝。行くっすよ、《フルアクセル》!」
先日戦ったセイルに勝るとも劣らない速度で踏み出す。
《フルアクセル》ランク3:発動中は消耗が激しくなるが、自身の《敏捷性》を増幅する。
戦闘において《敏捷性》は最も重要な《パラメータ》と言っても過言ではない、と俺は思う。
《敏捷性》が高いと相手の動きがよく見えるし思考に割ける時間も増える。
俺のような後衛でも〈魔術〉の構築、照準速度に関わって来る。一瞬一瞬の判断が命取りになる前衛ならばなおのことだ。
デメリット付きとはいえなかなか良い《スキル》である。
「〈サンドカーテン〉、〈ウィンドアシスト〉、〈スピードブースト〉」
一気に接近されては困るのでキングオーガにしたように砂で進路を遮り、その間にバフを掛けた。
近頃の《土魔術》特訓のお陰で同時に三つまで〈魔術〉を維持できるようなっている。
「うえっぷ、げほっ、うおおお!」
片腕で顔を庇いながら砂幕を突破したトスタが右目を眇めて俺を捉えると、勢いよく駆け出した。
模擬戦場はあまり広くないため遠距離から攻めるのは難しい。かと言って接近戦というのも前回の反省からあまり賛成できない。
ここは中距離から非殺傷〈魔術〉で攻めてみよう。
「〈バーストブロウ〉」
便利な爆風の〈魔術〉はサイドステップで簡単に躱された。指向性を持つためか〈バーストブロウ〉は範囲が狭いのが難点だ。
それからは逃げ回りつつ〈魔術〉を放って行く。《フルアクセル》があっても《レベル》と強化〈魔術〉の差はいかんともしがたく、《敏捷性》は俺が上。
そのために模擬戦場内という限られたフィールドでも逃走には余裕があり、また〈魔術〉の構築にも支障はない。
使える〈魔術〉を色々試し、その度にトスタが躱し、回避行動の間にさらに距離が開きというサイクルが繰り返される。
そして、回避のために激しく動いているのと《フルアクセル》の副作用とで相手の動きが悪くなり出した頃。こちらからも仕掛けてみることにした。
進行方向を反転、トスタの方へと走り出し〈魔術〉を発動させる。
「〈アイアンウォール〉」
俺達の間に鉄の壁が現れる。トスタが立ち止まった気配が壁越しに感じられる。
だが俺は止まらず、むしろ加速して壁に向かって行く。そのまま飛びつき、数歩垂直に駆け上がり、壁の上に身を乗り出した。
目を丸くしながらも、間合いに入った俺へと槍を突き出そうとするトスタ。だが、彼の突きより早く〈魔術〉を発動させる。
「〈ウォーターバインド〉」
拘束系はこれまでも何度か放ち、躱されてきた。それは距離があったのもあるが、トスタが回避のみを意識していたからというのが大きい。
この距離で、さらに攻撃の瞬間を狙えば命中率は上がるはず。
「あっぶないっすね!」
けれど彼は予想に反し、攻撃を中止して地を蹴った。
結果、水の縄のほとんどが空を縛ることになった。
「邪魔っすよ」
一本だけ絡まった水の縄も、トスタが持ち上げた木槍を振り下ろぜばそれだけで断ち切られてしまうだろう。
「〈ウォーターバインド〉」
クールタイムを無視した〈魔術〉の連続発動。それは魔力消費が激増する魔術師としてのタブー。
だがそれ故に相手の意表をつけた。最初の水縄を切る最中だったのもあって反応が遅れ、今度は二本が絡みつく。
「〈ウォーターバインド〉、〈ウォーターバインド〉」
さらに重ね掛ける。構築できた端から次々発動させていく。
加速度的に上昇していく消費魔力など気にも留めず、敵を無力化すべく魔力を練り上げる。
トスタを戒める水縄が一本、また一本と増えて行き、やがて水で出来たミイラみたいになったところで審判が声を上げる。
「そこまで。リュウジの勝ちだ」
水の縄が緩んで地面に落ち、拘束が解ける。解放されたトスタが肩を回しながら言う。
「ひえー、魔力量パナイっすね。これまでもメッチャ〈魔術〉使ってたのに」
「いやいや、結構ギリギリでしたよ。それよりトスタさんの速さには──」
実際、あと一度でも〈ウォーターバインド〉を使っていれば魔力は底を突いていたのだ。
そんな会話を交わしつつ、並んで模擬戦場を出ると怒声が飛んで来る。
「こらトスタ! なんだあの醜態は!」
「いやー、すんません、坊ちゃま。でも言おうとしたじゃないですか、あの人は無理っぽいって」
「何だと!?」
「坊ちゃまは《気配察知》持ってないから分からないと思いますけど、軽く見積もってもB級冒険者クラスはありますよ」
「だったらなぜそれを先に言わん!」
「言う前に坊ちゃまが返事を──」
「ちょっといいか?」
トスタを詰る小太りの男、マッカルにフレディが割って入った。。
「これでこの決闘も俺達の勝ちなわけだが、もう金輪際ハンナには手出しするなよ」
「ぐぐぐぐ……。お、覚えてろよっ」
「覚えておくのはお前の方だぞ」
「っ、帰るぞトスタ!」
「へいへい」
肩を怒らせ去って行くマッカル。槍使いの青年はこちらに一度会釈した後、マッカルに続いてギルドを出た。
「ふう、今日は助かったぜリュウジ」
「ありがとうございます~」
「ああ。ところでルークとアーノルドはどうしたんだ?」
換金ならとっくに終わっていてもおかしくないはずなのに彼らの姿は一向に見えない。
「ああ、あいつらなら先に帰ったよ。リュウジが戦ってくれてるってのに薄情な奴らだぜ」
「そうなのか」
薄々感じていたことだが、あのマッカルとかいう男に絡まれるのは、フレディ達にとってはそう大した事態ではないらしい。
「それと、今日は助かった。一緒に昼飯食うか?」
「いいのか?」
「もちろんです~。前の焼肉パーティーのお礼も兼ねて奢らせてください~」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらおう」
そうしてその日の昼食はフレディとハンナと一緒に食べ、そして午後。家に帰った俺は〈魔術〉の猛特訓を行った。
昇格試験はすぐそこだ。
 




