59.鬼
「これで九階層も完了、と」
《階層石》に魔力を込めて踵を返す。
A級昇格試験が三日後に迫った今日、俺は《小型迷宮》に来ていた。小型と言っても以前攻略した南部の《迷宮》ではなく、西地区にあるもう一つの方である。
ここのところの猛特訓もあり《土魔術(上級)Lv2》となったため、その試運転に来ているのだ。
なお、マロンは一緒ではない。休日を利用して攻略に来ている。これから守護者戦だが、相手は《小型》で、《エスケープクリスタル》も持って来たので問題はない。
一人で最終守護者の待つ第十階層へと踏み入る。ミルクだけはボス部屋に入る前に召喚したが、チョコはもしもの時にすぐ呼び出せるよう未召喚状体待機させている。
二つの部屋を抜け一つの島に出た。草木一本生えていない岩だらけの島で、中央部には二股に別れた小高い山が。
そこから最終守護者が登場した。
「ゴオオォォッ!」
逞しい角と真っ赤な皮膚を持つそいつの《種族》名は《キングオーガ》。《レベル》は三十。
《ハイドオーガ》や《フリーズオーガ》等、群島エリアに生息する鬼人種達の王がこのオーガである。
キングオーガが棘付き棍棒を振り上げ巨体を揺らし山を駆け下りて来る。《スキル》で多数のゴブリンを召喚しているが、そいつらはキングオーガの速度に付いて行けず置き去りになっている。
孤立したのをこれ幸いと攻撃を仕掛ける。
「〈ストーンアロー〉」
石の矢は棍棒に容易く弾かれた。
小手調べとは言え並の《レベル30》ならこうは行かないはずだがそこは最終守護者、肉弾戦特化の《ステータス》なこともあってか軽々と防ぐ。
それを見届けた俺は、距離が程よく縮まるのを見計らい次の〈魔術〉を発動させた。
「〈サンドカーテン〉」
突如現れた砂の幕がキングオーガの前を横切る。
特殊効果も何もないただの砂なため、顔を腕で庇うだけで簡単に突破されてしまったが目的は果たせた。
あのまま突っ走って来られると失敗した時にカバーが間に合わないかもしれないので、速度を落としておきたかったのだ。
砂に押されて僅かにバランスを崩し、速度を落としたキングオーガ。奴の間合いまであと数歩というところで〈上級魔術〉を発動する。
「〈セイクリッドウォール〉」
光の壁が目の前に現れた。この壁は材質が光であるためか、向こう側が透けて見える。
そちらに目を向けてみると、キングオーガは突然出て来た壁に向かって棍棒を叩きつけているところだった。
初めはビクともしなかった聖なる壁だが、時間が経つごとに少しずつ罅が入って行く。
そして罅が壁の半分以上に達したところで、パリンッ、と音を立てて壁が崩れ去った。
ぶっちゃけ、飛び越えたり回り込まれたりという突破方法を予想していたため、この結果は予想外だったりするのだが、それでもこれから取る行動は変わらない。
「〈ストームドーム〉」
それは嵐の外殻だった。厚さ数センチにまで圧縮された風と水、それらが俺の周囲を猛烈な速さで回り、他を寄せ付けんとしている。
半球状の小さな嵐が俺を覆ったのとほぼ同時、キングオーガの棍棒が振り下ろされるも、嵐に触れた途端に弾かれ、遠くへ飛んで行ってしまった。
なおも拳を握り殴りかかって来るキングオーガだがそれでは嵐は破れない。いたずらに拳が傷ついて行くだけだ。
その様子に敵とはいえ憐れみを感じ、攻撃〈魔術〉を用意してから〈ストームドーム〉を中断した。
「〈ブライトスナイプ〉」
嵐が消えた次の瞬間、輝く弾丸がキングオーガを貫いた。
〈上級魔術〉の威力を遺憾なく発揮し脇腹を大きく抉り取った一撃に、奴も堪らず倒れ込む。ざりざりと岩面を滑る姿は少し痛々しい。
長く苦しめるつもりもないのでトドメを刺すべく〈魔術〉より手っ取り早い《スキル》を発動させた。
「《職権濫用》」
呼び出したのは長らく日の目を見なかった四つ目の銃。《職権濫用》が《レベル4》になったことで使えるようになった新たな武器。
銘を《魔導散鉄銃》といい、そのものズバリ散弾銃のような形状をしている。鈍色をしたそこそこ長い銃身の先には縦に二つの銃口が並ぶ。
その散鉄銃の引き金を引いた。
「うおっ」
銃を構えた両腕を強烈な衝撃が襲う。思わぬ重さの反動に思わずバランスを崩しそうになった。
散鉄銃は重量も他の銃よりかなりあったが反動も随一らしい。
「まあ、それも当然か」
目の前の光景を見ながらつぶやく。
そこには頭から胸、腹、下半身を満遍なく抉られたキングオーガの姿があった。
ミンチ状、と言うのだろうか。目も当てられない惨状の死体はすぐにドロップに変わったが、その姿は今も瞼の裏に焼き付いている。
これだけの威力と攻撃範囲ならこの反動もさもありなんと言ったところだろう。
「使いどころは選ばないとな……」
素材がズタズタになるのはもちろんのこと、弾が広範囲に散らばるため流れ弾が当たりでもしたらシャレにならない。《迷宮》の中でも守護者相手に使うくらいに留めておこう。
そんなことを考えながら《迷宮》を出て西ギルドへ向かう。初めてやって来た西ギルドはかつて利用していた南ギルドと同じくらいの規模で、何だか安心感を覚える。
C級になってから使っている北ギルドは広すぎて落ち着かないのだ。
人の少ない受付に行き素材を渡し、換金してもらう。
一日で十階層も攻略したため結構な儲けになった。特に最終守護者の宝箱から出た《鬼人の下穿き》が高値で売れた。
宝箱から《装備品》が出るのは珍しいので高値が付きやすいのだ。
重みを増した巾着袋を携えた帰りしな、意外な人物達に出くわした。
「リュウジじゃねえか、久しぶりだな」
声をかけて来たのは冒険者のフレディだ。剣士のルークを始めパーティーメンバーも勢揃いしている。
『ジャイルファミリー』壊滅後も惰性で午前午後交代制を続けていたため、こうしてギルドで会うのは珍しい。
さらに全員が揃っているところを見るのはいつかの焼肉以来だ。
「久しぶり。四人はどうして西ギルドに居るんだ? 確か前は南で活動してたよな」
「《迷宮》は南より西の方が初心者向けだって話だからな。こっちから攻略することにしたんだよ。そういうリュウジは?」
「俺も《小型迷宮》を攻略しにな」
それから、ルークとアーノルドが換金のため受付に並んでいる間、フレディと魔術師のハンナと話をした。
特別深い仲ではないが彼らとは共に命懸けで戦った間柄である。そのためか俺は彼らに信頼感を感じているし、彼らの方も同じ思いを抱いているようだtた。
フレンドリーに近況報告を終え、世間話に話題が移ったところで本日二組目の来訪者がやって来た。
「やいフレディ、やっと見つけたぞッ」
「げっ」
フレディが嫌そうな顔をして振り返る。見ればそこには小太りと長身の二人組が立っていた。
「あら~、マッカルさん」
突っかかって来た小太りの少年はフレディの隣にいるハンナを見つけると、にへら、と顔を歪ませ猫なで声で語り出す。
「ハ、ハンナさんもご一緒でしたか。だ、駄目ですよこんな貧民共とつるんでたら。あなたの価値まで下がってしまいます。今からでもボクのパーティーに……」
「前にも言いましたけどぉ、私の友達を悪く言わないでください~」
「そうだそうだ。大体テメェは決闘で負けたんだろ」
顔を赤らめごにょごにょと言葉尻をすぼませる太っちょ男、マッカルにハンナ達が言い返す。
しかしフレディの言葉を聞いたマッカルは、顔面をそれまでとは毛色の違う赤に変えた。
「うっ、ううっ、うるさい! あんな卑劣な手を使った決闘なんて認めるか! 反則だ! 無効試合だ!」
「はぁ? 審判が止めなかったんだから俺の勝ちで間違いないだろ」
ふんっ、と鼻息を荒く仁王立ちしたマッカルがフレディに腕を突きつける。
「ここで再戦しろ! それで負けたら今度こそ認めてやる」
「俺が受けるメリットが無いんだが……まあ、いいぜ。受けて立ってやるよ。前と同じ条件で良いのか?」
「ああ。ただしボクは代理を立てるけどな」
「代理?」
そこでマッカルと一緒にやって来た長身の男が控えめに手を挙げる。
「あ、ども。自分、坊ちゃまの代理を務めるトスタと言います。よろしくっす」
「貴族は決闘に代理を立てるとも聞くし、ボクもそれに倣おうと思ってね」
「C級連れてくんのはズルいだろ!」
気後れしている感じのトスタを指さしてフレディが叫ぶ。
たしかに、彼の首に掛かる冒険者証にはピンが三つ付いている。C級冒険者なようだった。
D級であるフレディ達よりは一階級上である。
「ハンっ、ならそっちも代理を用意すればいいだろ?」
「そんなもんすぐに用意できる分けねえだろ!」
「俺が代わってもいいが……」
そこで俺は会話が始まってから初めて言葉を発した。
周りの目が一斉にこちらを向く。
「い、いいのか?」
「ああ、別に構わねぇよ。今日はちょっと運動不足気味だったしな。マッカル、さんもそれでいいですか?」
「もちろんだ。だがトスタはC級冒険者の中でも実力は最上位。降りるなら今の内だぞ?」
知らない奴が急に喋り出して面食らっていたマッカルも、了承の意を示してくれた。
「ちょ、坊ちゃま、アイツは──」
「心配ご無用ですよ、早速始めましょうか」




