56.碧空海月
双竜の《個体名》を一頻りからかわれた次の日。
今日も今日とて《中型迷宮》に潜った俺達は第十九階層に来ていた。
《階層石》に魔力も込め終わりあとは帰るだけだが、その帰り道で魔物を発見した。
「九時方向から四体」
「おう……ん? 三体しか見えないが」
「あれ、おっかしいな」
山間を漂ってくる魔物の群れは確かに三体しかいない。
「もしかして《碧空海月》か?」
「多分そうだね」
《碧空海月》、それは不可視の海月の魔物。
姿は見えず気配も希薄。おまけに《敏捷性》も高い。ギルドの資料に要注意とあったのを覚えている。
「とりあえずチョコを向かわせる」
「うん」
肉弾戦に秀でた黒若竜を敵集団に突撃させる。なお、開き直って名前はそのまま呼ぶことにした。
チョコはイカやタコなど三体の魔物と互角の戦いを繰り広げる。
「透明なやつはこっちに来るみたい」
けれど《碧空海月》はそちらには加勢せず俺達の方に向かって来る。
もし加勢してくれたのなら、チョコの周囲に当たりをつけて攻撃できたのだが。
「あそこらへんだよ」
「〈ファイアアロー〉」
マロンの指示に従い攻撃する。けれど火の矢は外れたようだ。
相手は上位の《潜伏系スキル》を持っているため俺や小竜では気配を捉えづらい。かといってマロンが守りを離れては万が一の恐れがある。
なのでこうして俺の〈魔術〉で牽制しているのだ。
「もうちょっと左」
「〈ストーンアロー〉」
照準を修正し、もう一射。しかしこれも当たらない。
チョコの戦闘が終われば攻め手が増えるのだがそれにはもうしばらくかかりそうだ。
「あとほんの少し左」
「〈ガストブレード〉」
面倒くさくなって横薙ぎの〈魔術〉に頼るがまたも外れた。
同じ〈中級魔術〉だが、〈ガストブレード〉とアロー系〈魔術〉では構築難度がそこそこ異なる。
構築に時間がかかって射出が遅れるため、気配に敏感な魔物だと予見して避けてしまう。
相手の動きが見えていればそれに合わせて俺も狙いをズラせるのだが今回の場合は不可能だ。
そしてある程度距離が近付いたことで向こうも反撃してくる。
虚空から水の弾丸が放たれた。
「ほいっと」
「そこか、〈ウィンドアロー〉」
それをマロンが叩き落し、俺は発射元に向けて風の矢を撃ち返した。
べちゃっ、と湿った音がして地面にゼリー状の触手が現れる。当たりはしたがただの触手だったらしい。
そのことで警戒心を引き上げたのか、《碧空海月》はそれっきり攻撃してこなくなった。
惑乱するように辺りを高速で泳ぎ回っているようで、、そうされては先程までのように位置を聞いて攻狙い撃つことは出来ない。
せめて攻撃される隙を作らないよう前後をマロンと白小竜に固めてもらい、俺は真ん中で魔力を練って行く。
「準備ができた」
「オッケー、二秒後に三時方向の上空に来るよ」
二つの〈魔術〉を用意し、そして体感二秒後。教えられた方向に向かってそれらを放つ。
「〈スプラッシュクラスト〉」
まず水飛沫の散弾が広く宙を撃ち抜いた。
そのほとんどは何もない空間を素通りしていったが、一部、途中で何かに当たり、弾けた。
そこへ向けて即座にもう一つの〈魔術〉を発動させる。
「〈ウォーターバインド〉、捕らえたッ」
宙に絡まる水の縄。この階層の魔物にはすぐに振り解かれるだろうが、一瞬でも止められれば十分だ。
「ガァウ!」
《ドラゴンブレス》が放たれた。
輝く魔力の奔流が海月を襲い、水縄ごとその半身を蒸発させた。
大ダメージにより《スキル》の維持に支障が出たのか、景色が歪み海月が姿を現す。
傘のようになっている部分が抉られており、その中心部にある《魔核》が露出してしまっている。
「〈ウォーターアロー〉」
そこへ容赦なく追撃を見舞う。
ほとんど一瞬で構築された水の矢は真っ直ぐ《魔核》に飛んで行き、ブレスを浴びたことで動きの鈍っていた海月にはそれを回避することは出来ず、《魔核》の中心を射貫かれ生命活動を停止させた。
「あっちも終わったみたいだよ」
「だな」
《碧空海月》がドロップに変わる頃、チョコも戻って来た。
両前脚と口でドロップを掴んでいる。
それらをリュックに仕舞い、チョコを撫でているマロンに声をかけ再び帰り道を行くのだった。
それからは何度か襲撃は受けたものの、特に何事もなく《迷宮》の外に着き。換金のため冒険者ギルドを訪れた。
「《最終守護者》の能力を確認しとかねぇか? 試験までもう一週間だし」
「それもそうだね」
列に並んでいる間にそんな会話をし、俺達の番がやって来た。
換金の後、職員さんに頼んで資料を持って来てもらった。空いている席にマロンと二人で座る。
受け取った紙束を一枚、手に取って見るとそこには『《中型迷宮》・最終守護者討伐情報』と書かれていた。
「二枚目からは《ステータス》が載ってるみたいだよ」
マロンが読んでいた紙を渡してくれる。そこにはたしかに《最終守護者》の《ステータス》等が記載されていた。
二枚目以降に書かれていた内容をまとめるとこういう感じになる。
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海星種―海星王 Lv60
職業 最終守護者
職業スキル 守護者の妙技 守護者の偉容 守護者の矜持
スキル 体術(特奥級)Lv6 風魔術(上級)Lv6 土魔術(上級)Lv6 火魔術(中級)Lv6 光魔術(上級)Lv6 水魔術(特奥級)Lv6 闇魔術(上級)Lv6 暗視Lv6 海王統水Lv6 空中回遊Lv6 激流噴射Lv6 気配察知Lv6 海星屑召喚Lv6 自動再生Lv6 高速自動治癒Lv6 状態異常耐性Lv6 潜伏Lv6 毒ガス噴霧Lv6 魔力自動回復Lv6 湧水の魔Lv6
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また、これまでの守護者の資料同様、《ステータス》の他にも、実際に戦った場合の厄介な点や《スキル》の使い方なども書かれている。
「ふぅん、初っ端から〈儀式魔術〉撃ってくるのはちょっと危ないかもね」
《最終守護者》の行動パターンも載っており、それによると最初から大技を仕掛けて来ることもあるらしかった。
〈儀式魔術〉は通常は複数人でないと使えないが、守護者は《職業スキル》でその縛りをスルー出来る。
「ああ、入口付近は開けてて山を盾にもできねぇみたいだしな」
〈ブリザードブレード・グランド〉というその〈儀式魔術〉は攻撃範囲も攻撃密度も通常〈魔術〉とは比べ物にならず躱すことは至難。
ある程度近づけば山の陰に隠れてやり過ごせるが初手ブッパされるとそれもできない。
「何か対策考えないとねえ。そういやリュウジ君は障壁出す《魔道具》持ってなかった?」
「あれは強力だが範囲が足りない」
短杖の《魔道具》の障壁は大体直径一メートルの円形だ。
二人で体育座りして並べばギリギリ隠れられなくもないがもう少し余裕のある対策が欲しい。
「そうだねぇ、じゃあ──」
大技の対処法から小技の対応、追い詰め方、もしもの時の立ち回りまで。資料と睨めっこしながら二人でボスへの対策を話し合った。




