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55.岩山エリア

「今日も頑張って行きましょー」

「おー」


 《中型迷宮》の螺旋階段を上る。

 第十六階層ともなるとそこに着くまでの道のりもかなりのものとなる。

 やがて見慣れた扉が見えて来た。


「ここが第十六階層かぁ」

「聞いてた通りダルそうだな」


 扉の先の光景を見上げる(・・・・)。そこでは槍のように屹立した山々が、岩だらけの山肌を剥き出しにして俺達を見下ろしていた。

 入って来た扉があるのは山と山の間の谷底。幾つもどこまでも不規則にそびえ立つ岩山群を仰ぐ場所。

 そこからスタートするのがこの《中型迷宮》の最後のエリア、山岳地帯である。


「《双竜召喚》、《若竜化》」


 いつものように小竜達を召喚し、片方を若竜にして探索を開始する。

 《階層石》の方角へ直進はせず、地図に書かれた推奨ルートを辿る。

 岩山エリアでは《階層石》に向かってまっすぐ進むと上り下りが激しく、結局余計に時間がかかってしまうそうだ。

 急がば回れと言うやつだ。

 とはいえ推奨ルートもそこそこ上り下りが必要であり楽な道のりではないのだが。少なくとも日本に居た頃の俺なら往復だけでへとへとになっていただろう。


「そういやさ」


 魔物の出現を警戒しながら歩いていると、不意にマロンが話しかけてきた。


「リュウジ君のドラゴン達って色が違うよね」

「ん? まあ、そうだな」


 その通り、《双竜召喚》で呼び出せる二匹の小竜には白色の個体と黒色の個体が居た。


「どうも《小種族》が違うみたいでな、それでだろう。黒い方は格闘寄りで白い方は魔力寄りの《パラメータ》をしてて、《スキル》構成もちょっと違う」

「それでいっつも前衛は黒い子に任せてるんだ」


 隣を歩く黒い若竜を見ながら彼女は頷く。


「でもそっちの白い子が〈魔術〉使うのみたことないよ」

「小竜状態だと四属性とも《下級》だからな。若竜になればまた変わって来るんだが」

「へえ」


 マロンが目を細めた。


「そっちの子の〈魔術〉も見てみたいなぁ」

「いや、無理だろ。両方|《若竜化》させるのは魔力消費が激しいんだ」

「一瞬だけでいいからさ。何なら黒い子は小竜に戻してくれても構わないよ」

「そこまで言うんなら別にいいが」

「じゃ、早速だね。五時方向、上から三体来てるよ」


 指さす彼女に釣られて右後ろを向く。

 空を泳いで(・・・)三体の魔物が近付いて来るのが遠くに見えた。


「《空中遊泳》、か」


 それはかつて戦った《フワールワーム》も持っていた《スキル》。それをこのエリアの魔物、空を泳ぐ海棲生物も持っていることが見て取れる。


「《若竜化》。〈魔術〉で迎え撃ってくれ」


 白い小竜に《若竜化》を施し、敵をしっかり引きつけてから攻撃命令を下す。

 一歩前に出た白若竜は魔力を集め〈魔術〉を発動させた。


「グァウ」


 光の矢を飛ばす〈ライトボルト〉、光の刃を放つ〈フリッカーエッジ〉、貫く光線〈レールレイ〉。

 その他さまざまな〈魔術〉を矢継ぎ早に使用する。

 けれどほとんど効いていない。敵が三体も固まっているせいで防御が厚いのだ。これを単独で突破するのはキツイだろう。

 まあこの辺りになると魔物の《レベル》も《スキル》もかなりのものになるため、〈魔術〉だけで簡単に仕留められるとは思っていなかった。

 マロンに頼まれたから見せただけだ。


「もういいだろ? マロンも行ってくれ」

「ええ、もうちょっと頑張ろうよー」

「このままじゃいつまでも終わらねぇぞ」


 渋々といった様子でマロンが前に出た。

 俺は彼女の背中に向かって強化(バフ)〈魔術〉を掛けて行く。


「〈パワーブースト〉。〈ガードブースト〉。〈スピードブースト〉。〈レジストブースト〉」


 赤や茶色の光が背中にぶつかり、吸い込まれた。

 ここまではただ、《パラメータ》を引き上げるだけのバフ。


「……〈ウィンドアシスト〉……〈ウォーターアシスト〉」


 これらは対応する属性が《上級》になっていなくては使えないが、代わりにさっきのものより強力だ。

 〈ウィンドアシスト〉は《敏捷性》を増幅(・・)し、〈ウォーターアシスト〉は《抵抗力》を増幅(・・)する。

 『引き上げる』と『増幅する』の違い、それは上昇値の算出方法にある。

 『引き上げる』が加算(足し算)なのに対し、『増幅する』は乗算(掛け算)だ。

 どちらの効力が高くなるか対象の元々の《パラメータ》次第だが、冒険者にかけるなら大抵は『増幅する』の恩恵の方が大きくなる。

 それがマロンのような驚異的な《パラメータ》持ちなら一入(ひとしお)だ。


「じゃあ、いっくよー」


 そんな軽々しい声を残し、彼女は疾走を開始した。

 険しい斜面も何のその。瞬く間に駆け上がり、跳びあがり、宙に浮かぶ三体の魔物、緑色のイカ達の元へあっという間に到達した。


「──ッ」


 気勢を上げて槍を突き出し、すり抜けざまに一匹を貫いた。

 刺突は《魔核》を一撃で穿ったようで、貫かれたイカが落下しながら《ドロップアイテム》に変わった。

 そんなことがあっては残されたイカ達は意識をマロンに向けざるを得ない。つまりこちらへの警戒が薄まる。


「〈ゲイルジャベリン〉」

「ガゥッ」


 俺と白若竜の〈魔術〉攻撃が残ったイカ達を襲う。

 一瞬反応が遅れ、慌てて張られた水の盾は強度が不十分だった。俺達の〈魔術〉を止めきれず、イカ二体は攻撃の余波を受ける。

 俺達はすかさず追撃を放ち、しかしそれは流石に防がれた。《スキル》である水の盾は、きちんと作ればそこそこ固い。

 だが攻撃し、プレッシャーをかけ続けることができればそれでいい。

 トドメは仲間が刺してくれる。


「──ッ」


 一度着地したマロンが、再び飛び跳ねた。

 水の盾の維持で精一杯なイカ達に、彼女の再度の強襲を防ぐ手立ては無く。憐れ、串刺しにされてしまったのだった。

 《ドロップアイテム》を抱えマロンが戻って来る。


「どう? 黒い子を護衛にして、白い子には〈魔術〉撃ってもらった方がいいんじゃない?」

「黒い方に近接戦をさせたのでも変わらないと思うが……。マロン的には若竜が近くにいるとやりづらかったりするのか?」

「ううん、それは全然。ただ、そろそろ新鮮さが欲しいなぁって思っただけ」

「真剣にやってくれよ……」


 戦闘に新鮮さなんていらない。何せ命は一つしかないのだ。

 堅実な戦法で無難に勝ちを拾いたい。


「まあ、迂闊に近づけない相手には白い方を若竜にして〈魔術〉の弾幕を増やす、ってのもありかもな」

「でしょー。それとさ、ずっと気になってたんだけど、この子達に名前とかないの?」


 ……自分でも、白い方黒い方という呼称はなんだかなぁ、と思っていたので、そう聞かれたことはそこまで驚くようなことではなかった。

 できればされたくない質問だったが。


「それは《個体名》があるかってことか?」

「? 他に何かある?」


 《個体名》とはこの世界のあらゆる生物に与えられる固有名称のことだ。

 この世界では人も動物も皆、自身の名前を宿して生まれて来る。名付けという風習はない。

 転生者である俺は別として、マロンの《マロン》やフレディの《フレディ》と言った名前も生まれた時から《ステータス》に刻まれている。それは召喚生物も例外ではないので、当然彼ら双竜にも《個体名》はあり、俺は鑑定でそれが何かを知っている。

 ただ、少し、ドラゴンっぽくないと言うか。口に出すのは恥ずかしい。

 今時、犬や猫でももっとクールな名前をしているだろう。


「早く教えてよ」


 適当な名前をでっち上げるのは簡単だが、こんな下らないことで嘘をつくのは俺の信条に反する。

 彼女の澄んだ淡青の瞳に見つめられると言わないのも心苦しく、視線を逸らし、観念して口を開く。


「…………白い方がミルクで、黒い方がチョコだ」

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