52.模擬戦
よく分からない流れのままネグア一行とやって来たのは冒険者ギルド、その訓練場。
北ギルドか南ギルドかの違いはあるが、D級冒険者昇格試験を受けたのと同じ場所である。
「ではお二人とも、武器を訓練用の物に持ち替えてください。殺傷力の高い攻撃や急所狙いは反則で、相手を降参させるか戦闘不能にした方の勝ちです」
審判を務めるギルド職員のルール説明を聞きながら、線で囲われた模擬戦フィールドの中でセイルと向かい合う。
彼は不敵な笑みを浮かべており、モチベーションの低い俺としては少し気圧される。
「それではよーい、始め」
長髪の男性職員による気の抜けるような合図で試合が始まった。
セイルが木剣を構え駆け出す。遅れて俺も木の杖を振るい〈魔術〉を放つ。
「〈バーストブロウ〉」
指向性を持った爆風がセイルを襲う。
「《魔盾》、起動」
彼は冷静に姿勢を低くし《魔道具》を使用。魔力の盾を斜めに展開させ、爆風はその上を滑り、吹き抜けて行った。
〈バーストブロウ〉は高温高速でこそあるものの鋭さに欠け、貫通力や破壊力に乏しい。だからこそ大怪我をさせる心配がなく模擬戦でも使用できるのだがこうも容易く受け流されるとは。
爆風の特性もあるのだろうが、展開した魔力盾の角度こそが絶妙だった。薄く狭い魔力盾は垂直すぎると破られるし水平すぎると幅が足りず爆風が漏れて来る。
両方の条件を満たせる丁度の角度であった。
「行くよ!」
セイルが叫んだ。
既に魔術師の間合いではなくなっていた。が、元より〈魔術〉は小手調べにしか使わないと決めていたので焦ることはない。
俺とセイルの《敏捷性》はほとんど同じ。《竜の体現者》の視力強化を考えれば俺の方が若干有利である。
彼は殺傷力の高い〈剣術〉を使えず、そして俺が杖という武器を持っていることも加味すれば近接戦でも負けることはないだろう。
そんな慢心に《気配察知》が喝を入れた。
「ッ!」
《気配察知》に従って杖を防御に回す。直後、鋭く踏み込んだセイルの木剣がブレ、杖を伝って重い衝撃が襲う。
咄嗟に後ろに跳んで威力を逃がしたがそれでも少し、手が痺れた。
「おー、セイル君もやるねー」
「だろ? アイツの剣の腕は一級品だぜ。気持ちさえ安定してりゃぁな」
外野の会話が断片的に聞こえてきたがそれを聞いている余裕はなかった。セイルが再び接近してきたのだ。
先の一合で彼の剣技が脅威なのはわかったがこの距離で逃げ腰になるのはいけない。無駄な隙を晒す悪手である。
死中に活を求めるように、杖を構えて踏み出した。
間合いまであと僅か、という距離でセイルが剣を素早く振り上げ、一気に踏み込んで来る。
けれど今度は俺も事前に身構えていた。杖を上げて剣とかち合わせようとする。
風を切って振り下ろされる木剣と木の杖がぶつかるその直前、木剣がピタリと静止した。
「ヤベ──っ!?」
すんでのところで杖を引き戻すことができ頭……いや、左肩を狙った一撃を防げた。振り下ろしをまともに受けたためかなりの衝撃が抜けて来たが、それには構わず前蹴りを放つ。
セイルはいつの間にか引き戻していた木剣でそれを容易く受け止めた。しかし追撃を阻止すると共に、蹴りの反動を利用して距離を取れた。
「〈エアボム〉」
俺とセイルの中間地点に空気の爆弾を落とす。吹きつける風に乗って俺はさらに後退し、セイルは重心を低くして風に耐えた。
その隙に模擬戦フィールドの端まで退く。
「ふー」
一息つく。同時に意識が冷却されて行き、バクバク脈打つ心臓からの熱が鮮明になる。
正直、舐めていた。
剣一本で魔物と渡り合う奴なら〈剣術〉を使わずとも脅威となることは予想できたはずなのに、《ステータス》ばかり注視して気を抜いていた。
だがそんな油断も先の攻防で取り払われた。ここからは気分が乗らないなどと寝言は言わず、真剣に相手するとしよう。模擬戦でも負けるのは嫌だしな。
意識を切り替えた俺は、その場で半身になって構えた。
木剣を下段に構えすり足で寄って来るセイルを見据え、魔力を練り上げて行く。
強化〈魔術〉を使う余裕はない。となると使うべきはこいつだな。
「〈ウォーターバインド〉」
水流が数本の縄となってセイルに向かって行く。対象を拘束する〈中級魔術〉だ。
だがセイルは四肢に巻き付こうとする水縄の内、一本を木剣で切り捨て、残りを軽い身のこなしで避け切って見せた。
この〈魔術〉には牽制以上の目的はなかったのですぐさま次の〈魔術〉を放つ。
「〈ウィンドボール〉」
不可視の風の球が飛んで行く。
《風魔術(下級)Lv10》を持つ者なら誰でも使える低位の〈魔術〉だが、それ故に殺傷力は非常に低い。普通のパンチ程度の威力であり、たとえ直撃したとしても死ぬことはまずあり得ない。
だがまあ普通のパンチでも直撃すればそこそこの隙になる。風の〈魔術〉特有のスピードもあり避けきれないと判断したのだろう。最初、〈バーストブロウ〉にそうしたように魔力盾を斜めに構えて受け流してしまった。
ここが狙い目だろう。
「〈バーストブロウ〉」
指向性のある爆風を再び放つ。ただし先程と異なるのは今度は地面に向かって、つまり魔力盾の下へ向けて放ったということ。
盾の隙間を通った爆風はセイルの足を取ろうと迫り、
「よいしょっ」
ジャンプで躱された。
既に彼我の距離は幾ばくも無い。《パラメータ》の補正を受けた大跳躍の予想着地点は俺のすぐ傍だ。
彼が剣を振りかぶり、俺は杖を手放しつつベルトに差した短杖に手をかけた。
これは先日、デシレアから買った障壁を生み出す《魔道具》だ。セイルがこの戦いで何度か使っていたものと同じような効果である。
彼自身も一緒に説明を聞いていたため効果を覚えていたのだろう、俺が障壁を展開すると考えたらしく、右足を若干上に上げる。障壁を蹴って止まるためだ。
だが、残念ながらそうはならない。
「ふッ」
「うわっ!?」
短く息を吐き短杖を抜き放ちつつ、投擲。物体が顔に向かって飛んで来たことで反射的に剣をガードに回すセイル。
けれどそうしてしまっては着地点の傍に立つ俺への対応が遅れてしまう。
着地の瞬間、無防備に晒された腹部へと容赦なく肘撃ちをかました。
革鎧の薄い部分を的確に突かれ、体をくの字に折り曲げるセイル。俺は素早く木杖を拾い、うずくまった彼の首に突き付ける。
「そこまでです! リュウジさんの勝ち!」
審判の言葉を聞いて杖を下ろす。すると下の方から嗚咽が聞こえて来た。
「うっ、うぅ……《魔道具》の力まで使ったのに。僕は、僕はなんて……」
そこにはさめざめと泣くセイルの姿が。
気分が変動しやすいというのは本当のようだ。分かっていたことだがその変化を間近で見るとまた違った感じがする。
はてさて、悲しむ彼に勝者である俺は何を話しかけるべきかと悩んでいると、俺達の近くにネグア達がやって来た。
「いい戦いだったぞ、セイル」
そう言うとセイルの髪をガシガシとかき乱すネグア。
「お、叔父さん……。でも……」
「負けたことは気にするな。相手が上手だっただけだ」
それを聞きながら俺は無言で《養燈のランプ》を発動させる。セイルの治療もあるが、ぶっちゃけ俺の肘も少し痛んでいた。
「あんがとさん。……こんな風に《魔道具》は役に立つし、《魔道具》を使えばより強くなれる。ただ、それを含めても相手が自分より強いってこともある。これからは慎重に行動しような」
「はい……」
深く反省していることが伝わってくる声音だった。
セイルが充分に回復したのを見計らって俺達は帰ることにした。
「今日は変なことに巻き込んじまってすまなかったね」
「いえ、個人的に学びの多い戦いでした。セイルさん、肘撃ちすみませんでした」
「気にしないでよ。おかげで目が覚めたから」
バイバイとネグア達に手を振って、俺とマロンは訓練場を後にしたのだった。




