50.弱気
「それではこちらが報酬となります」
「ありがとうございます……」
リュック等に詰められるだけ詰めて、さらに両手で抱えて持ち帰ったレギオンの《ドロップアイテム》。それらを換金し、二人してギルドを後にする。
レギオン戦での疲労からぐったりしながら街を歩き、昼食を食べるためにマロンと入った料理屋。その席の一つに見覚えのある人影を発見した。
陰鬱な表情で麵を啜っているその人物に声を掛けてみる。
「はぁ……」
「どうしたんですか、セイルさん」
「はい? ああ、君達はさっき助けてくれた、えーと……」
カウンター席にいたのは、今朝、鳥人達に襲われていたネグアのパーティーメンバーで、血を流し倒れていた少年、セイルだった。
「リュウジです。こっちはマロン」
「そうだったね、ごめん。恩人の名前を忘れるなんて僕は本当にダメな奴だ……」
「一度聞いただけなんだから忘れてても仕方ないですよ」
少年の隣に座りながら言った。実際、俺も鑑定するまでは彼の名前を忘れていた。
マロンが俺の隣の椅子を引きながら訊ねる。
「何かあったの? もしかしてまだ今朝のこと引きずってるの?」
「……うん、実はそうなんだ」
「そんなの気にしないでいいのに。あの数に襲われたんだからしょうがないって、仲間の人も言ってたじゃん」
「叔父さんと叔母さん、ああ、ネグアさんとエザーさんのことだけど。二人もそう言ってくれたよ。でもね、一人になるとどうにも自分の情けなさに嫌気が差すんだ……」
そう言ってグイッとコップを呷るセイル。随分と思い詰めているようだ。
「……もしかして冒険者をやめようとか考えてますか?」
俺は堪らず訊ねていた。
辞職するか、そうでなければ自殺しそうなほどの負のオーラを彼は放っていたのだ。
けれど彼は首を横に振った。
「はは、まさか。僕みたいなのが食っていくには冒険者を続けるしかないよ」
「そうですかね?」
「それに伯父さんと叔母さんにはここまで育てて貰った恩もあるし」
「パーティー組んで長いんですか?」
「そうだね、冒険者になったときから付きっ切りで助けてくれてるよ。二人のお陰で僕もそれなりに戦えるようになれた」
自分で言うだけあって、少年の《レベル》や《スキル》はかなりの高水準である。
トカゲの区間守護者を討伐し巨大樹エリアに踏み入るだけあって、B級冒険者として充分やっていけるレベルだ。
同年代であるセイルにこう言のはなんだか自画自賛しているようで気恥ずかしいが、彼くらいの年齢でB級というのはかなりの有望株である。天才と言っても過言ではない。
B級冒険者は通常、ベテランがなるものなのだ。
「でも駄目なんだ。僕なりに頑張ってるつもりなんだけど、今日だって二人の足を引っ張っちゃった」
「そんなことないですよ。セイルさんがいなくてもあの数の魔物には勝てなかったと思います」
「いや、僕がいなければ逃げれてたさ。僕がうっかり攻撃を受け損ねたばっかりに……。結局、僕は足手纏いにしかなってないんだ……」
ず~ん、と陰気を溢れさせるセイル。俯いて、伸びた麺を一本ずつ啜っている。
それからしばしの時が流れ、俺の隣でぱん、と手を合わせる音がした。
「ごちそうさまでした。じゃあ、リュウジ君。私はこれで」
少年の話を聞いている間に料理はやって来ていた。
それをさっさと平らげたマロンは席を立つと荷物をまとめて出て行こうとする。
「そうだ、最後に一つ。落ち込んでるときは戦わない方が良いと思うよ。ミスが増えるからね。じゃあ元気で」
「……うん」
「また明日な」
そうして俺とセイルが残された。
黙々と料理──肉の乗った麺類だ。ラーメンのように細く黄色いがちぢれてはいない──を食べる。
既にほとんど食べ終わっていたため俺もすぐに完食する。
このまま帰ってしまおうかという考えも一瞬過ったが、しかし今の彼を放置しておくことはできなかった。
意を決してセイルに話しかける。
「セイルさんは冒険者は続けたいんですよね?」
「そうだね」
「じゃあ《魔道具》を買いませんか?」
「《魔道具》を……?」
首を傾げる彼に強く頷いて見せる。
「はい。《レベル》とか《スキル》とか技術とかは鍛えてもすぐには身に付きませんけど、でも《魔道具》なら買うだけで簡単に戦力アップになりますんで」
「そうなの? 《魔道具》は発動が遅いから戦闘では使えないって聞いたけど」
「戦闘中でも使える瞬発力のある《魔道具》を俺の知り合いが売ってるんですよ」
「へー、最近はそんなのがあるんだ」
感心した様子のセイルだが、実際はそこまでの戦力強化には繋がらないだろうと俺は思っている。
《魔道具》を扱うにもある程度は慣れが必要だろうし、パーティーで行動している以上あまりトリッキーなものも使えないからだ。
けれど大事なのは気の持ちようだ。萎縮せず戦うための自信だ。
セイルの《レベル》や《スキル》は巨大樹エリアで戦うに何ら不足していないのだから。
《魔道具》を手に入れて前向きになれば怯えて実力を発揮できないなんてことも無くなるだろう。
「この後暇ですか? よかったら案内しますよ」
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらおうかな」
それから少年が食べ終わるのを待って店を去り、共に《魔道具》屋へ向かう。
やって来たのはメルチア南部。日曜日なためかかなりの賑わいを見せる通りの脇に目的の店はあった。
中に入るとカウンターに座った老婆に出迎えられる。
「こんにちは。デシレアさんはいますか?」
「いらっしゃいませ。おや、リュウジさんではありませんか。デシレアは外で露店をしておりますよ」
「それは残念です」
この《魔道具》屋はデシレア一家が営んでいる店であり、カウンターの老婆はデシレアの祖母だ。
当の彼女は居ないようなのでお婆さんに訊ねることにする。
「戦闘に使える《魔道具》が欲しいんですけどどんなのがありますか?」
「それならこの冊子にまとめてあります。代読はご入用ですか?」
「いえ、読めるので大丈夫です」
冊子を貰ってセイルと一緒に見る。
「これは魔力を込めると炎の矢を放てる《魔道具》ですね。こっちは煙を噴き出す《魔道具》です。それから──」
一つ一つ効果を説明していき、彼の要望に合う物を探す。セイルは剣士なので近距離戦で役立つ物が中心だ。
セイルは資金にはかなり余裕があるようで高級|《魔道具》の購入をあっさりと決めた。
「──ということでこれらを買います」
「かしこまりました。少々お待ちくだされ」
注文を伝えるとお婆さんが店の奥に消えていく。《魔道具》は高価なため店頭には並べていないのだ。
持って来てくれるのを待っているとドアベルが鳴った。
「はぁ、全然売れなかったよ。鎮魂祭まで時間が無いのに、て、あれ? リュウジさんじゃないですか。今日はどうされたんですか?」
入って来たのはデシレアだった。大きな風呂敷包みを背負っている。
「こちらのセイルさんの《魔道具》を見繕いに来たんですよ」
「初めまして、セイルです」
「ウチはデシレアです、初めまして。で、目当ての物は見つかりましたか?」
「はい。リュウジ君に手伝ってもらって。今、取って来てもらってるところです」
「そうですかぁ……」
赤毛の《魔道具》売りはなんだか残念そうに答えた。
「どうかしたんですか?」
「いやぁ、まだ悩んでたらこれを買ってもらえるかなーと思ったんですけどね」
風呂敷を親指でさしながら言う。
風呂敷の膨らみを見るにあまり売れ行きが良くなかったのかもしれない。
「中身見せてもらってもいいですか? 俺は何も買ってないので良さそうなのがあれば買いますよ」
「おー! それはありがたい。遠慮せず見て行ってくださいよ」
そうしてその場で包みを広げるデシレア。一応店内なのだが、自宅だからか遠慮がない。
「おススメはありますか?」
「これなんてどう? 魔力を込めると自動で熱くなるフライパンだよ。柄の部分も熱くなるから使う時は手袋をしてくださいね」
「……フライパンは最近買ったばかりなので今はいいですかね」
「ならこっちは? 魔物避けの《魔道具》だよ。不快魔力波の出力が従来の物から大幅に上がってて、見渡す限りの雑魚魔物が居なくなるよ。人間にとっても不快だし一定以上の強さの魔物は発生源を叩き潰すために寄って来るけど」
「……パスで」
「それならこの障壁|《魔道具》はいかが? これも従来品を遥かに上回る出力をしてるよ。出力固定だから一般人じゃ魔力が足りなくて使えないけど魔術師なら総魔力の三、四割くらいで済むはず」
「……なんというか、こう、変わり種な物が多いですね」
「全部ウチの試作品だからね」
売れなかった原因が分かった気がする。
「でもこの障壁の《魔道具》は良いですね。もしもの時の備えになります。一つしかないですけど、セイルさんはどうですか?」
「僕はもう結構買ってるからいいや」
「じゃあこれ買います。手持ちも余裕ありますし」
金銭を全て持ち歩くのは危険なので普段、使わない分は食器棚の下段に保管している。
だが今日はレギオンのお陰で懐が暖かい。試作|《魔道具》の一つを買うくらい訳ない。
「毎度ありですっ。いやー、本日最初のお客様ですからまけにまけてこのくらいでいいですよ」
提示された金額を払って《魔道具》を受け取り腰のベルトに差す。
それは宝石の散りばめられた短仗型の《魔道具》で、必要量の魔力を込めると傘さながらに、先端に障壁が展開されるのだそうだ。
障壁が強力な反面、魔力消費が激しいとのことだがそれは俺にとってデメリットにならない。
思わぬところで良い買い物ができた。




