49.レギオン
「〈ドロップニードル〉っ、〈ファイアバレット〉っ、〈ウォーターバインド〉っ。だああぁぁクソッ、全然減らねぇ!」
「黙って撃つ! 舌噛むよ!」
マロンが疾走する。驚異的な脚力でもって枝から枝に飛び移り、縦横無尽に駆け巡る。
そして俺は〈魔術〉を放つ。走るマロンに担がれているため揺れで狙いは覚束ないがそれは大した問題ではない。
何せ敵は大群、数え切れないほど居るのだから。
第十一階層を攻略した俺達は続けて第十二階層に赴いた。
そこでも攻略は順調に進み《階層石》まであと少し、という時だった。奴らが現れたのは。
一回り体の大きいカラスの鳥人を中心として、何十体もの鳥人が群れを成して襲い掛かって来たのだ。
《凶神に捧ぐ舞踊》を持つマロンは対集団は得意分野だが、あの数が相手ではバフが掛かり切る前に倒されてしまう。
若竜や〈魔術〉で何体か削ったが焼け石に水。多勢に無勢ということでこうして逃走を余儀なくされた。
無論、逃げながらも攻撃は続けている。しかしここでレギオンの特性が問題となる。
「〈ガストブレード〉、〈スプラッシュクラスト〉」
突風の刃は躱され水飛沫の散弾は最前列の盾持ち達に防がれた。
この鳥人達は整然と隊列を組んで飛行している。だからこれだけの数が密集していても回避行動に支障はなく、また、避けられない広範囲攻撃は比較的威力が低いため盾持ちが遮ってしまう。
激しく移動しても一糸乱れぬ連携は、やはりあの黒い指揮個体の仕業だろう。
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鳥人種―ブラックバードマンロード Lv44
スキル 棒術(中級)Lv4 風魔術(上級)Lv4 土魔術(中級)Lv4 火魔術(上級)Lv4 水魔術(中級)Lv4 闇魔術(上級)Lv4 意思疎通Lv4 ウィングスラッシュLv4 烏合の団結Lv4 軽業Lv4 気配察知Lv4 自動治癒Lv4 同族指揮Lv4 統率Lv4 鳥目Lv4 飛行Lv4 レイヴンレイブLv4
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群れの後方で全体を見渡しつつ、《意思疎通》や《統率》で鳥人達に指示を出していると思われる。
指揮能力だけでなく〈魔術〉能力も高いため戦闘となればなおのこと厄介だろう。
「っ、この先に他の冒険者が居る! 他に移れる枝ないけどどうする!?」
「ここで飛び降りてくれ! 着地はこっちでやる!」
「わ、わかった……!}
マロンが進路を四十五度ほど傾けた。たちまち道の端に到達し、一切の減速なしで飛び出した。
「ひぃゃぁぁっ!」
「ぐぇっ」
悲鳴が聞こえ、同時に腕に力が籠る。抱えられた腹が圧迫された。
思えば彼女は巨大樹の高さに怯えていた。相当無理をしてくれたのだろう。
しかしこのまま圧迫されるのは苦しいので早く対処するとしよう。
「召喚、《若竜化》っ」
自身のためにも相方のためにも若竜を呼び出した。ガシッと掴んでもらい落下速度の緩和を試みる。
ただ、落下速度が遅くなると上から来る鳥人達に追いつかれてしまう。
なので妨害の一手も忘れない。
「〈エアボム〉」
空気の爆弾を群れの真ん中目掛けて放った。
鳥人達は統制の取れた動きで左右に別れる。群れの真ん中に道が生まれ、爆弾はそこへ入ってしまった。
盾で受け止めてくれれば爆風に巻き込めたのだがこのままでは不発に終わる。
「〈スプラッシュクラスト〉」
とはいえ速度の低いボム系が躱されるのは織り込み済み。続けざまに〈魔術〉を放ち爆弾を刺激する。群れの中心で圧縮空気が炸裂した。
強烈な爆風が吹きつけ、鳥人達の飛行が乱れる。
範囲の関係上、先頭付近の鳥人は被害を免れていたが彼らもその場で止まった。隊列を整えるためだ。
少数で深追いしてくれたら各個撃破できたのだが、まあ、こうして距離を取れただけでも良しとしよう。
「うぅ、こっ、この後どうするのっ?」
「一旦根元まで行く! 木を背にしたら少しはマシになるだろ!」
風を切って滑空しながら今後の方針を話し合う。
撤退の案は出ない。それについては真っ先に検討し、採択しないと結論付けていた。
数も多く指揮個体も強いがそれでもウォルターの群れには及ばない。それにこの規模のレギオンを放っておくと他の冒険者を危険に晒す。
ならば俺達で倒してしまおうとなったのだ。
もちろん予想外に手強ければ大人しく逃げ帰るつもりだったが、さっきの手応えからしてそこまででもないだろう。
「──よし、その作戦で行こう」
作戦会議が終わったところで巨大樹の根元に到着した。
巨大樹はゴツゴツとした荒れ地にポツンと生えており、辺りの見晴らし良好だ。
ここなら回り込まれる心配はなく、背後からの攻撃も防げる。
即座に臨戦態勢を取り、低空飛行で迫るレギオンへと向き直る。
「《双竜召喚》、《若竜化》」
さらにもう一体の若竜を呼び出した。魔力が回復分を越えて減って行くが短期決戦なので支障はない。
「じゃあ行くよ!」
長い飛行で疲労したのか、あるいは下に潜り込まれることを警戒しているのか、荒れ地に着地し徒歩で近付いてきたレギオン。彼らとの距離が充分縮まったところでマロンと若竜達が動き出す。
若竜一体が先行し、結構な距離を置いてもう一体とマロンが追随する。
俺も見ているだけではない。
「……〈スノーストームストリーム〉。……〈ゲイルジャベリン〉。……〈ヒートボム〉」
鳥人の密集している箇所に〈上級魔術〉や範囲〈魔術〉を連打して行く。
〈上級魔術〉ともなればそう易々とは防げない。防御を集中させ、さらに攻撃〈術技〉による相殺までして何とか凌いでいる。
これまけやって一、二体しか倒せなかったがそれでもいい。目的は撹乱だ。
「グラァ!」
最初の若竜がレジオンに到達する。
出会い頭の《ドラゴンブレス》は〈盾術〉に相殺されたものの、接近する勢いそのままの猛烈なタックルで一気に何体も撥ね飛ばした。
さすがはレギオンと言うべきか、第十一階層で出会った群れのような大混乱には陥っていない。
たちどころに若竜を包囲して各々の武器を叩きつけて行く。けれど若竜は四方八方からの攻撃にも怯まず軍の中央、カラスの鳥人目掛けて進もうとする。
鳥人達の注意が一体目の若竜に強く注がれ、そこへマロン達が乱入する。
「ハッ!」
「ガウッ!」
若竜を囲う鳥人の中でも背中を攻撃している者は必然、マロン達に背を向ける形になる。通常のならもっと保身的な立ち回りをするはずだが、今は指揮個体に統率されており命令には絶対服従だ。
捨て身でダメージを与えろという冷酷非道なる作戦でも従う他ない。
結果、若竜を後ろから攻撃していたら鳥人達は、瞬く間にマロンの餌食となった。
石火の刺突が鳥人を貫き、間を置かずさらにもう一撃。一瞬にして二体を屠った犀槍が次なる獲物を求め翻る。
また、レギオンの左側面では二体目の若竜が猛威を振るっていた。《ドラゴンブレス》を吐き散らし、多くの鳥人を魔力の奔流でズタボロにして行く。盾持ちは前列に集中しているため両脇が脆いことは鑑定で分かっていた。、
最初の若竜も爪牙を振り乱し依然大暴れしている。
「終わりだな」
作戦は上手く運んでいた。作戦などとおこがましい、若竜を囮にして《凶神の祝福》を最大まで溜めたマロンが、単騎で大将首を獲りに行く脳筋戦法だが。
《凶神の祝福》もフルに掛かり、あと一分もしない内にマロンが敵首魁に到達しそう、という時だった。少し高い位置から戦場を俯瞰していたカラスの鳥人が余計なことを始めた。
杖を掲げそこに魔力を集め出したのだ。杖の先には黒い球が生まれそれがどんどんと膨らんで行く。
気配の強さからして恐らく闇の〈上級魔術〉、そしてそれが向いている先は……。
「俺かよ!」
仲間達が命懸けで殺し合う中、一人だけ後ろでぬくぬくしていた俺への天罰か。カラスの鳥人は俺に狙いを定めた。
いや、マロンや若竜には他の鳥人が邪魔になって当てられないという判断だとは思うが。
ぶわっと襲ってくる攻撃の気配から逃げるように慌てて走り出す。巨大樹の幹に沿って疾走し、けれど嫌な気配を振り切れない。攻撃範囲の広い〈魔術〉なのだろう。
確か〈ダークネスバースト〉とか言ったか。闇と火と風を《上級》まで鍛えると使える〈魔術〉に、闇を球状にして飛ばし大爆発を起こすものがあったはずだ。
恐らくそれを使ってくるのだろう。と、分析はこの辺りで切り上げて対処に移ろう。
「〈ウィンドアロー〉」
風の矢を放ってみたが左に少し羽ばたいただけで簡単に躱されてしまった。
カラスの鳥人は指揮官らしく、群れの奥に居るためマロンや若竜達が辿り着くにはもう少し時間がかかる。
若竜を再召喚し盾にする手もあるが、可哀そうだし攻め手が減るのであまりやりたくない。
ここは自力で凌ぐとしよう。
立ち止まり、魔力を素早く練り上げる。
俺の見つめる先でバッと勢いよく杖が振り下ろされ、ボーリング球ほどの闇球が撃ち出された。
〈上級魔術〉だけあってかなりの速度だ。
「〈ウィンドカッター〉」
そこへ風の刃を放つ。
小さく速い闇球を捉えるのは強化された動体視力でも一苦労だったがしかし、風の刃は見事闇球を掠めた。
そして誘爆。
それはほんの十メートル手前での出来事だった。急いで張った〈エアシールド〉を一瞬の拮抗の後に破り、減衰しながらも闇の爆風が押し寄せる、よりも早く腕を出し、
「《職権濫用》」
引き金を引く。
放たれた炎弾が爆裂し、迫る闇を散らした。地面には闇の爆風によって抉られた跡が、俺を避けるようにして刻まれている。
前衛組に視線を戻すとちょうどマロンがカラスの鳥人を討ち取ったところだった。
恐らく先程の〈魔術〉は敗北を悟ったが故の最後の悪足搔きだったのだろう。
強敵にも逃げずに戦ったカラスの鳥人には素直に賛美を送りたい。《迷宮》魔物の性質と言われればそれまでだが。
さて、指揮個体が死に、残ったのは烏合の衆。
ガムシャラに近くの敵に襲い掛かることしかできないがそれでもこの数は脅威である。
心して掃討に取り掛かろう。
 




