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43.後始末

「これで最後!」


 マロンが中折れした槍をぶん投げる。

 目にも止まらぬ速さで飛んで行った棒切れが魔物の顔面を捉えると、ぐちゃっ、と湿った音が響き首から上が爆散した。

 死体の周囲に血やら何やらの雨が降る。


「や、やっと終わった~」

「いやグロっ。えげつねぇパワーだな」


 効果範囲を抜けたのだろう、《嫉妬》は既に解除されている。

 最大までかかった《狂神の祝福》も相まってその投擲の威力はそれはもう筆舌に尽くしがたいものだった。

 そんな惨状を作り出した彼女はその場にへたり込んでいる。山ほどやって来る魔物とずっと戦っていたのだから無理もない。

 俺も横になりたい気分だったがそこは意地で堪える。


「やっぱりウォルターの気配は追えないか?」

「うん、かなり遠くまで逃げたみたい。先に帰って報告しよ」

「そうだな」


 素材採取はせず討伐証明部位だけを切り取る。それから数体の変異種を担いで急ぎ帰還することにした。

 これだけの魔物の大移動があったので異変を察知した野生生物達は大体が隠れてしまっている。道中の森は不自然なほど静まり返っており、襲撃はただの一度もなかった。

 村に着くと早足でギルドに向かう。


「おう、マロンにリュウジじゃねぇか。今日も大漁だな、奥の解体部屋開けるからちょっくら待ってろ」

「そんな場合じゃないよ! 大変なんだよネルさん!」

「何かあったのか?」


 俺達は森であったことをギルド職員のお爺さんに語った。


「! 嘘だろっ? 早く村長に知らせるぞ!」

「ギルドマスターにも話を通した方が……」

「ギルドマスターは俺だ」


 ただの受付だと思っていた人がギルドマスターだったという小さなアクシデントはあったが、そこからのことはとんとん拍子で進んだ。

 変異種の死体や魔物の討伐証明部位をどっさり持って帰ったからかウォルターとやり合ったことを疑われることはなかった。


 村長宅にはネルをはじめ村の有力者達が急遽集められ対策が話し合われた。実際に接触した俺達も立ち会った。

 本当に俺達が変異種を倒したのかと疑問視する声も上がったがそこはネルが保証してくれた。彼は高《レベル》の《気配察知》を持っているので他者の実力を大まかに測れるのだ。

 それ以外は会議は粛々と進んで行く。ウォルターの事件を知る者ばかりなのか皆、強い危機感を抱いているような印象を受けた。

 様々なことが協議される中、ふと村長が俺達の方を向いた。


「そちらの冒険者(がた)は残っていただけるということでよろしいか?」

「うん、私達は元々三日滞在する予定だったし。明日までは居る予定だよ」


 それは事前に決めていたことだった。

 昨日着いたばかりの村だが乗り掛かった舟である。安全が確認できるまでは協力しようと思ったのだ。


「かたじけない。支配した魔物の大半を失った故しばらくは大人しくしておるだろうが、ヤケになって夜襲を掛けて来るやもしれぬ。その時は何卒ご助力いただきたく」


 村長は武士のような重々しい雰囲気のある人で、そんな人に頭を下げられては否が応でも背筋が伸びる。硬い声で返事をした。

 その後もいくつかの取り決めがなされ村長が締めに入る。


「ではこれにて会議は終いとする。儂は早馬を出す。各自役割を果たすように」


 参加者達が各々の持ち場に戻って行く。

 村長の家を出た俺達は再び冒険者ギルドにやって来た。報酬をまだもらっていないのだ。


「ようネル爺達、解体は済ませといたぜ」


 ギルド内に居たおっちゃんが話しかけて来る。俺達が持ち帰った変異種の解体をネルに頼まれていたのだ。

 冒険者として長年森で狩りをしてきたのだろう、俺やマロンよりよほど処理が丁寧だ。《迷宮》外での活動で培われた熟練の技術には唸らせられる。


「ご苦労だな、ラント。これは解体代だ」

「へっ、また何かあったらいつでも呼んでくれよな」


 ラント、と呼ばれた男性がギルドを出て行きネルがカウンターの奥に入って行った。

 少しして出て来た彼の手には大きな布袋が握られていた。


「こいつが討伐報酬だ」

「ありがとー」

「ありがとうございます」

「ただ、素材報酬は勘弁してくれねぇか。これ全部交換しちまうとウチの資金が尽きちまう」


 ここで報酬について説明しておこう。

 冒険者の受け取る報酬には討伐報酬と素材報酬の二種類ある。

 討伐報酬は魔物を討伐したことに対して支払われる報酬で、討伐証明部位と引き換えになる。

 対して素材報酬は魔物の素材に対して支払われる報酬で、素材そのものと引き換えだ。

 冒険者ギルドは魔物の駆除と素材の収集を目的としてその地の領主が運営しているため、このような仕組みとなっている。


「私はいいけど……リュウジ君はどう?」

「俺も構いませんよ。討伐報酬だけでも十分貰ってますし……それに変異種の素材は街に帰って《装備品》とかにしてもいいですし」


 その気はなかったが、これだけ変異種の素材があれば何かしら俺に合った《装備品》も作れるかもしれない。

 そうして討伐報酬だけを受け取った俺達は宿屋に帰って来た。

 着替えたりお風呂で汗を流したりしていたらすぐに日が暮れ出した。

 続々と現れる魔物との長時間にわたる戦闘は、肉体的にも精神的にも相当堪えていたらしい。夕飯を食べた俺はすぐに眠りに落ちた。




◆  ◆  ◆




 その日は暗い夜だった。空を覆う分厚い雲は月の輝きさえ隠す。

 一寸先も見えない森で一人の老人が息を潜める。


「はぁ、はぁ、クソっ、あの若造共め! 次会ったらただではおかんぞ……!」


 老化で睡眠機能が衰えているのか、深夜にも関わらず何事かをぶつぶつと呟いている。

 そんな老人の周りにはニ十体以上もの魔物がたむろしていた。

 これだけの魔物に襲われては干物のような老人など一堪りもなさそうであるがしかし、そのような事態にはならない。なぜならば彼らは全て《パペットスレッドプレンティ》によって老人の支配下に置かれているからだ。


「はぁ、やーっと着いたよ。遠くまで逃げすぎでしょ」

「き、貴様は!?」


 突然闇の中から聞こえて来た声に老人は飛び起きる。その勢いで毛布代わりにしていた狼の魔物が撥ね飛ばされた。

 警戒する老人の視線の先には一人の少女が立っていた。魔物達の円陣から少し離れたところだ。


「先手必勝じゃ、《嫉妬》発動!」


 老人は勝利を確信した。《気配察知》に他の反応はない。そしてその少女は丸腰だ。

 いくらその少女が強くとも、《嫉妬》で制限された状態でこれだけの魔物に群がられては一巻のお終いだ。

 けれど警戒を緩めてはいない。あちらは老人の能力を知っているはずなのにわざわざ声を掛けて来たのだ。何かしら対策があると考えるべきだろう。

 老人は油断なく《気配察知》を巡らせており、だからこそその攻撃に誰よりも早く反応できた。


「《大粉砕》+(プラス)《アースブレイク》」


 直感に従い老人が跳躍した直後、大地が裏返った。そうとしか思えないほどの震動が辺り一面を襲ったのである。

 その壊滅的と呼ぶしかないほどに強烈な上下の震動により、少女を襲おうとしていた魔物達は一斉に宙へと打ち上げられ、そして落下した。

 打ち上げられた際のダメージでまともな受け身も取れなかった魔物達にとっては柔らかなはずの森の大地ですら凶器となった。

 何かの潰れる鈍い音が連続して聞こえ、それだけで老人の配下は半壊した。森の木々も倒れたり傾いたりしてしまっている。

 そういう仕様なのだろう、激震する大地の上にあってただ一人微動だにしていなかった少女が老人に向かって足を踏み出した。


「な、なぜその《スキル》を、貴様が……」


 宙へ逃れることで大震動をやり過ごした老人には先程の《スキル》に見覚えがあった。

 かつて支配下に置こうとして当時の傀儡では全く歯が立たず敗走し、そして計画に必要な戦力が揃った今日、ダメ押しの一手として今度こそ支配下に置こうとするも折り悪く討伐されてしまっていたとある魔物の《スキル》だった。


「《ボルテックスボルト》」


 驚愕すべきはそれだけではなかった。

 老人が足代わりとして重宝していた魔物の《スキル》までその少女は使って来たのだ。

 慌てて回避行動に出るも距離が近いせいで避けきれない。


「ギイィア”ア”アァァァっ!?」


 腕に掠っただけだというのに高速回転する渦矢は広く肉を抉って行った。

 想像を絶する痛みに老人は悶絶し、少女はさらに近づく。


「グゥっ、はぁっ、はぁっ、き、聞いたことがあるぞっ。殺害した者の《スキル》を奪う《七大罪スキル》があるとっ」

「《ゲイルネイル》」


 老人は脂汗を垂らしながら半狂乱で言葉を絞り出す。

 恐怖のあまり腰を抜かし目を見開き全身をガクガクと震わせるのみで、少女の腕に巻き付いた暴風が爪となったその時でも逃げ出すことすらままならない。


「まさか、貴様はっ、《(ごう)よ──」


 その日は暗い夜だった。森を覆う底無き闇は緋の迸りさえ隠す。

 一寸先も見えない森で一人の老人が息絶えた。

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