39.混成の群れ
突如現れた気配の集団。
そいつらへの対応を話し合っている内に俺の《気配察知》でもその気配が捉えられるようになった。下はゴブリンクラスから上は変異種クラスまで、大小さまざまな気配が俺達を挟み撃ちにしていた。
気配のいくつかを鑑定するがどれも魔物だった。実は人間の調査隊とかではないらしい。
「じゃあ、死なないでね」
「ああ、そっちも気を付けてな」
《クラッシュライノ》の角等の荷物をまとめたマロンは、気配を空気に溶け込ませると、風のような速さで走り去って行った。
それを見送った俺は北へと歩き始める。
魔物の集団は北と南から来ている。メルチアやタセリ村があるのはここから西なので、まっすぐ帰れば戦闘を避けられる。
けれど問題がある。どうして魔物の集団がやって来たのか分からないことだ。仮に俺の気配を追って来ているのだとすれば俺が逃げると魔物達も連れて行くことになる。
街まで変異種をトレインしていくのは気が咎める。
そしてそれ以上に気になるのが魔物達の目的だ。
通常、魔物は異種族とは群れないはずなのだがこの集団を構成するのは複数の種族。それでいて喧嘩もせず足並み揃えて行進している。
原因は《状態》を見れば一目瞭然、《状態異常:傀儡化》で何者かに操られているせいだ。
その何者かが魔物集団を向かわせて来た理由が分からない。《クラッシュライノ》を討伐したことと関係しているのかそれとも別の要因か。
理由次第では何としてでもここで食い止めなくてはならない。
なんにせよまずは接触だ。そうすれば彼らの目的について情報が得られるかもしれない。
そうでなくとも魔物を減らす必要もある。
それ故に俺は北上しているのだ。
もちろんマロンには止められた。逃げるべきだと諭された。だが元よりこの数に無策で突っ込むなんてことは考えていない。
《竜の体現者》の飛行能力。危なそうならそれで空中に逃げ一方的に〈魔術〉を叩き込む。
作戦とも呼べない単純な戦法だが、その存在を伝えることで一応の納得は得られた。
そして彼女と別行動を取り始めてから少々。北の集団との距離が縮まってきたので飛行を開始する。
体が浮かび上がり枝を突き破って森の上に出た。
「敵影無し、と」
周囲とついでに上の方も見回す。空を飛ぶ魔物の姿は発見できなかった。
《気配察知》にも引っかからないので恐らくいないのだろう。これで下からの攻撃にのみ注意を向けられる。
ある程度の高度で上昇を停止。重力に抗い浮くだけなら魔力消費はかなり少ない。〈魔術〉を連射しても《竜の血》で両方補えてしまう。
浮遊して待つことしばし。魔物の集団が俺の下を通り過ぎて行く。
俺のダダ漏れ気配には気づいているだろうに立ち止まる様子はない。どうやら彼らは俺を追っているわけではないらしい。
やろうと思えば攻撃できるが今はまだ待機だ。敵と決まったわけでもないからな。
森を南下する魔物の集団を空の上からストーキングする。
そしてちょうど俺達が《クラッシュライノ》と戦っていた地点で南からの集団と合流を果たした。
両集団は仲良く西に進み出す。
これで魔物の群れ同士の抗争と言う線も消えた。共通の《状態異常》にかかっている時点でその可能性は非常に低かったが。
進路はやや南にズレておりその先にはタセリ村がある。
およそ二百体もの魔物が村に向かうのを黙って見ているわけにはいかないのでここらで接触してみよう。
ガサガサと枝葉を掻き分け魔物の集団の前方に降下する。
「おーいッ、言葉を話せる奴はいるかーッ?」
枝の高さで浮きながら投げかけた質問には怒涛の遠距離攻撃で返答された。聞こえて来るのは獣の咆哮ばかりで人の声はさっぱりだ。
正直期待はしていなかったので突然の攻撃にも動揺せずさっと空の上まで退避する。
風が強く少し肌寒く感じるくらいの高度で上昇を停止、滞空を始めた。
魔物の中には遠距離攻撃が出来る者が数匹いた。
それに木を駆け上がって空までやって来るような化け物もいるかもしれない。昨日のマロンの姿は今も目に焼き付いている。
そんな超身体能力の持ち主でも届かないであろう安全圏まで逃れてから魔力を練り始める。
事前に声も掛けたので言い訳の用意もバッチリだ。
反撃を始めよう。
「〈ガストブレード〉、〈ロックスロー〉」
変異種と思われる強力な気配へと二つの〈魔術〉が襲い掛かる。
しかし突風の刃も岩石球もどちらも避けられてしまった。地上からの攻撃が届かない高度に居るので着弾までのラグが大きいのだ。
その後も変異種の気配に向かって高威力の〈魔術〉を連発するがことごとく躱される。近くに居た弱い魔物は倒せたがそれだけだ。
「召喚、《若竜化》」
このままでは埒が明かないので若竜に吶喊させる。落下の勢いの乗った一撃は普通の魔物をいとも容易く絶命させた。
若竜が次に目を付けたのは近くにいた変異種のようだ。
枝葉に隠れて見えないが強力な気配同士が衝突したのが《気配察知》で分かった。
〈魔術〉で加勢したいところだが、《若竜化》と浮遊を維持していると魔力の回復速度が著しく落ちる。
《若竜化》の発動で消費した分もあるので、先程までのようにバカスカ撃ち込むことは出来ない。
タイミングを見図ろう。
俺が傍観している下で若竜は奮戦していた。
多くの魔物に群がられながらも、果敢に変異種に食らいつき着実に弱らせている。
群がる魔物の気配がちょくちょく消えていることから、変異種と戦いながらも数を減らしてくれているのが分かる。
「おっ、一気に減ったな」
強い攻撃の気配が発され、戦っていた変異種の後ろに居た魔物の気配が、埃に息を吹きかけたみたいにまとめて消失した。
木々の隙間から黒い奔流が見えたので恐らく《ドラゴンブレス》だ。
相当弱っていたのだろう、ブレスを浴びた変異種は続く若竜の攻撃で死んでしまった。
しかし敵はそれだけではない。多くの通常魔物も居るし他の変異種だってまだ十体も残っている。
変異種を撃破したばかりの若竜に他の三体の変異種が襲い掛かった。
さしもの若竜も多勢に無勢。追い詰められてしまったようだ。そろそろ死にそうという思念が送られてきた。
『一体でいい、変異種を捕まえといてくれ』
指示を受けた若竜は手近な変異種に組み付いた。残る二体はこれを好機と若竜に攻撃を加えようとし、即座に飛び退く。
「〈ゲイルジャベリン〉、召喚解除」
《クラッシュライノ》の時と同じコンボだ。暴風の槍が捕らえられていた変異種を貫いた。若竜は送還済みである。
距離のせいで狙いがズレ、一撃で仕留めることは出来なかったが深手にはなった。
機動力も落ちているはずなのであとは空からの〈魔術〉爆撃で倒せるだろう。
変異種一体を倒し、一体に重傷を負わせる。若竜は一体で多大なる戦果をあげた。
けれど魔物は未だ九割近くが残存している。
隙が大きい代わりに高火力広範囲の〈複合術技:ストームキャノン〉を使えば楽が出来そうだが、黒幕が現れていない以上今はまだ伏せておきたい。
さて次はどうしようかと考えていたその時。《気配察知》に遠くから急速に接近してくる気配が捉えられた。
──同刻、メルチア東部の森 上空
その老人は空を飛んでいた。正確には空を飛ぶ魔物の上に乗っていた。
「人が丹精込めて集めた手駒をこれほど減らしてくれたのはあの若造かのう。ようやくこのワシを虚仮にした村を滅ぼすに足る戦力が揃ったというのに、これは灸を据えてやらねばなぁ、ふぉっふぉ」
空を飛ぶミミズの魔物、《フワールワーム》に跨った老人は遠方のリュウジを三白眼で睨み、皴の目立つ顔を醜悪に歪ませ、そんなことを口にしたのだった。




