38.《クラッシュライノ》
次の日も俺達は森の奥地にやって来ていた。
疎らに──マロンが言うには異常な頻度らしいが──襲い来る変異種を倒していた俺達は遂に《クラッシュライノ》を発見した。
俺が気配を垂れ流しているためこちらの存在には気づいているはずだが、目視できる距離まで近づいても我関せずと仕留めた狼を食らっている。
サイは草食だった気がするのだが……まあ転生してからそれなりに経つ、この手の差異にも慣れて来た。
食事に夢中になっている内に鑑定してしまおう。
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犀種―クラッシュライノ Lv48
スキル 爪牙術(上級)Lv3 体術(中級)Lv8 アースブレイクLv3 暗視Lv7 激突Lv6 気配察知Lv7 犀の角Lv8 自動再生Lv2 自動治癒Lv9 潜伏Lv3 大粉砕Lv4 体力節約Lv5 鉄皮Lv6 突進Lv8
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《クラッシュライノ》はサイの魔物だ。体は動物園に居るのよりも一回り大きいくらいだが、角だけは別格。全体的に見てアンバランスなほどに長大だ。
体表は黒に近い灰色で、角を中心として罅割れのような蜘蛛の巣状の銀線が走っている。
《スキル》構成はお手本のような近接型である。飛び道具は無いが《敏捷性》がそこそこ高く《突進》も持っているため油断していると足を掬われそうだ。
本塁から二塁くらいまで距離を詰めたところで〈魔術〉を発動させる。
「〈ガストブレード〉」
先手必勝とばかりに放った突風の刃がサイの首を目指して飛んで行く。
サイは軽く首を曲げ角をそれにぶつけた。硬質な音がして〈魔術〉が搔き消される。
ここでようやく俺を意識したのか、頭をふるふると軽く振ってこちらへ向き直った。
頭を低くし角を前に向けて駆け出す。
「隙ありだよ、〈止的〉!」
そこへ《潜伏》していたマロンが襲い掛かる。横合いからの鋭い突きが足に刺さった。〈下級槍術:止的〉により敵の《敏捷性》が低下する。
足を傷つけられたことと新たな敵が現れたことで迷いが生じサイの動きが鈍る。
「〈ゲイルジャベリン〉」
すかさず〈魔術〉で追撃。〈ゲイルジャベリン〉は〈ウィンドアロー〉の〈上級魔術〉版だ。速度と貫通力が特に強化されている。
サイは再び角で打ち消しにかかるもマロンが邪魔をする。
「〈大鋒槊〉!」
頭目掛けて刺突を放ったのだ。
反射的に顔を逸らすサイ。槍は空振りしたが俺の〈上級魔術〉がサイの背中を穿った。堪らず甲高い悲鳴を上げる。
「《若竜化》、行ってこい」
俺の傍に置いていた二匹の小竜の片割れを若竜にして突撃させる。
俺もアロー系〈魔術〉で援護する。
けれど大したダメージにはなっていないようだ。さっきの〈ゲイルジャベリン〉も思っていたほど傷が深くはなかった。
高い《防御力》に加えて《スキル:鉄皮》が働いているのだろう。低威力〈魔術〉は牽制程度に考えておいた方がよさそうだ。
「クィィィ!!」
「グラァァウ!」
若竜は横に振るわれた角を地面に張り付いて躱し、サイと取っ組み合った。至近距離なら角は当たらない。
しかし若竜の《パラメータ》は、《ジェネラルヘルム》と《若竜化》の補助があってもサイのそれには一歩劣る。
体格でも負けている。
こうも密着されては〈魔術〉援護は出来ない。
このままでは若竜が不利である。
「こっちだよ!」
だが向こうにはマロンがいる。サイの斜め後ろからチクチク突きを放っている。
一撃一撃のダメージは軽微だが着実に傷が増えて行く。それによりサイは意識を分散させられ取っ組み合いは拮抗中だ。
「何かしてくるっぽい!」
それでも地力はサイの方が上。
マロンの警告の直後、力強く一歩を踏み出したサイにより若竜が押される。後ろ脚を負傷しているというのに恐るべきパワーだ。
その後もサイがずんずんと歩を進める度に若竜がずりずりと後退していく。
若竜の二本の後ろ脚が地面に轍を刻む。どうにかその場に留まろうとしているようだが押し負けている。恐らく《突進》の《スキル》、もしかすると〈爪牙術〉のいずれかも使っているのかもしれない。
なんにせよ若竜が押され、こちらに迫ってきている現状は不味い。早急に手を打たなければ。
「〈ゲイルジャベリン〉、召喚解除」
突風の槍が瞬く間に若竜の背中に迫り直前でその背中が消え去る。代わりに現れたサイの顔面ど真ん中を〈ゲイルジャベリン〉は穿った。
いきなり若竜が消えたことで体勢を崩し、鼻の中心に空けれられた穴に身悶えするサイへと俺の相方は容赦なく槍を振るう。
「ハァッ!」
「クィァッ!?」
霞むような速度で突き出された穂先が首と頭の付け根にめり込む。マロンが素早く足を掛け槍を引き抜くとそこから血液が噴出した。
少しの間、遮二無二暴れていたサイだったがその動きはすぐに弱まる。
力なく地に伏したサイが死亡したのを確認した。これで戦闘は終了だ。
マロンと協力してサイの死体を木に立てかけ念入りに血を抜いて行く。この巨体なので血が抜け切るのにも時間がかかる。
それを待っている間、臭いにつられて何度か魔物が寄って来たが、獣避け代わりに置いた若竜の気配に気づくとすぐに逃げて行った。驚くべき効果だ。
ちなみにそのドラゴン達は今、サイの肉にかじりついている。今回のご褒美兼運ぶのを楽にするためだ。
俺達はちょうどいい場所にあった倒木に座り時間が過ぎるのを待つ。
「いやー、倒せて良かったぁ」
「若竜が押された時はビビったけどな」
「ホントにね。でも自力で乗り切ってくれて助かったよ」
「マロンが脚を削ってくれてたおかげだ」
二人で先の戦闘を振り返る。警戒を怠ってはいないが襲撃などそうそうないだろう。
「それを言ったらドラゴンちゃんで抑えてくれてたおかげだよ」
「《双竜召喚》様様だな」
「そうそう。ドラゴンちゃんが壁役してくれなかったら大変だっただろうね。あの固いサイ相手にヒットアンドアウェイじゃ時間がかかりすぎるから」
「だな。俺の魔力も──」
──異変に気付いたのはマロンだった。
「! ヤバイっ、めっちゃ来てる!」
バっと立ち上がり叫ぶ彼女。
「どうした?」
「《クラッシュライノ》ほどじゃないけど変異種レベルの気配がいっぱい向かって来てるの!」
「マジか!?」
慌てて俺も腰を浮かす。
森での戦い、その第二ラウンドは既に始まっていた。




