35.遠征
そして翌日。一日休んでリフレッシュした俺達は森にやって来ていた。
「〈止的〉!」
「グラァッ」
襲って来たゴブリンの群れの最後の一匹を小竜の爪が引き裂いた。
鑑定で死亡を確認する。
「全員ちゃんと死んでるな」
「どう、見た!? 《上級職》になった私の力!」
「あー、凄かった凄かった凄かった」
この質問はこれで何度目だったか。
《槍使い》の上位である《槍戦士》になれたのがよほど嬉しいようだ。
「それより証明部位を取ってくれ」
「はーい」
散乱するゴブリン達から手分けして耳を切り取っていく。
「にしても魔物多いねー。これで何度目だっけ?」
「少なくとも十回は越えてるな。タセリ村まではあと少しのはずだがもう一回くらいは襲われるかもな」
「えぇー」
それから歩みを再開ししばらく経った頃、俺の予想とは裏腹に二度目の襲撃は起きないまま目的の村が見えて来た。
そこはタセリ村。丸太を突き立てて作った塀と、溝を掘っただけの簡易な堀に囲まれたそこそこ大きな村だ。
位置的にはメルチアの南東、ちょうど俺が転移してきたところから真っ直ぐ東に行った辺りにある。
「着いたー!」
「長かったな」
小さな門をくぐり歓声を上げるマロンに同意しつつ村を見回す。
村の中は田畑や木造の家が立ち並び正にのどかな田舎と言った風情である。
入口付近にあった冒険者ギルドで道中手に入れた素材を換金した。
「まずは宿を取るぞ。三日分でいいよな」
「うん」
「場所は分かるか?」
「知らないけど歩いてたら見つかるんじゃない?」
などと無計画な会話をしながら村内を散策する。
村の中央部に差し掛かったところで威勢のいい声が聞こえて来た。
「近頃魔物が増えていて不安ですか? ご安心ください、こちらの《魔道具》は置くだけでE級の魔物を遠ざけます! 維持に必要なのは一日一回の僅かな魔力補給だけ。非常にお買い得のこの商品、今ならなんと──」
声の方を見てみる。道端に小さな人だかりが出来ていた。
中心となっているのはバンダナを巻いた赤毛の女性で《魔道具》と思しき箱を掲げて朗々と語っている。
その姿が少し気になり見ていると、にまにまと八重歯を見せて笑うマロンが話しかけて来た。
「ああいう子がタイプなの?」
「ん?」
「じっと見てたから」
そういう意味での“気になる”ではないのだが……。
「ああ、いや、前にどっかで会った気がしたってだけだ」
「ナンパのセリフはもう少し工夫したほうが良いよ」
「この話まだ続けんのかよ」
からかって来る彼女に呆れながら顔を顰めたその時、脳裏に閃きが走った。
「思い出した。《魔道具》屋だ」
「《魔道具》っていうと……あの回復させてくれるランプ?」
「そうだそうだ、前に露店で売っててそれで買ったんだ」
近くに置いておくことで傷を癒せる《養橙のランプ》。
遠くから〈魔術〉を撃つだけの俺はともかくマロンはそれなりにお世話になっているアイテムだ。
彼女の実力なら一対一ではそうそう攻撃は受けないが、複数体相手との乱戦になると手傷を負うこともある。
これまで何度かあったそういう場面で《養橙のランプ》は活躍していた。
「へー、じゃあお礼を言わないとね」
「やめとけって、今仕事中なんだから」
村人達の食いつきは上々だ。熱心に話に聞き入っている。これを遮ることはできない。
セールス現場を素通りし少し行ったところで宿屋を発見した。早速入ってみる。
「すいません、今日から三日泊まりたいんですが」
「部屋はどうするんだい? 一人部屋なら一人9000ティル、二人部屋なら15000ティルだよ」
そう言えば部屋割りを決めていなかった。
「私は相部屋でもいいけどなぁ。リュウジ君はどうしたい?」
意地の悪い笑みを浮かべてそう聞いてきた。先程もそうだったが、最近はこんな感じでからかってくることも多い。
ちょっと前まではもう少し遠慮というか壁みたいなものがあった気がするのだが、まあ距離感が縮まったと喜ぼう。
「そうだな、金も最低限しか持って来てないし二人部屋で節約したほうが良いか」
〈魔術〉の練習をしたいので別々の方が望ましい。しかし恥ずかしがったと勘違いされるのは業腹だった。
女子と同じ部屋に泊まるのは正直どうかと思うが……まあ提案して来たたのは向こうだしいいか。
「はいよ、二〇三号室ね」
部屋の鍵を受け取り二階に上がる。
店主と思しき女性は特に気にする素振りもなかったので、この世界ではそこまでインモラルなことではないのかもしれない。
部屋に荷物を降ろした俺達は遅めの昼食をとり再び森に出かけた。
「何気にこの辺まで来るのは初めてだな」
「そうなんだ。私はE級の頃に何度か来てるよ」
タセリ村の北東、つまりメルチアからずっと東に行ったところ。
以前、薬草採取で訪れた場所からさらに奥へと進んだのが現在地である。木々は密度を増し道も険しくなって来た。
木の根に足を取られないよう注意しながら探索する。
「にしても全然魔物こねぇな」
「そりゃぁそんなに気配放ってたらね。この辺りまで来ると大抵の魔物が《気配察知》持ってるし、《迷宮》の魔物と違って野生のは同格以上には近寄らないから」
奥地の魔物は俺の気配に気付くとすぐに離れて行ってしまう。
浅部でも野生動物系の魔物はそうしていたが、ここに来てそれがより顕著になった。今は小竜を送還しているがそれでもほとんど寄って来ない。
傍にいるとは思えない程気配の希薄なマロンに謝罪する。
「悪い、俺が《潜伏》持ってないせいで」
「気にしないでよ、リュウジ君は私に付き合ってるだけなんだし。それに《クラッシュライノ》なら逃げずにむしろ寄って来るかもしれないしさ」
「だといいんだが。アイツにまで逃げられるようだったら別行動しなきゃならねぇ」
《クラッシュライノ》。それはサイの魔物の一種であり俺達がこの森に来た目的でもある。
「その時はまた日を改めてソロで来るよ。私の《装備品》の素材だからね」
そう、俺達が《クラッシュライノ》を探しているのは角を加工してマロンの《装備品》にするためだった。
事の発端は二日前、砂漠フロアの《区間守護者》を倒した後。マロンから一つの相談を受けた事だ。
『明後日から東の森で活動してもいいかな。この槍新しくしたいの』
今の槍は丈夫で扱いやすい代物らしいが第十一階層以降に持って行くのは荷が重いと言う。長く使っていてガタが来ていることもあり新調を考えていたそうだった。
そして先日、東の森の奥地に《クラッシュライノ》が現れたという話を小耳に挟み、孤児院の方ももう大丈夫そうだったため、遠征に行きたいと申し出たのだった。
《迷宮》攻略を急ぐ理由もなかったので了承し今に至る。
「《装備品》か……」
小さく呟いて籠手に包まれた右手を見つめる。籠手の中の指には指輪が幾つもはまっている。
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装備 ジェネラルヘルム
柔鉄の籠手
柔鉄の鎧
風魔術師の指輪
風魔術師の指輪
風魔術師の指輪
風魔術師の指輪
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《風魔術師の指輪》ランク3:装備者の魔導力を引き上げる。装備者の風魔術を強化する。
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これは《職権濫用》の《装備品》だ。《風魔術師》になったことで召喚できるようになった。
目立つので使っていないが、他にも〈魔術〉の威力を上げる杖と魔力消費を抑えるマントを呼び出せる。
このように、《スキル》で補えているため俺は《装備品》を買おうとは思っていなかった。
しかし自力で素材を集めようとしているマロンを見ていると、果たしてこれで良いのだろうかと思えてくる。
「俺もオーダーメイドの《装備品》を揃えた方が良いか?」
「どうかなー。私は近接武器からオーダーメイドにしたけど魔術師のリュウジ君はそこまでこだわることないんじゃない? 動きを邪魔しなくて《装備効果》さえ良ければそれで」
「それもそうか。まあ今度よさげなのを見かけたら考えよう」
納得して、俺は探索に意識を戻した。




