100.最期
本日二話目です。
前話がまだの方はそちらからお読みください。
「獲物の分際でっ、無駄に手間かけさせてくれますねっ!!」
肩で息をしつつ、血まみれのユーカが怒鳴る。
彼女の視線の先には、空き地の壁にもたれかかり、ピクリとも動かないリュウジ。
〈ストームブルーム〉の衝撃で、あそこまで吹き飛ばされたのだ。
『おー、怖。でも勝てたんだし良かったじゃねえか。早く《スキル》奪っちまおうぜ』
「全然よくありま、つぅ、《癒し手の小指》もここまでですか」
精神に語りかけて来た悪魔に答えつつ立ち上がる。手持ちの回復《スキル》は使い切ったが、動ける程度にはなった。
彼女が至近距離で炸裂した嵐を生き残れたのは、何と言うことはない。ただただ回復《スキル》を湯水のごとく注ぎ込んだからだ。
少し歩き、嫌な予感がして鑑定を使う。
「《ライトインサイト》」
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個体名 リュウジ
状態 死亡
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戦闘中は通じなかったが、死亡したことで《シークレットリング》が《装備解除》され、《ステータス》を鑑定できるようになったのだ。
憎たらしい敵対者が死んでいることを確認し、しかし彼女は激昂した。
「あ゛あ゛ぁぁぁっ、クソっクソっクソっ!! 奪えなかったじゃないですか!!」
『ハハハッ、タダ働きだったな』
「なに笑ってんですか!?」
ヒステリックな叫びを聞き流しつつ、《強欲》の悪魔は考察する。
リュウジが自爆気味に放った〈ストームブルーム〉。あれがトドメとなったため、《強欲》が発動しなかったのだ。
なかなか強そうな《スキル》だったため欲しかったが、無いなら無いでそれでもいいと悪魔は考えていた。
『それより騎士共に見つかる前に早く逃げようぜ』
「いえ、待ってください。この気配は……」
その時彼女らは、高速で接近する気配を捉えた。
気配は真っ直ぐにこの空き地を目指しており、ものの数秒で到着する。
「今頃やって来たんですか、マロンさん。そうだ、リュウジさんから奪えなかった分、あなたの──」
「邪魔っ」
「へ……?」
ユーカが最期に感じたのは、痛みだった。
さっと隣を風が吹き抜けたかと思うと、直後、全身の細胞が爆裂したかのような激痛に襲われた。
実際には傍を駆け抜けたマロンが肩を押し、そこの肉がゴッソリと抉り取られただけなのだが。
ただ、マロンは数多の能力を発動させていた。肩を押すという攻撃に付随して、それらが流れ込んで行く。
《抵抗力》が削ぎ落ちる。デバフ耐性が半減する。バフが全て解除される。《毒》になる、《麻痺》になる、《病》になる。肉が腐る、爛れる、溶けて行く。骨が捻じれ、罅割れ、棘のようにささくれ立つ。全身の血が沸騰し、強酸性を帯び、枯渇して行く。回復が阻害され、生命力が強奪され、そして痛覚が増幅される。
リュウジとの戦いで多くの《スキル》と魔力を使い果たしていたユーカには、それらに耐えきることは不可能。
リュウジに駆け寄るマロンの後ろで、想像を絶する惨苦に呑まれながら、《強欲》の悪魔とその契約者は誰に知られることもなくこの世を去ったのだった。
◆ ◆ ◆
其処は、沼の底のよう。
温度は無いのに生温く。
色は無いのに真っ暗で。
体が無いから心も霞み。
意思も意識も保てない。
夢見るような無意識が、無意義に連続する泥濘。
その中に、雲間からの光のような一筋の白が差し込んだ。
上下も左右もない此処で、真っ直ぐ上から降りて来たと直感できるそれは、俺の元まで来るとシュルリと体に巻き付いた。
いや、待て、体? そんなものさっきまでは……。
などと思考して──これもつい先程までは出来なかったことだ──いると俺の体が引っ張られた。光だと思っていたそれは、どうやら糸のようだった。
昼間の陽光、あるいは線香から立ち上る煙のように真っ白な、糸。
それに引っ張られ、時には自分の手で手繰り寄せ、無の海面から飛び出し、そして──。
「ぶはっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」
息をする。長い潜水から浮かび上がったみたいに。荒く呼吸をして。空気を吸い込む。
なんだ、何か、酷い夢を見ていたような。
「良かったぁ!」
「ぐえ」
背後から、万力の腕力で抱きしめられた。
柔らかな獣耳が頬に触れて少しくすぐったい。
首だけ動かして振り向けば、抱き着いていたのはマロンだった。
「ちょっと力を緩めてくれっ」
「あ、ごめんごめん」
マロンが離れる。
目端が少し赤い。
「で、何があったんだ_」
「何って、覚えてないの? リュウジ君、死んでたんだよ?」
「は? ……あ、いや、思い出して来た」
寝起きの朧げな意識が徐々に形を取り戻して行く。
直前までの記憶もはっきりしてきた。
「そうだ、俺はユーカに、やばいっ、早くアイツを追いかけねぇと!」
「ユーカちゃんならもう殺したよ」
「……何だって?」
事もなげに言ってのけるマロン。
ほら、と動かした指の先を目で追ってみると、目を覆いたくなるような惨状が見えた。
ギリギリ顔は判別できるが、それ以外は見るも無残なことになっている。
「な……、は……?」
「闘技場の方を片付けて戻って来たら戦闘の気配を感じてね。それで急いで駆け付けたの。ごめんね、殺される前に助けられなくて。ちゃんと仇は討ったよ」
「待て、殺された? じゃあ、何で俺は生きてるんだ……?」
てっきり《薬品》で傷を回復させたのかと思っていたが、死んでいたとなれば話は変わる。
死者に《薬品》は使えないはずだ。
「《後楽亡蜘亜》って覚えてる? 第二十階層の」
「あ、ああ。区間守護者の蜘蛛だろ」
「そう、そいつ。そいつの持ってた《蜘蛛の糸》を使ったんだよ。効果時間がシビアな《スキル》だけど、間に合って本当に良かったよ」
《蜘蛛の糸》ランク7:周辺で死亡した者を《復活》させる。
言われて、あの守護者が《復活系スキル》を持っていたことを思い出す。
「だからって何でマロンが」
「もういいでしょ、その話はまた後でするから。先にオーナーさん達とかユーカちゃんのこととか片付けなきゃ」
質問攻めにする俺に痺れを切らし、マロンが俺を立ち上がらせる。
桃餅屋にミラベルを置いてけぼりにしていることを思い出し、俺も急いで走り出した。
それからは、昼食を食べる暇も無いほどに忙しくなった。
まずミラベルだが、彼女は特殊監獄に幽閉となった。
強力な罪人を捕らえるための郊外にある施設であり、外部とは幾重もの防壁で遮断されている。
彼女への尋問もそこで行われた。
結果を言うと、彼女は懲役刑で済んだ。脅されていたことや自首したこと、自分の意思では誰も殺していないことなどが理由であると思われる。
ミラベルはが契約候補者の名前と住所を記録しており、その後の契約者発見に大きく寄与したこと。
一部の騎士の記章が教祖の諜報用《魔道具》にすり替えられており、騎士団が混乱していたこと。
等々が減刑方向に作用したそうだが、そのことを俺が知るのはこれから数日後のことである。
次に魔神教団だが、これはマロンが壊滅させたのだという。
街を歩いていると何やら怪しい者を見つけ、後を追うと強力な悪魔を発見。見つかってしまったため交戦し、教祖とその配下の魔神兵を鏖殺した。、
ということになっている。
奴らが集まっていたという廃教会には《グレーターデーモン》の受肉体の死骸があったため、その証言は信憑性のあるものとして扱われているが、それが嘘なのは事前に聞いていた。
港町ペティのヘンリエッタから魔神教団について聞き出したため、王都に来てからずっと独自に調査していたのだそう。
そしてユーカだが、彼女に関しては簡単に話が付いた。
捕縛しに向かった騎士を始め、悪魔を憑依させるのを見た者が大勢いる。
ユーカ本人も既に死亡している。
以上の二つから、《強欲》の悪魔と契約し通り魔を働いていたとして死刑扱いとなった。
どうやって死体をここまで損傷したのかと聞かれたが、そこは俺が〈魔術〉を撃ちまくったことにしておいた。
そうして長い聴取や事後処理を終え、俺達は宿屋に帰り着いた。
夕暮れのことだった。
「それで、結局なんでマロンは《蜘蛛の糸》を使えたんだ?」
諸々の用事を終え、就寝する直前の時間。
自分達の部屋に戻り、問いかけた。
「それはね、私の《ユニークスキル》でコピーしたからだからだよ。まあ、口で説明するより見てもらった方が早いと思うから、《腹割り》、発動」
彼女が何かの《スキル》を使うと、《ステータス》情報が俺の脳内に流れて来た。
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人間種―獣人 Lv77
個体名 マロン
スキル 槍術(上級)Lv10 体術(上級)Lv1 風魔術(下級)Lv7 土魔術(下級)Lv4 火魔術(下級)Lv10 水魔術(下級)Lv9 暗視Lv10 気配察知Lv10 全知全能(限)Lv-- 潜伏Lv10
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「……全知、全能……?」
マロンの《ユニークスキル》は《ビーストボースト》と《凶神に捧ぐ舞踊》だったはずだ。
それらが無くなり、代わりに《全知全能(限)》という見慣れない《スキル》が表示されている。
「そう、それが私の唯一の《ユニークスキル》だよ。効果は単純で、鑑定した相手の《スキル》を使えるようになるの」
リュウジ君の《双竜召喚》とか《職権濫用》も使えるよ、と平然と付け加えた。
「強すぎるだろ……」
「ふっふ、凄いでしょ」
「ああ、凄い。……秘密を明かしてまで助けてくれてありがとうな」
「へへへへ、別に、気にしないでよ。困ってる人を助けるのなんて当たり前のこと、でしょ?」
照れたように視線を逸らしつつ、そう言ったマロン。
俺は姿勢を正し、そして腰を折って深々と頭を下げる。
「改めて、ありがとう。《復活》させてくれたこと、ユーカを殺してくれたこと。今日の恩は一生かけても必ず返す」
《復活》してからずっと考えていたことだ。
殺される寸前、苦痛に鈍麻した思考の中で、俺はたしかにユーカを殺すつもりで〈魔術〉を構築した。
無我夢中で作りかけだった〈ストームブルーム〉を完成させた。
結局それでは及ばなかったが、代わりにそれを成してくれたマロンには感謝している。
無闇に人を殺すのはよくないという思いに変わりはない。
けれど一度殺されて、世の中にはどうしようもない者も居るのだと、実感を持って理解できたのだ。
だから感謝の言葉も、何の気負いもなく口に出せた。
「ちょ、いいってそんな畏まらなくっても。仲間、なんだし。私もリュウジ君が無事で安心したよ」
「そういう訳には行かない。マロンが殺されるようなことはないだろうが、俺も出来る限りのことをする。まずは誠意として俺の秘密を明かそう」
「《竜の血》とか《称号》のこと? それならとっく知ってるよ」
俺は首を横に振る。
「そのことじゃない。俺が、マロンと出会う前のことだ。……俺は、元はこことは別の世界に居たんだ」




