99-2.VS《強欲》 その2
かつて、冒険者だった頃の私は、いくつものパーティーを渡り歩いていた。
手を握って上目遣いに頼んでやれば、馬鹿な男達はそれだけで顔を赤らめ、二つ返事で加入を許す。
低位のバフと回復〈魔術〉しか使えなかったけど、パーティー探しに困ることはなかった。
報酬も他の人より少し多めにもらえていた。探索中は軽い怪我を治すくらいしかしてなかったのに。
笑ってしまうくらいにチョロい奴らばかりだった。
長く一緒にいると距離を詰めて来るのだけはウザかったけど、それも他のパーティーに乗り換えれば問題はなかった。
そんな風にして、私の冒険者生活は順風満帆に進んでいた。
それが崩れ去ったのは私がC級冒険者になってすぐのことだった。
その日、私はまた新しいパーティーを探していた。
男だらけのカモパーティーを見つけ、いつも通りに可愛い子ぶって近づけば、簡単に取り入ることができた。
彼らは揃って下卑た視線を向けて来たけれど、そんなのよくあることなので不快感を隠すのは慣れたものだった。
一緒に《小型迷宮》へ行き、とある廃城の隅の方まで探索し、そこで事件は起こった。
「キャっ」
「げっへっへ」
パーティーメンバーの一人に突然押し倒された。
助けを求めて他のメンバーを見ても、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべているだけ。
嵌められたと気付くのと、首にナイフを突き付けられるのは同時だった。
杖を奪われ服を剥かれ、男達から代わる代わる暴行を受けた。
耐えて、耐えて、耐えて、それから隙を見て逃げ出した。
「待ちやがれっ」
「へっ、焦んなくてもあっちは行き止まりだぜ」
「ヒャハハッ、いい年して鬼ごっこかぁ?」
ゆっくりとした足取りで追ってくる男達から必死で逃げた先、そこで私は宝箱を見つけた。
藁にも縋る思いで開けたそれの中には、宝珠が一つ。
きっと《魔道具》なのだと思った私は、無我夢中で魔力を込めた。
『ようようよう、裸の嬢ちゃん。お前ぇは俺っちに何を願う?』
宝珠が、《封魔玉》が壊れ、そして悪魔が現れた。
悪魔のことなんておとぎ話でしか知らなかったけど、迷わず契約を交わした。
力の使い方は自然と理解できた。悪魔を自身に憑依させ、《レベル》が悪魔と同値まで引き上げられる。
「お、おい。な、なんか様子が変だぞ」
「何だアレ? 黒い……靄?」
その段になってようやく追いついた男達だったが、それは致命的なまでに手遅れだった。
「死ね」
「な、痛ェえ゛え゛え゛え゛っ!!」
《レベル》任せの暴力的な一撃。
けれど悪魔と同《レベル》となった彼女の攻撃は、《レベル30》前後の男達には目で追うのも難しい物だった。
殴られた男の腕が拉げたのを見て、他の男達は慌てて逃げ出す。
それを私は余裕綽々に追う。
狩る者と狩られる者の立場は逆転していた。
連中を始末し《迷宮》を出た私は、仲間が殺されたと報告した。二つの群れに挟まれてしまい、後衛の自分しか逃げ切れなかったと言えばあっさり信じて貰えた。
私自身の戦闘力が低かったのも一因だったと思う。
それから受付嬢に転職した。周囲には仲間の死がショックだったからだと言っていたけれど、本当の理由はもちろん違う。
憑依中に悪魔から共有される《強欲》を有効活用するためだ。
憑依中は《経験値》と同じで、奪った《スキル》は悪魔の物になってしまうけど、悪魔の《スキル》は共有できるので自分のものになるのと同じこと。
《スキル》集めに余念は無かった。
ギルドの資料を盗み見るのは容易だった。
その中から、使えそうな《ユニークスキル》持ちの名前を覚え、優しく接してやった。
生憎、《ユニークスキル》を持つような強い冒険者は成長するとすぐ北ギルドに流れてしまうけれど、一部の物好きや育ち切っていない《ユニークスキル》持ちなんかは南ギルドにもそこそこの数がいた。
そういう人達に近づき、信用を得た。男でも女でも、ちょっと優しくしてやればコロッと信用してくれるのだからチョロいものだ。
その後で夜、二人きりになったところを襲った。路地裏に誘い込むこともあった。
彼ら彼女らの悲鳴を聞くたび、命乞いをされるたび、《スキル》を奪うたび、心が晴れやかになった。
男達に付けられた消えない傷が、癒されていくように感じた。
そんな日々にも慣れて来た頃、マロンやリュウジに出会った。
メルチアでも非常に希少で強力な《ユニークスキル》を持つ二人。
いつも以上に愛想よく接していたが、誤算だったのは二人の成長速度。
充分に信用を得るより早く北ギルドに移ってしまい、それだけに留まらずメルチアからも出て行ってしまった。
けれどこれは好機でもあった。
これまでの狩りでメルチアギルド側も警戒心を強めていたのだ。ここでの活動も潮時だったし、王都行きは悩むまでもなく決められた。
幸運にも冒険者登録を担当できたため『マーキング』は済んでおり、広い王都でも見つけることに支障はない。
(うふふ、待っていてくださいね、お二人とも。私のために育ててくれたその《スキル》、きっちりいただいてあげますから)
そんなことを考えながら、私は王都行きの馬車に乗り込んだ。
◆ ◆ ◆
「〈サイクロンローラー〉」
空き地に踏み入ったユーカに範囲〈魔術〉を放つ。
地面を捲り上げながら進む横倒しの竜巻。横幅の広いこの〈魔術〉を避けるには跳ぶしかない。
そこを狙うべく魔力を練り上げる中、ユーカは一歩足を進め、
「《散魔棍召喚》!」
召喚した魔棍を振り下ろす。
燐光を振り撒くその棍棒は、迫る竜巻を見事に相殺した。
「〈ウィンドブレイク〉」
相殺されたのには驚いたが、慌てず〈魔術〉で追撃する。
ユーカはあまり武器を使い慣れていないようで、棍棒を振ったことで重心を持って行かれている。
また、《風魔導士の杖》を《装備》している今は、風の〈魔術〉の性能が向上している。
これで決着だ、という思いも半分くらいはあった。
「《完壁》、《ソーラーアーマー》、《亀の構え》」
暴風の塊は、《障壁系スキル》を一瞬の拮抗の後、突破。
そしてユーカに到達するも、彼女は光の鎧を身にまとっていた。
金属の擦れる耳障りな音と共に、暴風が鎧を壊し切る。
だが、それだけだった。
何らかの《スキル》で《防御力》を高めた様子のユーカには、ダメージを与えられなかった。
半分分かっていたことだが、真正面から耐えられるのは少し予想外だ。
「〈マッドハンド〉」
「効きませんよ!」
拘束〈魔術〉の間合いに入ったので泥の腕を伸ばしてみたが、半数が棍棒で叩き落された。
左腕と右足を捕らえられたものの、右腕に持った棍棒によっていとも容易く千切られた。
おかしいとあの棍棒を鑑定したところ、〈魔術〉を打ち消しやすくなる《装備効果》があるようだ。〈魔術〉攻撃は不利と考えた方が良いだろう。
「チョコ、ミルク、頼んだ」
「ガウッ」
「グラッ」
成竜二体をけしかけた。
対するユーカは棍棒を両手持ちに切り替える。
そして未だ距離があるにも関わらず、棍棒を下から上へと勢いよく振るった。
「《グランドアッパー》!」
彼女の前方、棍棒を振るった先に、強烈な上昇気流が生じる。
それは大気を震わせ土砂を巻き上げ、成竜達をも呑みこみ上空へ吹き飛ばした。
〈術技〉、ではなく《スキル》か。その証拠に、彼女の動きは止まらない。
上昇気流はすぐに消えたが、その間に結構な高さに打ち上げられたため、成竜達が戻って来るにはもう少しかかる。
ユーカを阻む者はいない。
「これで終わりですねえ!」
棍棒の間合いまであと数歩。
〈魔術〉を撃っても棍棒に散らされる。
魔術師としては詰みの状況だ。
俺は《風魔導士の杖》を手放し、
「《職権濫用》」
散鉄銃を二丁呼び出して即座に発砲した。




