99.VS《強欲》
「《朽ち鎖》」
ユーカが手をこちらに翳す。途端、虚空より錆びついた鎖が伸びて来た。
鋭い棘が生えており、巻き付かれればただでは済まない。
「〈アイアンウォール〉」
鉄の壁で道を塞ぐ。
攻撃を防ぐと共に、視界を遮って警戒心を高めさせ、その間に距離を取る算段だ。
「そぉれ!」
「〈ウィンドカッター〉」
鎖が壁の上を越え、空から襲って来た。どうやら軌道を自由に操れるらしい。
風の刃を当てるも、多少たわんだくらいで切断には至らない。
「〈バーストブロウ〉、〈ガストブレード〉」
垂直に爆風を当てて叩き落とし、地面を蹴って後退。
そして〈ガストブレード〉を一閃。
耳障りな音と共に、鎖を中ほどから断ち切った。
破壊されたことで鎖は消滅して行く。
「《泡食》」
けれどユーカの攻撃は終わらない。今の間に準備を済ませていたらしく、追撃は迅速に行われた。
パチン、と泡の弾ける音がしたかと思うと、鉄の壁に円い穴が空いた。
音はそれからも連続して鳴り、その度に穴の数は増えて、壁の限界はすぐに訪れた。
消えた壁の向こうから、無数の泡が飛んで来る。
「〈スノーストームストリーム〉」
下がりつつ吹雪を放った。
泡はまとめて凍り付き、その奥のユーカも──、
「《ペガサスレッグ》ッ、残念でしたね!」
──跳んで躱された。
さらに宙を蹴ってこちらに接近してくる。
逡巡する。退くべきか、否か。
《称号効果》の飛行能力を最大限発揮すれば、恐らく彼女から逃げられる。宙を蹴る系の《スキル》は回数制限があるのが常だ。
だが、俺が逃げた場合、ユーカはどう動く。
大人しく王都から去るのならまだいい。けれどもし、行き掛けの駄賃とばかりに関係の人達を襲ったら。
そこまで考えたところで、取るべき選択は決まった。
「〈フレイムウォール〉」
「《火鼠の皮》!」
炎の壁を作り上げ、一歩足を引く。
ユーカは何らかの《スキル》を使って炎の壁を正面突破し、俺は踏み込みながら彼女に杖を振り下ろした。
「らァッ」
「は?」
呆気にとられた彼女の脳天に杖が直撃。空中で前のめりな姿勢になっていたこともあり、そのまま頭から地面に墜落した。
「《双竜召喚》、《成竜化》」
チョコとミルクを召喚し、成竜にする。ミルクは俺の護衛に残し、チョコだけ突撃させた。
チョコがバサリと羽ばたくが、ユーカはまだ倒れている。
それを見て、俺は「勝てる」と思った。
ユーカは後衛の《職業》なため肉体《パラメータ》が低い。《強欲》で奪った《スキル》には《パラメータ》強化系もあるはずだが、それらを含めてもマロンの動きには及ばない。
《気配察知》も使い慣れていないらしく、先ほどの不意打ちにも対応できていなかった。
これなら生け捕りにすることも可能かもしれない。
そんな考えが間違いだと気付かされたのは、この直後だった。
「《迅雷撃》」
突如、稲妻が落ちた。
落下地点はチョコの前方辺りであり、すんでのところで引き返せたが、あのまま進んでいれば今頃黒焦げになっていただろう。
ヂヂヂヂと帯電する路地の向こうで、ユーカが軽く身を起こした。
両手は地面に着けたままで、五指には土が抉れるほどの力が込められている。
「あ゛あ゛あ゛あぁっ油断した油断した油断した! この私をぶん殴りやがって、クッソ、絶っ対許さない! 《リディストリビューション》っ、《鬼化粧》っ、《フルアクセル》っ、《ハートビートオーバーヒート》っ!」
彼女から感じる威圧感が膨れ上がった。
「! 〈セイクリッドウォール〉!」
チョコの前に光の壁を生み出すと同時、ミシミシと軋む音がした。
壁の向こう側には拳を突き出した姿のユーカ。
半分倒れた不自由な体勢から、一瞬で攻撃に移行したのだ。
これまでとは段違いの《敏捷性》。
「随時発動《スキル》を使ったのか」
「ご名答! 分かったところでどうにもなりませんけどね!」
刺すような鋭い気配を感じて、跳躍。
「《芝刈り斬り》」
直後、足首のあった位置を斬撃が走り抜けた。
〈セイクリッドウォール〉と、それから路地を挟む建物の壁。それらに一本の線が刻まれる。
くっきりとした傷痕は、切れ味の高さを物語っている。
「《スコルピオンストライク》」
「〈バーストブロウ〉」
ユーカの肩から半透明なサソリの尻尾が生えた。
それがバネのように伸長する直前、俺は、俺自身に爆風を当てて空中を移動。
後方の路地に降り立った。
「〈アイアンショット〉」
鉄の弾丸をユーカに撃って、成竜達と共に脇の路地に逃げ込む。
弾丸は簡単に躱され、すぐさまユーカが追いかけて来る。
「アハハッ、逃げようとしても無駄ですよぉッ。私の方が速いんですから!」
「…………」
《死力駆けの劇薬》の効果はとっくに切れている。
《スキル》全開状態のユーカが相手だと《パラメータ》では敵わない。
「〈エレメンタルアシスト〉、〈ウィンドアシスト〉、〈エレメンタルブースト〉、〈ウィンドブースト〉、〈エレメンタルアシスト〉──」
なのでバフを掛けつつ逃げに徹する。
「〈ロックシュート〉」
「無駄ですよッ、ハァ!」
《敏捷性》では依然負けているので〈魔術〉で足止めしつつ、人の気配のない方へと進んで行く。
それでもいずれは追いつかれるので、並行して場所探しも行う。
二つ目の角を曲がってから少し行ったところで、ちょうどいい場所を見つけた。
「《ローリングパニッシャー》!」
直径二メートルほどもある回転刃が、通路両脇の壁を削り取りながら向かって来る。
高速で迫るそれを、俺達は横へ、つまり今しがた見つけた空き地へと飛び込むことで回避した。
面積は家屋一軒分くらい。特に物はなく、雑草に覆われているだけのだだっ広い場所だ。
ここならば攻撃範囲の広い〈魔術〉も使える。
逃げるのを止め、この空き地でユーカの到着を待つ。
「ようやく逃走の無意味さに気付いてくださってたのですね。私は《スキル》で疲れ知らずですが、リュウジさん違いますから。あのまま走り続けて体力を浪費するなんて、死ぬ前に余計に苦しむなんて可哀想ですから良かったです」
などと言っているが、強い騎士や冒険者に助けを求められては困るため、内心では安堵していることだろう。
ちなみに俺の体力はほぼ全快だ。《竜の体現者》の回復効果である。
「無駄な抵抗を止めれば楽に殺して──」
「〈サイクロンローラー〉」
「──いいでしょう、抵抗するというのならば、嬲り殺して差し上げます」
王都の空き地にて、第二ラウンドが始まった。




