表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/108

97.VSマロン

《死力駆けの劇薬》 ランク4:《敏捷性》を一定時間大きく引き上げるが、体力を少し消耗し魔力を継続的に激しく消耗する。


 かつてメルチアの《小型迷宮》を攻略した折、最終守護者の《ドロップアイテム》から作ってもらった《薬品(ポーション)》だ。嚥下した喉から、焼けつくような感覚が全身に広がる。

 副作用として気怠さがまとわりつくが、湧き上がる高揚感がすぐにそれを吹き飛ばす。

 《敏捷性》の大幅な向上により、体が軽くなったような錯覚を覚えた。


「用意が良いね」

「お前相手に使うことになるたぁ思わなかったがな」


 俺が〈エレメンタルアシスト〉を掛けるのとマロンが飛び出すのは同時だった。

 まず飛んで来たのは拳打。ジャブくらいの感覚で放たれたそれを籠手でガードする。と、鈍い金属音と重い衝撃が俺を襲った。

 歯を食いしばって耐えるも、続けざまに追撃のジャブが襲ってくる。


 右、左、右と見せかけての前蹴り。

 すんでのところで訓練用の杖を間に挟めたが、受け止め切れない。


「づっ」


 鎧越しだというのに、凄まじい衝撃が腹部を襲う。

 戦闘が昼食を食べる前で良かったな、と思わされるほどの威力であり、部屋の隅に張った〈セイクリッドウォール〉の元まで後退させられる。


「っ、〈ブリンクリジェクト〉っ」


 堪らず緊急避難。すぐに消えるものの強度の高い光の壁でマロンを足止めする。

 数秒しか持たないので素早く次の手を打とう。


「〈エレメンタルブースト〉、〈エレメンタルアシスト〉」


 取りあえず《パラメータ》を引き上げる。

 先程までは見通しが甘かった。

 《ジェネラルヘルム》や俺の〈魔術〉によるバフが無く、さらに槍を持っていないため〈槍術〉のバフも無いマロン。

 今の彼女にならば、《死力駆けの劇薬》と増幅バフで対抗できると思っていた。過信だった。

 《称号》の視力強化込みでも防御するので精一杯だった。

 近接戦の間合いで見るマロンの動きは、後方から見ていた時よりもずっと速く感じられる。


「《双竜召喚》、《成竜化》」


 そしてミルクとチョコを両方呼び出す。

 仲間だからと踏ん切りがつかなかったが、俺が負けては後ろのミラベルが危ない。

 《死力駆けの劇薬》の副作用も、《竜の血》の回復量からすれば誤差なので魔力面でも問題はない。


 俺が双竜に《成竜化》を施したタイミングで光の壁が消滅した。


「双竜か、本気になったんだ」

「ああ」


 二体の成竜がマロンに襲い掛かる。

 並みの変異種以上に強力な成竜、それの二体掛かりなら勝てるかもしれない。そんな期待は虚しく散った。


 大型肉食獣に匹敵する巨体の突進を受け止め、爪撃を掻い潜り、拳を叩き込む。

 地に伏せ尻尾の横薙ぎをやり過ごし、噛み付きをバックステップで避けつつ、顎を蹴り上げる。

 彼女と成竜が激突する度に、徒手空拳とは思えない重音が響く。


 マロンが素手であるため致命傷には程遠いが、成竜達の攻撃は掠りもしない。

 今はまだ成竜達も食らいつけているが、近く限界が来るのは明らかだ。

 地面スレスレの薙ぎ払いをマロンが跳躍で躱した、このタイミングで俺も仕掛ける。


「〈マッドハンド〉、〈ウォーターバインド〉」


 二体の合間を縫って泥の手と水の縄が伸びる。

 破壊力が皆無な代わりに、コントロールをしやすいのが拘束系〈魔術〉の利点だ。

 まして空中に居るマロンには回避行動は取れない。

 しっかりと四肢を拘束し、宙で磔となった彼女にチョコを突撃させる。


「ふンッ」


 ブチブチブチッ。

 拘束具がいとも容易く引き千切られた。

 〈ウォーターバインド〉はともかく〈上級魔術〉の〈マッドハンド〉までそうなるのは少し予想外だ。

 彼女に向かっていたチョコは、いまさら勢いを止めることもできずそのままタックル。

 空中は竜に有利なフィールド、押し負けることは無い、はずだ。


「ていッ」


 マロンは宙で身を捻り、蹴りを繰り出した。

 それはチョコの顔面を強かに横殴りにしたが、そのくらいで突進は止められない。

 しかし彼女の狙いは別のところにあったようだ。


「とりゃッ」


 蹴りの反作用を利用して弾かれるように水平移動、突進の軌道を外れると共に壁に着地。そのまま壁を強く蹴り、三角跳びの要領で俺の元へ跳躍して来る。


「ガウッ」


 後詰だったミルクが動くも、僅かに間に合わない。


「〈ウィンドアシスト〉、〈ウィンドブースト〉」


 本来は成竜達に掛けるつもりで用意していたバフを自身に使用。

 《敏捷性》を一段階、上へ。

 マロンの体感速度が僅かに落ち、そこへ杖を振り下ろす。


「シッ」

「甘いよッ」

「っ!?」


 彼女はさながら真剣白刃取りのように訓練用の杖をキャッチ。そして強引に引っ張った。

 マロンの《攻撃力》の前では抵抗など無意味、簡単に奪い取られてしまう。

 跳躍の勢いは殺せたが、杖は奪われてしまった。


「クソっ、食らえ!」

「遅いよッ」


 着地したマロンへ近付きつつ拳を握ると、彼女も奪った杖を槍のように突き出して来た。

 初動は完全に同時で、けれど速度は彼女が上だ。

 リーチの差もあり杖の方が先にヒットする。

 鋭い突きが正確に俺の鳩尾を打ち据える──、


「召喚解除!」


 ──その直前に《職権濫用》を解いた。

 杖がふっと消え失せる。


「え、ぎゃんっ」


 そして直後、踏み込みと共に放ったストレートが、マロンの顔面を直撃した。

 電柱を殴ったみたいな分厚い感触が、籠手無しではこちらの拳が砕けていたことを如実に物語っていた。

 殴り飛ばされた彼女は床に転がるが、大したダメージになっていないのは明らかだ。


「……痛い」

「あ、その、大丈夫か……?」


 うつ伏せになったマロンが呻き、思わず声を掛ける。

 戦闘中だったとはいえ、仲間を殴ったのは罪悪感がある。

 けれどその間も警戒は緩めていない。一発入れたくらいでへばるなどと楽観はしていない。

 成竜達を呼び戻し、《風魔導士の杖》も再召喚してマロンに突きつける。


「うぅ、酷いよ……」


 彼女はべたりと倒れたままの体勢でボソリと呟いた。

 冷や水を浴びせられた後のような、戦意を感じさせない声だった。


「悪かった、いや、でも、しょうがないだろ……」


 気まずい空気が流れる。

 警戒は解かないが、マロンからは先程までの突き刺すような雰囲気は感じなかった。


「……なんで、そんなにその人のこと守ろうとするの?」

「なんでって、そりゃあ襲われてる人がいたら助けるだろ。ヘアーナさんにも頼まれたしな」


 戦闘前にも言ったのと同じ言葉を繰り返す。


「……それは私を、仲間を攻撃してでも?」

「仲間だからこそだ。大切な仲間だから、間違えないようぶつかってでも止めるんだ」


 それと先に攻撃したのはそっちだったろ、と付け加える。

 マロンもその気だったのだし勘弁してもらいたい。


「……私は、間違ってた?」

「いや、それはまだわかんねぇけど……でも、俺かマロンは間違ってるわけだろ。だってのにマロンも俺も相手を殺す気なんてなかった。それは互いに相手のことを信頼、してたからだと思う」


 信頼されている、なんて面と向かって言うのは気恥ずかしく、言葉が詰まった。


「マロンがミラベルさんのことをよく知らなくて信じられないのはわかる。というか俺も人伝(ひとづて)に少し聞いただけだし。だけど、なんていうか、殺したら取り返しがつかねぇと思うんだ」


 勢いで話していたから言いたいことがこんがらがって来た。

 ただ、説得するには今しかないという思いから、必死に言葉を紡いでいく。


「ミラベルさんも間違ったことをしてしまったのかもしれない。けど間違いなんて誰にもあるんだ。それこそ今、俺かマロンのどちらかは間違ってるんだし。だから──」

「……そっか……」


 そう呟いて、彼女が上体を起こす。

 多少赤くなる程度で目立った傷はなく、少しホッとする。


「……うん、わかった。正直まだ疑ってるけど、信じてみる。その人のことはリュウジ君に任せるよ」


 戦闘が始まってからは蚊帳の外、というか光の壁一つ隔てた向こう側でへたり込んでいたミラベルを指さしてそう言った。


「い、いいのか……?」

「うん。私も、その人のことを詳しく知ってるわけじゃないし。ま、暴走するようならまた来て殺すけどさ」


 何だかんだでマロンは諦めてくれた。

 こうして俺は彼女との勝負に勝った(?)のだった。

 明日から毎日投稿です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ