10.貧民街★
狼達を返り討ちにしてからは特に何事もなくメルチアまで帰り着けた。
薬草や素材を換金しギルドを後にする。昇格試験を受けたかったのだが今日はそもそもやっていなかったらしい。明日の十時から訓練場でするそうなので遅れないようにしなければ。
日は傾きかけているが夕飯の時間にはまだ早い。街の中を見て回ろう。
建物と建物の間の細い道を抜けあちらへこちらへ。これまでは大通りを中心に回っていたが今日は買う物もない、あてどなく気の向いた方へと歩いていく。
裏通りの街並みは商業用の店舗が並ぶ大通りとはまた違った趣があって新鮮な気分が味わえる。
興味の湧いたお店を覗いたりしながら散策しているといつの間にやら人気がめっきりなくなっていた。たまに見かける人間は皆、座り込んでいたり俯いていたりして元気がない。
見るからに治安が悪そうである。貧民街とかいう奴だろうか。長居してはトラブルに巻き込まれそうなので急いで離れることにした。
「──!」
舗装のされていないあぜ道を足早に歩き丁字路に差し掛かった時だった。微かに悲鳴のような声が聞こえた。
……実は道が分からず困っていたところなので声がした方に行ってみよう。少し進むと何人かの男達が集まっているのが見えて来た。
「オラッ、俺らの何が悪いってぇ? もっぺん言ってみろ!」
どうやら男達は一人の青年を囲って足蹴にしているようである。うずくまる青年は泥だらけで出血もしている。
思っていたより事態が深刻で焦って声をかけた。
「オイオイオイやり過ぎじゃないか!?」
「あぁん? なんだオメェ」
「ただの冒険者だよ。そんなことより暴力は良くねぇぞ。何があったか知らないが私刑に走るんじゃなくしかるべき機関に──」
「うるせぇっ、テメェらやれ! こいつも袋にして身ぐるみ剥ぐぞ!」
「へい!」
リーダー格と思しき小太りの男の命令に従い周囲の男達が一斉に向かって来る。数は四人。《レベル》は十ちょっと過ぎ。特筆すべき《スキル》は無し。全員武器は持っていない。
「ちょっと野蛮過ぎねえ!?」
心からの疑問を叫び一歩後ずさる。笑顔で握手してハイ仲直りになるなんざ思っちゃいなかったがまさかノータイムで喧嘩吹っ掛けられるとは。
だがまあ話が単純なのは助かる。暴力に暴力で対抗することの危うさは前世で嫌って程教えられたが人助けのためだし仕方ねぇ仕方ねぇ。
対人で銃は過剰だしここは正々堂々ステゴロで行こう。殴り合いなんて部に入って以来やってなかったが《レベル》やその他諸々がブランクを埋めてくれるはずだ。
二歩下がり三歩下がり、逃げ腰の俺を見て男達が勢いづいたところで地面を蹴って飛び出す。僅かに動揺した先頭の男を蹴りつけ後続にぶつけた。
そこそこ狭い通路であるからと一列に並んでいては数の利は活かせない。
「この野郎!」
一番後ろに居たため団子になるのを免れた男が殴りかかってくる。懐に潜り込む動作で拳を躱し膝蹴り、膝蹴り、ヘッドバット。男はそれでダウンした。
その男を脇に押しやり前方に向き直る。最初に蹴り飛ばした奴に巻き込まれ足を止めていた二人が向かって来ていた。
軽くフェイントを交え、左側の男の横をすり抜けざまにラリアット。くの字に折れた体を壁へと蹴り飛ばす。その隙にもう一人が突き出して来た足を右手の手甲で受け止め、押し返し、すかさず引っ張り体勢を崩させタコ殴りにしてやった。
「ひっ、ヒイィィィ!」
リーダー格の男が悲鳴を上げみっともなく逃げ出す。追いつくのは簡単だが今はそれよりも青年の治療が先だ。ランプの《魔道具》を取り出し魔力を込めて青年の近くに置く。
優しく暖かな光が灯りいかにも傷が癒えそうな雰囲気が醸し出される。
治療が済むのを待つ間に倒れた男達を縛っておくか。四人の内二人は逃げ出していたが残りは倒れたままだった。運搬用のロープを取り出し両腕を後ろ手に縛り上げた。
「うーん、やっぱ鎧着てるのはちょっとズルした感あるな」
俺が終始優位に立てたのは《敏捷性》の差もあるがそれと同じくらい鎧を着ていたのが大きい。まあ喧嘩を売って来たのはあっちだしそれほど気に病む必要はないか。
「う、ぐぅ……治療までしていただき、ありがとうございます」
しばらくして。〈魔術〉の練習をしながら待っていると青年が声をかけて来た。歳は俺と同じくらい、人の好さそうな顔立ちをしている。
血塗れ泥だらけで服もボロボロだが傷は大丈夫になって来たようだ。呻いているのを見るにまだ万全とは言えなさそうだが。
「俺は襲われたから身を守っただけです、気にしないでください。それよりどうして襲われてたんです?」
「子供達が恐喝されているのを見かけ割って入ったのです。何とか子供達は逃がせたのですが私は奴らに捕まってしまい……。その後はご存じの通り踏んだり蹴ったりです」
「えっ、お前ら子供から金巻き上げてたのか?」
「ハッ、ガキのくせに給料なんて貰っても無駄遣いするに決まってんだろ! だから俺達が有効活用してやろうとしてたんだよ!」
状況が分からず不安だったがこいつらをノして正解だったみたいだな。この治安の悪い世界では襲われたのを返り討ちにしたくらいじゃ罪にも問われないらしいし。
青年──名前はノールと言うらしい──が充分に回復するのを待ってから口を開く。
「なあ、俺この辺りの道が分からないんだわ。衛兵のとこまで案内頼めるか?」
「お任せください。この周辺の道は頭の中に入っています」
なお敬語は外していいと言われたので普通の口調に戻っている。ノールにも楽にしていいと伝えたが素が敬語なので気にしないで欲しいと返された。
ゆっくりと歩き出したノールに付いて行くことしばし、道の先に詰所が見えて来た。逃げた奴らが仲間を連れて戻ってくるのを警戒していたが、途中で一度捕らえた男達が逃走を図った以外は特に何も起きなかった。
なお男達は両手を縛られていたのですぐに捕まり今も渋々と俺達の前を歩いている。
詰所に着いた俺達は事情を説明し男達を引き取ってもらった。軽く事情聴取も受けたが男達は気味が悪いくらい大人しく罪を認めたためすぐに済んだ。
帰り道でノールに訊ねてみたところ、下手に言い逃れすると罪が重くなったり拷問による聴取が行われたりするので傷害くらいの罪だと普通は自白するのだとか。
拷問とはまた恐ろしい。冤罪とか多そうだ。
やけに詳しいなと思いそのことも聞いてみたらなんと彼は衛兵なのだという。昨年に入ったばかりの新人で、今日は非番で街を歩いていたところたまたまカツアゲ現場に遭遇したらしい。
「衛兵という立場にもかかわらず情けないところを見せてしまい申し訳ありません」
「相手は集団だったんだししゃあねーよ。それに衛兵の仕事中なら剣とか盾とか使うんだろ? 武器持ってたら結果は違ってたと思うぞ」
実際、ノールは《剣術》に始まり《弓術》、《体術》、《盾術》、《槍術》と多くの《武術系スキル》を持っている。しかもその大半が《中級》という充実のラインナップだ。
「そう言っていただけると励みになります。……あ、リュウジさん、ここが私の家です。本当にご宿泊先までお送りしなくても良いのですか?」
「ここまで来りゃ道は分かるからな。それじゃあまたな」
「はい、またお会いしましょう。毎週水曜と木曜は非番なので気軽に声をかけてくださいね」
「おう!」
ちなみに今日は木曜日だ。
ノールと別れ宿屋に向かう。大通りに出たので迷う心配もない。茜色の空の下を一人歩きながら《ステータス》を確認する。
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スキル 剣術(下級)Lv1 体術(下級)Lv2 砲術(上級)Lv2 風魔術(下級)Lv10 土魔術(下級)Lv3 火魔術(下級)Lv4 光魔術(下級)Lv2 水魔術(下級)Lv5 職権濫用Lv2 双竜召喚Lv1 竜の血Lv--
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《レベル》は変わりないが《スキル》がどっと増えた。《魔術系》はもちろんさっきの喧嘩で《体術》も得られたようだ。
ちなみに〈術技〉だと〈体術:石拳〉と〈風魔術:ウィンドボール〉を習得した。
歩きながら〈石拳〉を試す。これは《防御力》を少し引き上げる〈術技〉で軽く意識するだけで使え消耗も硬直もない。効果量は低いが常に発動しておける便利な〈体術〉だ。
〈ウィンドボール〉は風の球を放って攻撃する〈魔術〉なので街中では試せない。
そんなことを確認している内に宿屋に着いてしまった。
明日は昇格試験だ。全力を出すためにもしっかり食べて休んで英気を養おう。




