閑話 雪も悪くない(クリスマス特別編2021)
クリスマス――それは現代日本では恋人達にとっての大切なイベントのうちの1つだろう。
子供達にとっては、プレゼントを貰える夢のある一日。
家庭によっては、祝わない人も居るのだろうが、大抵はチキンやケーキを買って24日にお祝いをして、25日の朝、サンタを信じる純真な子供の親はサンタからのプレゼントとだと言いながら喜ぶ子供を微笑ましく見守る(かなりの偏見が含まれております)そんな日。
24日の夜は恋人達がイルミネーションを見ながら愛を語って居たのだろうが、残念ながら俺にとってクリスマスは普通に仕事以外に予定はなかった。
そもそも、休みすら貰えない環境で恋人との甘い夜なんて期待できる訳もなく、サンタを少しでも信じる夢見る子供心は残酷にも社畜ルートへ誘われた時点でへし折られていた。
世の中、そんなに甘くないんだよねぇ。
そんな俺なのだが、実はフィリアと出会うまでは少しだけ雪には苦手意識があった。
残業の明かりの中で1人山奥で仕事をする日々――その中で大雪を寒い中1人で雪かきしながら辛うじて眼下に見えた夜景はなんとも切ない気持ちになるからだ。
二度目の英雄時代には無論、クリスマスなんて風習はなく、考えなかったのだが、久しぶりにその存在を思い出したのは、珍しいことに今世で大雪が降ったからだろう。
俺の住んでいる今世、スレインド王国は四季もある素敵な所なのだが、冬に大雪が降ることは滅多にない。
まったく降らない訳ではないが、積もることがないのだ。
比較的雪国……というか、雪山での最初の前世があった俺としてはそれはそれで、新鮮だったのだが、朝起きて珍しく積もってる雪にはなんともいえない切ない気持ちにさせられた。
「……シリウス様、なんか今日テンション低い」
朝、俺を起こしに来てくれたセシルから見ても俺は雪で少し気分が落ちているらしい。
「うーん、寒いのは少し苦手でさ」
「……それは分かる」
元気に雪かきを終えて稽古をしてる騎士たちの声が聞こえると、俺はそちら側で無くて良かったと心底思ってしまうものだ。
「シャルティアは外?」
「……うん、走ってる」
相変わらず俺の騎士は頑張り屋だこと。
後で温かいものでも差し入れしようかな。
「でも、こっちで大雪は珍しいなぁ」
「……シリウス様、多分そろそろ」
「え?何が――」
その言葉を言い終わる前に、バーン!と、部屋のドアが開いて、弾丸のように何かが俺のお腹に突撃してきた。
「おじちゃまーー!!!」
「――ごふっ」
無論、それは見なくても誰か分かってしまうが、俺は何とか踏みとどまると突撃してきた我が姪に軽く挨拶をする。
「お、おはよう、ティー。朝から元気だね」
「おはよう、おじちゃま!」
にししっと、愛らしく微笑む我が姪であるティファニー。
何故か毎回の如くタックルをくらうのだが……ホントに何故タックルされるだろう?
悪気のないこの笑みを見てると、注意する気も失せてしまうが……はしゃいでる顔は、父親であるレグルス兄様に似てる気がする。
まあ、あんまりレグルス兄様がはしゃいでる顔は見たことないけど……兄様、いつもイケメンな微笑スタイルだし。
「おじちゃま!ゆきだよ!ゆき!」
「ああ、そうだね」
「あそぼ!あそぼ!」
「はいはい、とりあえずご飯を食べさせて貰えるかな?」
元気いっぱいな姪はどうやら、雪に大はしゃぎのようだ。
珍しいものだし、仕方ないか。
朝食を取ってる間も、ティファニーは落ち着かないようにソワソワしていたが、双子の姉のスワロは寒いのが苦手なのか俺同様テンションは低めであった。
「おじちゃま!はやくはやく!」
朝食を終えると、グイグイと俺を引っ張って外に出ようとするティファニー。
それを見た使用人さん達は、止めるのは難しいと分かってるのかティファニーをさり気なく厚着させて外で遊べるようにしてあげていた。
本気にお仕事ご苦労さまです。
「わぁー!しろーい!」
「そうだねー」
ぬくぬくとしながら窓越しにこちらを見てるスワロの視線を感じながら外に出ると、さっそく雪に突撃するティファニー。
双子でも対称的で面白い2人だこと。
姉は室内でゆったりぬくぬく読書で、妹は外でお転婆に雪遊び。
まあ、どっちも可愛い姪には違いないけど。
「おじちゃま、くらえ!」
「おっと……危ない危ない」
雪を見た子供の行動なんて、世界が違っても大体一緒のようだ。
ティファニーの投げてきた雪玉をひらりと躱す。
「むー、えい!」
可愛らしく投げるが、子供の腕力なので届かない方が多いのは言わぬが華かな?
そうして、雪合戦を挑んでくるティファニーだが、俺が雪だるまを作り始めるとすぐに興味はそちらに移り、かまくらでテンションがマックスになったのには微笑ましかったものだ。
「……えい」
「ふん!」
……まあ、隣で氷塊みたいな雪玉を投げるセシルと、それを全て剣で斬るシャルティアを見ると何とも言えない気持ちになったが。
「……シリウス様、お疲れ様」
途中で、体力の限界になったらしいティファニーを部屋へと送ってから自室に戻るとお茶を用意してくれるセシル。
「ありがとう。子供のは元気でいいねー」
「……シリウス様も、一応子供」
そういえば、そうだったな。
お茶を楽しんでから時刻を確認する。
そろそろかな?
「さてと……」
「……どこか行くの?」
「フィリアの所だよ。2人も来るよね?」
そう聞くと、頷こうとしたシャルティアを押さえつけて、セシルが口を開く。
「……向こうには着いてく。でも、せっかくだし、その後は、今日はフィリア様に譲る」
「よく分からないけど……まあ、分かった」
せっかく、フィリアの元に行くのだから、2人きりの時間を楽しめよという、婚約者から婚約者へのエールだろうか?
なんというか、俺には勿体ないくらいよく出来た娘さん達です事。
まあ、いつでも行けるからそんなに気にしなくてもという気もするが……円滑な人間関係というのは、こういう所からなのかもしれないなぁ。
そんな感じで、空間魔法で2人を連れて、転移してアスタルテ伯爵家に転移をする。
「あ、シリウス様」
部屋を訪れると、フィリアはゆったりと読書をしてる所だったようだ。
なんとも、絵になる光景に少し見惚れてから外を見て言う。
「フィリア、こっちも雪結構降ったんだね」
「はい、使用人の皆さんが頑張って雪かきしていました」
嬉しそうにそんなことを話すフィリア。
なんというか……フィリアの綺麗な銀髪を見ると、雪という物も存外悪くないと思えるから不思議だ。
外で光が反射した雪なんかよりも、よっぽど綺麗な銀髪の女の子。
うん、今日も俺の婚約者は可愛い。
「こんなに積もるなんて珍しいよね」
「ええ、でも、綺麗ですよね」
「うん、そうだね。でも、俺はフィリアの方が綺麗だと思う」
思わずそんなベタな台詞で返してしまう。
本心なんだもの……仕方ない。
「そ、そうですか……?」
「うん。フィリアの綺麗な髪が雪みたいに白くて好きだし、フィリアの全てが好きかな」
「えへへ……」
照れるフィリア。
うん、いいね。
「せっかくだし、外で雪遊びでもする?」
「いいですね。あ、じゃあ、セシルさんとシャルティアさんも如何でしょう?」
「……いいの?」
「宜しいのでしょうか?」
「ええ、勿論です」
ニッコリと微笑むフィリア。
その後、婚約者達と雪遊びをする事にしたのだが……なんというか、前世の時期的にはクリスマスシーズンな頃合いだけど、大人な聖夜はもう少しお預けかな?
今は、今世で出会った、雪のように白い髪を持つ俺の好きな人とのんびりできる幸せを喜ぶとしよう。
フィリアのお陰で、雪も悪くないと思えるようになったしね。





