42 聖母様
「おねがい!領主様に会わせて!」
ある日、何気なくセシルとシャルティアを連れて領主館に転移すると、門の前が騒がしかった。
見に行くと、幼い女の子と衛兵が言い合っていた。
いや、女の子を衛兵が宥めていたのだった。
「だから、領主様は今はいなくて……それに、何の確認も無しじゃ領主様には会わせられないよ」
「そこをなんとか!今じゃないとダメなの!」
……何だろ?
前に、こういうパターンで待ち伏せて闇討ちって感じの展開があったけど、女の子が演技ではなく本気で懇願していた。
あまりに必死そうなその姿を見ると、無視する訳にもいかず、俺はその場に足を動かしていた。
「どうかしたの?」
「え?あ、領主様!」
衛兵が俺を見て驚いていると、女の子はその小さな体を使ってスルリと衛兵を交わすと俺に抱きついてきて言った。
「領主様、お願いします!お母さんを助けてください!」
「助けるって……何かあったの?」
「お母さん、病気で……薬飲んで治してたの。でも、一昨日から様子が変で、お医者さんも、もうダメって……」
「それで何で俺に?」
医者がダメというのに、俺に何とか出来るのだろうか……ということもなく、理由は分かっていたが一応聞いてみた。
「領主様が前に、魔法使って怪我を治したの見て、もしかしたらって……あの、お金はないけど、私何でもします!だから……だからお母さんを助けてください……!」
あまりに必死なそんな懇願をスルー出来るほど、俺も冷酷ではないようで、気がつければ泣いてる女の子の頭を撫でて微笑んでいた。
「とりあえず、見てみようか。案内してくれる?」
「は、はい!」
「よろしいのですか?もし罠だったら……」
「うん、まあ、大丈夫だよ。お仕事お疲れ様。後よろしくね」
心配する衛兵を労って、俺は少女と共に少女の家へと向かう。
「……シリウス様、やっぱりお人好し」
「お優しい方だからな。お前と違って」
「……不可解。シャルティアより優しい」
「どの口が言う」
後ろで、そんなことを言う2人には悪いが……そんなにいい人間じゃないよ俺?
割と心はダークネスだから。
少女の家に着くと、中には苦しそうに横たわる女性がおり、その少女の母親であることは明白だった。
「お母さん!」
「……」
「お母さん?お母さん!」
返事も出来ないほど……ということか。
「落ち着いて」
「で、でも……」
「大丈夫だから、ね」
そう微笑んでから、俺は女性の様子を確認する。
別に医学に詳しい訳ではないが、魔法で治せるか治せないかくらいの判断は出来る。
うん……なんとかなるかな。
「少しだけ、そのままで」
そう言ってから俺は、女性の上に手をかざすと、治癒魔法を発動させる。
いつも使ってるのとは別の治癒魔法だ。
治癒魔法には大きくわけて3つのカテゴリーが存在する。
外的治癒、内的治癒、そして、精神治癒。
外的治癒、別名、外傷治癒はいつも使ってる、怪我を治す治癒のこと。
内的治癒とは、目に見えない病気などを治す治癒のこと。
そして精神治癒……これは、英雄時代の前世に壊れた心を無理やり繋ぎとめたり、と本来治癒が不可能な精神という存在に作用する治癒のことだ。
今回使うのは、内的治癒。
病気の元になる病原菌を消して、その作用で起こった現象を1つづつ治していく。
淡い緑の光が俺の手から女性へと流れるが、その光景はきっと、客観的に見たらそれなりに神秘的なのだろうと思う。
まあ、集中してる俺には分からないけど。
そうして、数十秒。
ゆっくりと、光が止むと、女性の顔色が戻っていて、呼吸も落ち着いていた。
うん、大丈夫そうだね。
「りょ、領主様!お母さんは……」
「うん、もう大丈夫だと思うよ」
「本当に!?」
「本当に。と、目を覚ましそうだね」
薄らと女性は目を開けると、俺にすがり付いていた女の子を見て微笑む。
「ミモザ……」
「お、お母さん?お母さん!大丈夫なの!?」
「ええ、何だか体が軽くなったみたい……気分もいいし、不思議だわ」
「うぅ……おがあざん〜!」
我慢していたのが切れたのか、女性に抱きつく少女。
微笑ましい光景なので、邪魔をしないように俺は調理場を借りると、食べられそうな軽いものを作る。
材料は、空間魔法で亜空間に閉まっておいたものを使って、ゆっくりと準備をしてから、落ち着いた母娘の元に戻ると、少女は涙を浮かべながら言った。
「領主様、お母さんを助けてくれてありがとうございます」
「気にしなくていいよ。それより、これ2人で食べて。お母さんの方も栄養必要だろうけど、君も最近ご飯ちゃんと食べてないでしょ?」
見たところ、ここ数日食べてるように見えなかったので、そう言って温かいご飯を出すと、嬉しそうに食べる少女。
「あの……領主様。この度は本当にありがとうございました。それで、その……お金なんですが……」
「ん?別に要らないよ?」
「え?で、ですが……」
まあ、治癒魔法を仕事にしてる人なら、貰うのだろうが、俺の場合は治癒で稼ぐ必要もないので、そう答える。
とは申せ、タダより高いものはないとはよく言ったもので、やっぱり不安なのか表情を曇らせる母親に俺は少し考えてから言った。
「じゃあ、1つだけお願いね。もう、無理しちゃダメ。仕事なら紹介してあげるから」
「それはどういう……」
と、首を傾げる女性に俺はコソッと耳打ちする。
「……娘さんのことを本当に考えるなら、身体を第一に。知り合いのお店が人足りないそうだから、そこで働くといいよ」
過労に続き、何かしらの病気にかかったのだろう。
生活の苦しさを、なんとか働いて埋めていたようだけど、過労とは得てして辛いものだ。
俺だってそれに気づいていても、誰も助けてはくれなかった。
だけど、今度は俺がそれを見つけてやれる。
それに……
「女の子の涙は、お金よりも価値があるからね」
そう微笑むと、女性はうるっとしてから、「ありがとう……ございます……」と俯く。
一応、あまり口外はしないように伝えたが、病で明日をもしれぬ人だった女性が復活したことは広まり、そしてそれを助けたのが俺だというのもバレてるらしい。
更に、何故かこの件とたまにやってる慈善活動での治癒でのことから、『領主様』以外に『聖母様』と呼ばれるようになったのだが……解せぬ。
どの辺に聖母要素があったのだろう……聖女でないだけマシなのだろうか?
そんな風に悶々とするのだが、フィリアやセシルやシャルティアは何故か納得していた。
いや、本当に何故?





