34 セシルへのプロポーズ
「……シリウス様、どこに居たの?」
部屋に戻ってくると、セシルが少し不機嫌そうにそう聞いてきた。
まあ、最近は一緒の時間が長かったからね。
「少しね。セシル、少し出掛けない?」
「……分かった。シャルティア呼んでくる」
「いや、今回は2人だけで」
その言葉にセシルは驚きつつも、どこか嬉しそうに頷くのだった。
そうして、現在。
俺とセシルは、王都の街を2人で歩いていた。
「セシル、何か食べる?」
「……シリウス様にお任せする」
「そっか、じゃあ、美味しい露店知ってるから行こうか」
ナチュラルに手を繋いで2人で歩く。
「……今日のシリウス様、大胆」
「こういう俺は嫌い?」
「……嫌なら、振りほどいてる」
こうして手を繋いで歩いても、姉弟にしか見えないかな?
セシルやシャルティアだとそうかもしれない。
フィリアでも、仲良しな兄妹に見える可能性も高い。
うちの領地なら、俺たちのことを婚約者、夫婦扱いしてくれるが、他ではそうはいかないのがなんとも言えないところだ。
まあ、そのうち俺もナイスなイケメンに……は難しいだろうけど、渋い大人の男になれるはず。
……え?それは無いって?
いやいや、未来なんて分からないしね。
うん、そのはず。
希望は捨てちゃダメなのだ。
「ねえ、セシル。聞いてもいい?」
「……なに?」
「俺の側に居たいって言葉……嘘じゃない?」
「……? 当たり前、だから今ここにいる」
「そっか……」
俺はそっと、セシルの眼帯に触れるとその眼帯を外して綺麗な金色を眺める。
いきなりのことに驚きつつも、セシルは俺にはその金色の瞳を向けてくる。
そんなセシルの目を見て、俺はシンプルな言葉で想いを伝えた。
「好きだ」
「……」
「俺の婚約者になって欲しい」
「……本当に?」
「嘘は言わない」
懐から、取り出すのは、先程入手してきたばかりの、婚約指輪。
セシルのは、この前のサンダータイガーの魔石である、雷の魔石を加工して作った黄色い指輪。
本気を伝えるのにはいいだろう。
「婚約指輪。受け取って貰える?」
「……シリウス様、私の目」
「綺麗だよね。それで?」
「……お母さんとね同じ目らしいの」
「そっか」
なるほど、母親譲りの目か。
いい贈り物だと思う。
そんなことを思っていたら、セシルはポツリポツリと目のことを話してくれた。
片目だけのせいで、色々言われてたこと。
闇魔法を使ったら、それを憎む父親に目を焼かれたこと。
目の傷を消して欲しかったのは、父親が愛した母親の目を治したかったということ。
全てを聞き終わってから、「……そんな私だけどいいの……?」と、少し不安げな表情で聞かれた。
いいも何もなぁ……
「そんな、セシルがいいんだよ」
色々言葉を尽くせればいいが……残念なことに接客経験しかなく、女性の口説き方は知らない。
だから、俺が思ってることを隠さずにストレートに伝えるのが1番だろう。
すると、セシルは少しだけ瞳に涙を浮かべてから――微笑んで言った。
「……ふつつか者ですが……末永く、よろしくお願いします……」
「うん、任された」
スっと、左手の薬指に婚約指輪をはめる。
――と、そこで辺りから、拍手が巻き起こる。
場所が場所だけに、人目を集めてしまってたようだ。
一応、幻惑の指輪をつけており、俺が第3王子であるとは誰も分からないはず。
とはいえ、公衆の面前での公開プロポーズ……我ながら大胆なことをしたものだ。
セシルはといえば、分かっていたようで、少しだけ恥ずかしそうにはしていたが、それでも嬉しそうに微笑んでいた。
「……シリウス様」
「ん?なにかな?」
「……今、返せるものない。だから……これで許して」
そう言ってから、セシルは俺の頬にキスをしてきた。
「……唇は、フィリア様が最初……だから、お預け」
そういえば、セシルは年上だったな。
早くもこんな返しをしてくるのだから、セシルという女性は強かさも大したものだ。
俺の女性への耐性がゼロなのも影響してるだろうが、頬へのキスだけでかなりドキドキしてしまってる。
それに、ここでフィリアのことを慮るのは、彼女の優しさとこれからのための処世術ってところだろうか?
何れにしても、こんな子供からの求婚を受けてくれて一先ずホッとした。
相手に、『もう少し大きくなったらねー』とか、軽く流されたら、それはそれで振られるよりもショックかもしれない。
そもそも、相手にすらされてないという絶望……うん、なまじ、精神が育ってるために、やんわりとした言葉の中にある意味が分かって辛くなる。
『ごめん、好きな人がいるの』とか、嘘を言われるのとは別の辛さ。
……経験談じゃないよ?
社畜に恋愛なんて自由許されないから、したことも無かった。
2度目の人生は姫様にトラウマを植え付けられて、初夜で心をへし折られた。
あれはもう、ただの罰だと言えるだろう。
むしろ、あの1回を乗り越えた俺は凄いと自画自賛したくなる。
そんな俺なのだが、今の頬へのキスだけでもドキドキが凄いので、セシルへの好意は本物なのだろうと再認識したのだった。





