29 討伐と誓いと宣言
目的地に着いて外に出るとナイトはまた隠れてしまった。
少し寂しそうなシャルティアには申し訳ないが、仕方ない。
そうして、サンダータイガーの目撃された場所に向かうが、探すまでもなくサンダータイガーはすぐに発見できた。
「げ、大きすぎじゃない?」
「なんかパチパチしてる……」
アインとクレイがサンダータイガーを見て顔を引き攣らせる。
無理もないか。
ワイバーンと同じくらいの大きな上に、全身が常時微量ながら放電してパチパチと光ってるのだ。
雷というのは、魔法の属性の中では風魔法の応用技として存在してるのだが、使える人は滅多に居ない。
そして、雷の属性の魔物も滅多に居ないから、冒険者であっても見るのが初めてという人は多いだろう。
剣や盾、拳など直接触れるのは、ある程度の装備でないと感電死するし、何より雷の速度は見てから防御する間もないほどに早い。
事前にサンダータイガーの動きを見極めて、防御や回避をしないとダメなのだ。
「さてと……クイーン」
俺の言葉を受けて、先程まで小さかったクイーンが元の大きさにもどって翼を広げた。
その神々しさに全員がペガサスであるクイーンを見つめるが、当の本人は俺にじゃれついてくる。
可愛い奴め。
「さて、クイーン。悪いけど4人を守っててくれる?」
その言葉に頷くクイーンだが、他の4人は驚いたような表情をしていた。
「ま、待ってください!ペガサスが戦うんじゃないんですか!?」
シャルティアが全員の疑問をぶつけて来る。
ペガサスは雷を操ることが出来る。
それに天をかける上に速いのだから、皆は当然そうだと思うのだろう。
とはいえ、それは普通ならの話だ。
「クイーンでも勝てるけど、とはいえ、あれを無傷で倒すのは難しいからね」
サンダータイガーはその素材のどれもが高い。
お金には困ってないが、どうせなら高く売りたいのだ。
「……シリウス様、無傷で勝てるの?」
「少し工夫すればね」
「……私達足でまとい?」
「適材適所ってやつかな」
普通に戦うのに雷という属性は相性が悪い。
上位の装備か、専用の装備が必要だからだ。
そんな俺の答えにセシルは頷くと聞いてきた。
「……ちなみに私を連れて勝てる?」
「まあ、やろうと思えば」
「……じゃあ、側に居させて」
「ならば、私もお願いします」
思わぬ2人からの申し出に困惑していると、アインとクレイが慌てたように言った。
「ちょっ、流石に無理でしょ!」
「2人も連れてあの雷を防げるとは思えないけど……」
「出来るよ」
ぎょっとする2人から視線をセシルとシャルティアに向けると俺は聞いた。
「ただ、俺から離れないように約束出来る?」
「……うん。大丈夫」
「分かりました」
そう言いながら抱きついてくるセシルと控えめに服の袖を掴むシャルティア。
「……そこまで近くなくても大丈夫だよ?」
「……残念」
スっと離れるセシルだが、少しだけ勿体ない気もしてしまう。
別に、抱きつかれてても倒せないわけじゃないしね。
俺の側を着いてくる2人。
そんな2人を連れて、俺はサンダータイガーへと近づいていく。
足音で気づいたのか、距離が縮まるとサンダータイガーは威嚇するように身体中を放電させて俺たちを見据えた。
と、その時だった。
突然俺たちの頭上が光って、雷が落ちてきたのだ。
あまりの速度だが、事前に読んでいた俺は魔力壁で完全に防ぐ。
魔力壁は、自身の魔力で防御する技で、魔法使いの基礎とも言えるが、これは魔力量によって強度が左右されるために使い手を選ぶのだ。
俺の魔力量なら、この程度の雷は余裕で無効化出来る。
雷を打ち消されてご機嫌ななめになったのか、サンダータイガーは俺たちへと突進してくる。
触れれば感電死、勢いの強い突進でもほとんど死、牙や爪でもアウト。
本当に厄介な相手だ。
「2人とも、ここから離れないようにね」
そう告げると、俺は魔力壁をすり抜けて、サンダータイガーの懐に飛び込む。
触れば確かに脅威だが、触らなければ関係ない。
そんな訳で、魔力量にものを言わせた魔力を纏わせた手によって掌底を食らわせる。
上空に吹き飛ばされたサンダータイガーだったが、すぐに着地するとこちらを鋭く見据えてきた。
「まあ、当然か」
とはいえ、この身も大分前世の英雄だった頃の力に戻りかけてるのが分かってホッとする。
強ければ、いざって時に大切な人を守れるからね。
……まあ、社畜には戻りたくないけど。
そんな訳で、次をどうしようかと考えていると、別の魔物の気配を後方から感じた。
すごい速度で向かってくるそれは、真っ直ぐに向かってくると、魔力壁の内側にいる2人に目掛けて襲いかかってきた。
「くっ……!」
速度も乗っていたことで、全力の攻撃をしてきたそれは、魔力壁を破って2人に襲いかかるが、シャルティアがなんとか盾で受け流していた。
あの飛龍の盾なら、多少の雷なら持つのか……
そう、もう1匹も雷の属性を持つ魔物、俺が対峙しているのと同じサンダータイガーだったのだ。
2体いるとか聞いてないが……俺が側から離れたから魔力壁が弱まってしまっていたのかもしれない。
ギリギリ間に合ったが、シャルティアには感謝しないと。
「シャルティア、セシル、怪我は?」
「……大丈夫、シャルティアのお陰」
「いえ、領主様の魔力壁で威力が殺されてなければ防げませんでした」
とはいえ、防げたのはシャルティアの技量の賜物だろう。
さてさて、どうしたものか。
そんなことを考えていると、こちらのサンダータイガーと向こうのサンダータイガーが同時に動き出した。
また盾で防ごうとするシャルティアだが……今度の雷の量はあの盾では防ぎきれない。
俺は目の前のサンダータイガーを風魔法の暴風で巻き上げると、時間を稼いで、すぐに2人の元に向かう。
盾と雷を纏った爪がぶつかる前に、俺はシャルティアを抱き上げると触れないように風魔法の暴風でこちらも巻き上げて時間を稼ぐことにする。
少し離れた位置までシャルティアを抱えて移動すると、セシルも歩いてこちらに来たがセシルの視線には少しだけ羨ましそうな色がシャルティアに向けられていた。
そのシャルティアはといえば、何故か顔を赤くして俺を見ていた。
そこで、ふと自分の今の状況を冷静に見つめることになる。
何となく、女の子を抱っこする時はお姫様抱っこという感じで、シャルティアをお姫様抱っこしてしまっていたが……8歳児にこうされるのは流石に不服かもしれない。
「ごめん、咄嗟だったからさ」
「……い、いえ。あ、あの、重くないのですか……?」
「いや、全然。シャルティアは軽いね」
盾や防具の重量は魔法で消しているが、素の体重自体はそんなに重くはない。
むしろ、スレンダーで背が高い分軽いかもしれない。
少しだけ筋肉質ではあるが、そのくらいはかえって彼女の魅力になっているのだろうと俺は思う。
「……シャルティア狡い」
「……うるさい、見るな」
「……でも、満更でもない」
「……ああ」
何やら2人で通じてる感があるが、下ろそうとするとシャルティアがその前にポツリと聞いてきた。
「領主様は……領主様も、筋肉だらけの背の高い可愛げのない年増はお嫌いですよね」
「ん?まあ、人にもよるからな。その条件には当てはまらないけど、シャルティアみたいな人は俺は好きだよ」
「………」
赤くなって黙り込んでしまうシャルティア。
そろそろ暴風の効果が切れるので、シャルティアをそっと下に下ろすと魔力壁を展開しておく。
今度はさっきよりも強くしたので、負けることはないだろう。
「2人とも、そこでゆっくりしててね。すぐに終わらせるから」
「……分かった。でも、お願いがある」
「何?」
「……後で私も、お姫様抱っこして欲しい」
「えっと……分かった」
需要があるのだろうかと思ったが頷いておく。
そうして、俺は2人の元を離れると着地したサンダータイガー2頭に向かってゆっくりと歩き出す。
獲物を捉えた2匹は俺に向かって真っ直ぐに放電して近づいてくる。
とはいえ、そろそろ終わらせるとしよう。
「ごめんね」
ゆっくりと右手を上げると、俺は無属性魔法である、睡眠の魔法を発動させた。
すると、2頭は糸が切れたように目を閉じると勢いよく転がって俺の近くへと無防備に寝姿を晒すのだった。
俺が使ったのは無属性に分類される、睡眠の魔法
睡眠の魔法は、相手を眠りへと誘う魔法。
かつて、英雄時代によく無力化することを目的に使っていたが、本当は自分を無理矢理眠らせるために編み出した魔法だった。
……まあ、そんな暇もないほどに働き詰めだったのだが……うん、泣いてないもん。
そうして、俺は2頭に近づくと無属性魔法の透過と奪取によって、体内の魔石を綺麗に抜き取る。
すると、放電していた2頭は静かになり、完全に沈黙するのだった。
「……終わったの?」
不思議そうに、近づいてきて2頭の死体を確認するセシル。
「まあね」
「……シリウス様がCランクとか有り得ないレベルだった」
「暫定のランクだし、それに冒険者ごっこはたまにしかしないつもりだから、気にしないよ」
不遜かもしれないが、軽い運動には持ってこいなので、本職の邪魔をしない程度にやるとしよう。
「ところで、シャルティア?」
「……あっち」
見れば、俺の方をぽーっと見つめていた。
何かあったのだろうか?
もしかして、さっきのお姫様抱っこを根に持ってるとか?
女心は複雑だなぁ……
「セシル、怪我はない?」
「……うん、シリウス様のお陰」
「そっか、シャルティアは大丈夫?」
そう聞くと、こくりと頷いていた。
どことなく顔が赤く見えるが……まあ、異常が無いならそれでいいか。
「……シリウス様、約束」
「え?今やるの?」
「……うん」
仕方ないので、セシルもお姫様抱っこすることに。
めちゃくちゃ抱きついてきて、意識してしまったが……ちなみに、俺の素の身体能力と身体強化の魔法でお姫様抱っこは実現していた。
フィリアなら素の体力で余裕だけど、流石に大人の女性だとまだ少し足りなくてね。
幸いなのは、2人が軽めということだろうか。
得に、セシルは13歳とはいえ、軽すぎてびっくりだった。
「あの……領主様」
しばらくして、セシルが満足したので下ろすと、シャルティアが近づいてきて聞いてきた。
「買い物の時に、私みたいな騎士が欲しいって言ってたのは……社交辞令でしょうか?」
「ん?いや、本音だよ」
「そうですか……でしたら」
と、シャルティアは俺の前で片膝をつくと忠誠を誓う騎士のように誓いを立てた。
「私、シャルティアはシリウス様に身も心も全てを捧げると誓います。私は貴方の盾であり、剣です。どうぞ如何様にもお使いください」
突然のことに驚くが……マジっぽい雰囲気に思わず頷いていた。
「えっと、よろしくね」
「はい、我が主よ」
「……シャルティア狡い。シリウス様、私も側に居ていい?」
更にそんなこと言うセシル。
「冒険者の方はいいの?」
「……元々、私もシャルティアも繋ぎでやってた仕事だから。ギルマスにはお世話になったけど、私もシャルティアもシリウス様の元に居たいの」
2人が冗談を言うタイプでないのは短い付き合いでも知ってるので、本気なのだろうが……まあ、俺としては有能で好感が持てる人材が居るに越したことはないし、断る理由もない。
2人の今のパーティーのメンバーである、アインとクレイには謝らないとなぁ……そんなことを思いながら、サンダータイガーの死体を回収してクイーン達の元へと戻るのだった。





