今日も幼馴染に告白できない。
【加賀谷晴視点】
『近すぎると気が付かない』
灯台下暗しとはよく言ったものだ。
これは人間関係にも当てはまることだと思う。
物心ついた時から一緒で、いるのが当たり前。
家族ではないが、家族同等の付き合いがある。
それが加賀谷晴と東雲雪風の幼馴染という関係だ。
小さい頃……。その頃はまだ素直だったし、とにかく楽しかったと思う。
臆面もなしに『好き』と伝えることが出来たのだから……。
『好き!』
『私も好き』
『『将来は結婚しようねー!』』
と、和気藹々とそして微笑ましく言うことが出来たのが実に懐かしい。
こんな仲の良いやり取りと関係性は、小学生の途中までは変わることがなかった。
その時は、本当に幸せで……。いや、その頃は当たり前だから幸せとは感じてなかったかもしれない。
あくまで“今思うと”という注釈をつけるべきだろう。
――そう、この関係は変わってしまった。
正確には、小学生の高学年から少しずつ変化していってしまったのだ。
所謂、思春期という心の芽が少しずつ顔を出し始めたのだろう。
一緒にいるのが妙に気恥ずかしく感じ、そして仲が良いことを他人に指摘されるのをとても嫌に思ったりもした。
『いつも一緒に仲がいいね』
『もしかして好きなの?』
思い出せるのは、何度も聞かれたこの台詞。
正直に首を縦に振ればよかったが、それが出来なかった。
理由は単純、思春期故に素直になれない精神が成長してしまっていたのだ。
そこからどうなったか想像がしやすいことだろう。
毎日、一緒に過ごしていた時間は減っていった。
遊ぶことは減り、お互いが同性の友達と遊ぶことが増えてゆく。
そして遂には、一緒に登校することも次第になくなっていった。
――別に嫌いになったわけではない。
寧ろ好きだし、本当は一緒にいたい。
けど、思春期の気持ちがそれを許さなかった。
今、思えばなんと浅ましい感情なんだろう。
それを“コントロール出来ない時期だから仕方ない”と割り切ればそれで終わりなわけだけど……。
そんな悶々とした日々を過ごしていたら、いつしか中学生になっていた。
中学生になると周りで付き合いだす人が現れる。
背伸びをしたくなるお年頃、学年が上がるにつれて恋愛に対しての動きが活発化していっていた。
告白して上手くいけばカップル誕生。そんな簡単な流れがあった。
だから、この流れに乗ろうと思った。
この大きな波に乗り、関係を変えていこう。
……そう思ったのだ。
しかし、ここで問題が発生した。
『告白ってどうすることが適切なのだろう?』という疑念だ。
時間が空いた期間、想いは大きく肥大化してしまっている。
頭を過る告白の失敗……。
そんなことになれば、今後立ち直れない程の大きな傷を心に刻むことになるだろう。
――失敗したくない。
言うのがとにかく怖い……。
言ってしまって壊れることが、思い出と一緒に崩壊することが怖い……。
でも、言わないでいつまでも“モヤモヤ”を抱えているのはもっと嫌だ。
悩みに悩んだ結果、まずは告白の仕方を吟味することにした。
告白にも種類がある。
手紙、メール、電話、アプリ……直接伝えるなどなど。
直接伝えるのは、ハードルが高い。
それこそエベレスト並みに……。
同じような理由で声に出すのもきつく感じたから、電話は無理……。
だからと言って、アプリを使ってお手軽にというのは失礼に当たる気がした。
以上のことから、一筆書いてみることにした。
『好きです。付き合ってください』
これでは駄目かもしれない。
『付き合って』の部分を“買い物に?”と勘違いされる恐れがある。
だったら……
『I LOVE YOU』
……これも違う。
これだと、歌だと勘違いしてCDを貸してくれることに……それはそれでアリだけど。
その後も書いては丸め、書いては丸め。
それが何度も続いていった。
今、自分の家には書きかけの手紙が範囲された箱がある。
他にはスマホの中だけど、下書きのまま送信出来なかったメールも……。
結局、作ってみたものの渡せなかった。
これは自分が断じて臆病だからではない。
そう断じて……。
――やっぱり、直接伝えなきゃと思ったからである。
でも告白するにはどうしよう。
そう思ったら足が銅で固められたように動かなかった。
そもそも告白していいものなのか?
他に好きな人がいるのではないか?
自分がつり合ってないんじゃないか?
雪風は魅力的な人物だ。もしかしたら恋人がいるかも?
疑念が頭の中を堂々巡りしてゆく。
嫌なことしか思い浮かばない。
相手は魅力的な人間だ。
学年全体で人気があることは知っている。
そんな相手と自分は――果たしてつり合う存在なのだろうか?
結局……。自分に自信が持てず中学時代に告白することが出来なかった。
なんて情けない。
自分の意気地の無さを思うと頭が痛くなる。
けどそんな中、一つ朗報が入った。
なんと同じ高校に進学することがわかったのだ。
風の噂で地元から離れた田舎の私立高校。
そこを第一志望にしていると聞いていたのだ。
だから、自分もそこを受験することにした。
少しでも一緒にいたいから。彼女に追いつきたいから。
色々と苦労はしたけど、無事に合格を果たしていた。
同じ学校に行けるとなれば、やることは決まっている……。
それはズバリ“高校デビュー”である。
自信が持てるぐらい自分をより一層磨き上げ高める。
そして――満を辞して告白する。
それが理想。最も断られる確率が低い。
だから卒業してからの一ヶ月、今まで以上に相当努力をした。
……雑誌で最新の流行を研究。
……異性との接し方、気遣い。
それから見た目。
これらをとにかく磨き上げていった。
――そして向かえた。
高校登校初日……。
自信がつき、身意気揚々と玄関を出たところで幼馴染とばったり出くわしてしまった。
神様の悪戯は本当に唐突で困る。
けど、同時にチャンスでもあると思った……。
『よし! 手始めに挨拶をしよう』と思い息を呑む。
『高校デビューは万全。だから大丈夫。大丈夫……』と何度も自分に言い聞かせて……。
そしていざ挨拶をしようとしたが……。
今までと違う幼馴染に気がつき、持っている鞄をつい地面に落としてしまった。
あまりの出来事にその場で固まることしか出来なかった。
――どうして中学時代より可愛くなってんの!?!?
しかも何、その眩しい笑顔!? 直視が出来ないんだけど!!
俺の努力を軽く凌駕するぐらい、幼馴染は中学の時より進化していた。
人形のような可愛らしい見た目には妖艶さも感じられ、黒く長めの髪は艶やかで風が吹くたびに一本一本が見えるぐらいサラサラとしていた。
背は変わらず低めだが、彼女の豊かな双丘は出るところは出ていて非常に目を惹くものに成長している。
……しばらく真面に見てなかったけど。
こんな風になっていたなんて……反則級だろ!
話しかけるのも恐れ多い雰囲気……。
またも突き放されてしまった絶望感が俺を襲った。
俺はそれに耐えるように拳を握り、勇気を振り絞ってなんとか声を出した。
「おはよう。いい朝だね」
「うん。私も……そう思う」
久しぶりに聞いた声は、相変わらず淡々としていて、でもいつまでも聞いていたくなるような透き通ったものだった。
俺は返事が返ってきたことにそっと胸を撫で下ろす。
ここからだ。またここから頑張ればいい。
つり合わないぐらい突き放されたのなら、追いつけるよう努力すればいい。
俺は再び――そう心に誓ったのだった。
【東雲雪風視点】
「加賀谷君、良かったら付き合って下さい」
また見てしまった幼馴染への告白現場。
……これで何度目?
幸いなことに本人には気が付かれてないみたいだけど……。
どうして私はタイミングが悪いんだろう……全く。
ちなみに“告白の噂を聞きつけて心配で見に来た”そんな事実は一ミリもない……それは、本当に。
月日が流れるにつれて彼への告白は増えてゆく一方。
そう、入学してから一ヶ月……もうこれで五件目だ。
本当にモテるなぁ……晴君は……。
――幼馴染の晴君は小さい頃から人気があった。
文武両道に加え、誰でも分け隔て無く接する優しさ。
そして物怖じすることなく話せるコミニュケーション能力の高さ……。
自分の非も素直に認めそれを糧にして努力するひたむきさ。
私が持ってないものを全て持っている。
そういったところだけではないけど、これも惹かれた一つなのだと思う。
小さい頃からずっとそう。
私が困っていたら誰よりも早く駆けつけてくれて助けてくれる。
昔から私のヒーローで憧れ……。
「ありがとう」ってお礼を言うと褒められることに慣れていないのか、褒められると可愛らしく照れる。
……それが可愛くて、かっこよくて……。
うん、全てが私好みで…………ごほん!
私の自慢な幼馴染、それが晴君。
だから……近くにいたから……。
それだからわかってしまう。晴君と一緒にいる難しさが……。
晴君に好意を寄せる女の子は何人もいた。
先輩から後輩から、とにかく好意を寄せられることが多い。
告白はどのくらいされているか、正確な数はわからない。
正確な数はわからないけど、『とにかく多い』のは間違いない。
だからこそ、私が敵視されるのも当然といえば当然。
女の子が異性を意識し始める頃には、私を敵視する人が増えていた。
『いつも加賀谷君と一緒にいてずるい』
『独り占めしないでよ』
『生意気だよね。調子に乗ってる?』
イジメに発展しそうなことも何度もあった。
嫌がらせを受けることも何度もあった。
その度に思い知らさせる……。
『晴君と一緒にいてはダメなのかな?』って。
――でも、どんなに酷い嫌がらせも瞬く間に終了していった。
あんなに敵視していた女の子も、手のひらを返したように謝ってきた。
私は何でそうなったか、理由を知っている。
――晴君が助けてくれたの。
そのことを晴君から聞いたわけではない。
後々になって、友達から聞いただけ。
怒鳴ったとか、暴力を振るったとかそういうことはない。
ただ温厚な晴君が冷たい声で、『俺、そういうこと嫌いだ。やるなら俺にしてくれるかな?』と、言い放ったそうだ。
この事実を晴君が私に言うことはない。
恩着せがましく言いたくもないし、晴君からしたら当たり前の行動なのだから。
でも……でもね……。
そんなヒーローみたいなことされたら――――余計に好きになっちゃうよ。
けど、余計に遠い存在に彼を感じてしまい、中学時代は話かけれなかった。
だから、私は魅力的な彼に追いつくために努力をした……彼も磨きが掛かり過ぎていたけどね。
あの時のお礼を私はまだ言えていない。
それを言おうと何度も機会を窺っているけど……彼を目の前にすると動悸が激しくなって、声が出ない。
だから、毎朝奇妙な時間が生まれてしまっている。
晴君は優しいから、待ってくれてるみたいだけど……。
ある時、クラスの女の子たちとの恋バナで『何で告白を断ってるの?』と聞かれたから私はこう答えた。
「私、あんな感じの人(チャラい男)、嫌いなの」って。
だって、私が好きなのは晴君。
誠実で誰よりも優しい彼のこと……。
あんな“如何にも俺イケてるでしょ?”みたいな人は論外。
私は彼の好みを知っている。
たまたま……そう、本当にたまたま、私の友達が彼のクラスメイトと友達だからだ。
そこで彼は自分の好きなタイプをこう言っていたみたい……『小さくて、笑顔が素敵な子だ!』ってね。
――私は知っている。
男子という生き物は、“どこが好きだ”とか“何が好きだ”という質問に身体的特徴をあげることが多いらしい。
“小さくて”とゆうことは……………やっぱり、胸だよね。
「はぁ……」
机に頬杖をつきながらため息をつく。
そして、目線を落とし自分のある部分を見つめて文句を言った。
「小さくなってくれないかなぁ……」
どんなに減らそうと頑張っても、何故か育ってしまう。
そこの成長じゃなくて、どうせなら背に回して欲しかった。
大人っぽい晴君と子供っぽい私では中々に凸凹で、つり合いがとれないから……。
「よし……。今日も……」
落ち込んでも仕方ないと、私は頬をペチペチと何度か叩く。
そして、日課であるストレッチと豆乳を飲んだ。
これで少しでも背が伸びるといいな。
さぁ、頑張らないと。
――彼に自信を持って近づけるように。
【加賀谷晴視点】
――綺麗になり過ぎていた幼馴染を目撃してから一か月後。
相変わらず、雪風と話は出来ていない。
なんとか、挨拶だけでもと思ってはいるんだが……。
「あっ……」という間抜けな声と共に謎のにらめっこが始まってしまうのだ。
その間……お互いに沈黙。微動だにしない。
そして電車の時間が近づいてくると、謎の根競べが終わりお互いに距離を空けながら駅に向かう。
まぁ、そんな毎日を繰り返している。
電車を一本遅らせても何故か鉢合わせしてしまうし……。
これだと、俺がわざと狙っていると思われてしまい印象が悪くなってしまうんじゃなかろうか?
けど、この状況……一緒に登校と言えなくもないから、ちょっとだけ幸せな気分だけど。
でも、昔だったら物怖じせずに――
『行こうよ雪風!』
『うん、晴くん』
と呼べていたことが酷く懐かしく思える。
それを思い出すと胸が苦しい。
はぁ……。全くもって情けない。
こんな俺を見たら、『早く言えよチキン!』と言われてしまうことだろう。
――でもそれは出来ない。
長く一緒に居過ぎたというのも勿論あるが、最も大きな理由は——雪風がモテるのだ。
それは、少しというレベルではない。
かなりモテるのだ。
東雲雪風は、人形のような可愛らしい見た目をしていて、黒く長めの髪は艶やかである。
背は低めだが、出るところは出ていて非常に目を惹く。
そう感じるのは俺だけではなく、周囲からも愛でられる対象としてよく人だかりが出来ていた。
ただ、雪風はクール……いや、塩対応と言うべきだろうかあまり反応をしない。
空気を悪くしないようにと、笑顔は心掛けているようだが、そもそもコミュニケーションが苦手なタイプなのだ。
彼女は物静かでありながらも周囲に気を遣っているのがわかる。
だから、本来優しい子だし守ってあげたいと思える魅力的な女の子だ。
それが……好きになった理由の一つでもあるわけで……。
さて話を戻そう……彼女が凄いのは見た目だけではない。
主に学業、芸術面で活躍している。
入試の成績は首席。運動は苦手だが、ほぼ完璧人間と喩えても問題ないだろう。
『とにかく凄い!』その一言に尽きるのが彼女だ。
そんな彼女を皆が放っておくわけがない……。
高校に入学してから何度か、彼女に対しての告白現場に鉢合わせてしまっている。
その時の気まずさといったら、もう……。
しかも一瞬だけ目が合った気がしたしね……。
あまりの気まずさに耐えきれず、見なかったことにしてはいるけど。
たまたまとはいえ、何度も遭遇しているから、あっちからしたら『え? また? もしかしてストーカー??』って思っているかもしれない。
だとしたら……嫌だなぁ。
ちなみに後日、聞いた話だけど全ての告白は断っているらしい。
野球部部長、サッカー部部長……などなど。部の代表面々が揃いも揃って玉砕したとのこと。
友人には、断った理由をこう言っていたそうだ。
『私、あんな感じの人、嫌いなの』
“あんな感じの人”の共通点と言ったら……つまりはスポーツマンが嫌い。
そう、スポーツマンが…………はぁぁあ。
それを聞いた後の授業は何も耳に入ってこなかった。
限りなく薄くなってゆく告白成功の可能性に落胆してしまったのだ。
けど、落ち込んでも仕方ない。
俺は友人達と会話で『好きな人はいるか?』『好きなタイプは?』と聞かれたら、こう答えるようにしている。
「(背が)小さくて、笑顔が素敵な子だ!」
友人達には“ロリコン”を疑われたけど……。
この気持ち、噂がいずれは彼女に届くといいな。
でも、先にどうにかしないといけないのは……。
俺はスマホに映っている友人からのメッセージに視線を落とした。
「マジでどうしようかなぁ……」
友人に頼まれた好きな人とのキッカケ作り。
断れば良かったのに、断れなかった……。
意思が弱いよな、俺。
『疎遠になった幼馴染と再び仲良くなるために協力してくれ』
頼まれた時の情景がまるで映画を見ているかのように頭の中を流れる。
他人のことなのに、自分を俯瞰しているようだ。
「そんな方法があるなら、俺の方が知りたいよ」
俺は嘆息して、ベッドの上で横になった。
天井を見つめながら友人に頼まれた内容を、もう一度じっくりと頭の中を整理しようとする。
――小さい頃は仲が良かった。
――周りの目が気になり徐々に疎遠になった。
――だけど前みたいな関係に戻りたい。
「考えれば考えるほど、今の俺と同じだよなぁ~」
だからこそわかる。
このことを解決する難しさが……。
どうにかしようにも“キッカケ”がないと一歩が進めない。
気まずさが先行し過ぎて、どうしようもないのだ
それに……。
『相手が自分と同じ気持ちがどうかわからない』
この事実が一番の足枷となっている。
……マジでどうしようかなぁ。
友人の頼みだからどうにかしてあげたいけど……。
「どう考えても人選ミスだよね……これ」
これを解決するには、俺だけの力だけではどうにも出来ない。
仮に俺が動いて、友人の思い人と接触しようものならたちまち噂は広がり、良くない方向に進む可能性がある。
秘密裏に呼び出して、気持ちを聞くという方法もあるが……。
話しかけにいくと物珍しいからなのか、目立ちたくなくても目立ってしまうのだ。
だからこの相談を解決するには――
「協力者が不可欠……」
友人の思い人と親しい間柄という条件――つまりは東雲雪風だ。
他にも友人がいるだろうけど、俺の恋人と思っているのであれば俺に頼むのが手っ取り早い。
そう思ったのだろう。
でも……そもそもなんでこんな勘違いをされたのだろうか?
雪風とは一緒には歩いてない。
ただ、一定の距離が空いた状態でいるだけ。
それなのに……。
「“奥ゆかしいカップル”って話になってんだよ~!」
カップルと勘違いされるのは嬉しい。
だけど、同時に複雑な気持ちでもある。
「あ〜、悩んでもしょうがない! ……考えを纏めるために頭を冷やすかぁ」
俺はベランダに勢いよく飛び出し、背伸びをする。
初夏にも至っていないこの時期はやや肌寒く、上着を着ていないとぶるっと震えてしまいそうだ。
けど、頭を冷やして落ち着くには最適ではある。
夜空を見上げると満天の星の輝き、空に光のカーテンを掛けているようだった。
……こういう空を一緒に眺めたいな。
柄にもなくそんなロマンチストなことを考えていると、隣から『くしゅん』と可愛らしい音が聞こえた気がした。
俺は反射的に音のする方を向き――
「「あ………………」」
なんという偶然、そこには部屋着姿の雪風がいた。
雪風の顔はほんのりと赤く、お互いに目がバッチリと合ってしまう。
手を伸ばせば届きそうな距離……。
いつもと違って声を掛ければ確実に聞こえる範囲だ。
……元々、家が隣同士。
これは十分にあり得た展開である。
今までだって、俺が気が付かないだけでこういうこともあったかもしれない。
気付いた今、この状況に臆して逃げ出すのは=無視したことに繋がるだろう。
俺は深呼吸して、学がない頭をフル回転させ最適な言葉を考える。
「上着……使う?」
「……ありがと」
俺はベランダ越しに雪風へパーカーを手渡す。
雪風は素直に受けとり、「あったかいね」と呟き微笑んだ。
その様子を見た俺の胸が高鳴り、動悸が激しくなるのを感じた。
けど同時に、この選択肢が間違いでなかったことに内心ほっとしていた。
でも……。
『久しぶりの会話がこれかよ……』と、表情には出さないが内心で自分自身の情けなさにため息をつく。
『星が綺麗だね』とか『雪風みたいで素敵だね!」とかさぁ〜……。
はぁ、ため息が漏れ出てしまうよ。
けど――。
運命の悪戯、青天の霹靂とはよく言ったもんだ。
悪い意味で使われることご多いこの言葉達……。
今の状況……。
もし、神様がいるのであれば俺は言わなきゃいけない。
『ありがとう! 神様ぁぁああっ!!』
久しぶりに話せた、この運命の悪戯に感謝だ。
俺は夜空に向かってガッツポーズをする。
しかし、俺は忘れていた……。
今は、雪風が隣にいることを……。
「ふふっ」
笑う声がして雪風を見ると、見惚れてしまうほど魅力的な笑みを浮かべていた。
……やばい、変なところを見られてしまった。
これで気持ち悪がられたら――
「いてっ」
俺がそんなことを考えて頭を抱えていると、頭に何かが当たり反射的に声が出た。
横に転がる丸められた紙を手に取り、それを開く。
中を見た俺は慌てて雪風がいたベランダを見て話し掛けようとした。
だが、残念ながら……彼女の姿はもうそこになかった。
俺は再び紙に視線を落とす。
そこには『明日、朝に』と一言だけ書かれていた。
「くそ……俺の馬鹿。」
苦笑し空を見上げると、雲がほとんどなく相変わらず満天の星が光り輝いていた。
それはまるで自分の気持ちのように思えて、俺の顔は自然と緩んでいる。
「よし。告白にむけてまず一歩だ」
ちなみに、明日の朝に話すことが楽しみ過ぎて一睡も出来なかったのは……秘密である。
【東雲雪風視点】
夜、私は机に向かって何度もペンを動かしていた。
机の脇には、丸められた紙の数々が転がっている。
「どうして調子に乗って引き受けたのかなぁ……」
友達のお願い。
それは『恋愛成就のお手伝い』だった。
しかもその相手というのが、晴くんのクラスメイトである“犬塚”君らしい。
クラスを聞いて晴くんを想像しちゃったから、慌ててしまったけど……。
バレてないよね? 私の気持ち……。
頑張って否定したから大丈夫だと思いたいけど。
“犬塚”君が誰なのか、みんなで見に行ったけど……教室前は人が多くてよく見れなかったなぁ……。
晴くんを見ることは出来て良かったけど、私が行った途端ギャラリーの視線が鋭く怖いものになったから、身の危険を感じたよ。
後から聞いたんだけど、晴くん達はイケメントリオとか言われてるみたいだし……。
はぁ。またハードルが上がっちゃったな……。
友達のためにもどうにかして晴くんと話したいんだけど、このままだと難しいよね。
私は晴くんに宛てた手紙を書こうと再びペンを動かす。
でも、ろくな文章が書けない。
手紙を朝、手渡ししてダッシュで逃げる。
それが私に出来そうな方法だから、書きたいんだけどね。
……そもそも、手紙自体が難しいってゆう。
「うーん。これもダメ……」
私は書き途中の手紙を丸めてポケットにしまい、気分転換のためにベランダへ出た。
その丸めた手紙を開き、一言しか書けていない現実に嘆息する。
文章ならなんとか言葉に出来ると思ったけど、難しかった。
これが国語のテストとかだったら、すらすら書けるのに……。
これから義務教育で恋文の書き方とかやってくれないかな?
……今更感はあるけど。
私は、ベランダの塀にもたれかかるようにして満天に輝く星々を見上げる。
ここで流れ星とかきたら願いが叶うとかあるかな?
そんなロマンチストなことを考えながら、ぼーっと眺めた。
「晴くんと話がしたい……。少しぐらいチャンスをくれてもいいでしょ? ……お星さま」
私は星に向かって願いを呟く。
別に流れ星が通ったわけではない。
ただなんとなく、星に向かって願い事を口にしたくなっただけ……。
それが簡単に叶うわけでもないのに——
“ガラッ”と窓を開ける音と共に晴くんがベランダに飛び出してきた。
お風呂上がりなのか、ジャージ姿で少し髪が濡れているようだ…………って、お星さま仕事が出来過ぎじゃない!?!?
まだ心の準備が出来てないよっ!?
晴くんは「う〜ん」と言いながら身体を伸ばしている。
元々、隣同士の家。
こんな風にニアミスすることは何度もあった。
でも、その度に私は反射的に隠れてしまっていた。
本当は話したい……でも、偶然のことに私は弱い。
準備もなしにアドリブで彼と話すには自信がない。
どう考えても気を遣わせてしまうし……。
考えごとをする私は……目つきが悪く怖いみたいだし……。
私は彼に気づかれないようにゆっくりと身体を起こし、部屋に戻ろうとする。
少し寒いし……明日、どう話すか考えよう。
偶然出来たキッカケだけど、私にはどうすることも——
「くしゅん」
私は慌てて口を押さえる。
何やってんの私の身体!!
こんなタイミングでくしゃみなんてしたら……。
「「あ………………」」
ばっちりと目が合う私と晴くん。
こうなっては逃げようがない。
何も言わずに戻ったら……流石に失礼。
神様がくれた偶然の機会。
なんとか生かさないと……頑張れ、私。
けど、自分を奮い立たせ、口を開けて話そうにも声が出ない。
顔が暑い……。
まるで身体中の血が沸騰したように熱く、動悸が激しくなる一方だ。
どうにか一言でも——
「上着……使う?」
「……ありがと」
上着を受け取り、私は反射的にお礼の言葉を口にしていた。
久しぶりに言葉を交わした嬉しさに、つい顔が緩みそうになってしまう。
私は彼から受け取った上着を素直に羽織る。
上着はぶかぶか……。
ただ、懐かしい彼の匂いがした。
「あったかいね」
ここは愛莉風にに女の子らしく『晴くんの匂いがする〜。えへへ、あったかーい!』と言えればよかったんだけど……。
……これが限界。
もう、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだもん。
私はチラッと彼の様子を見る。
すると晴くんは、何故か夜空に向かってガッツポーズをしていた。
なんだろう?
運動前の儀式か何かかな……?
でもその行動がなんだかおかしくて、「ふふっ」と笑ってしまった。
同時に見られたことに気がつき、恥ずかしさのあまりその場で蹲み込んだ。
やばい! 今、きっと顔が赤過ぎる……。
あ、でも大丈夫かな……?
笑っちゃったけど、気にしてないかな……?
……気にしても仕方ない。
とにかく、これをチャンスになんとか話をしないと。でもなんて話し掛ければ……。
そうだ……。
私はポケットに丸めた“手紙もどき”の存在を思い出し、それを丸めて彼がいたところに投げる。
いくら運動音痴の私でも、この距離ぐらいはなんとかなるだろう。
まぁでも、急に風が吹いて“運命のイダズラ”的なことになったらどうしようもないけど……。
幸いなことに彼の「いてっ」という声が聞こえた。
そのことに安心して、私はバレないように部屋に戻り、そのままベッドへ倒れるように横になる。
「……緊張したぁ」
まだドキドキが収まらない。
偶然に訪れた彼とのキッカケ。
綺麗な星の夜なんて、なんか運命的なことを感じずにはいられないよ。
「時間書いてなかったなぁ。それに、晴くんのことだから……きっと変な裏読みするよね。『朝は陽が見えた瞬間からだ!』とか言って」
晴くんのとりそうな行動が頭に浮かび、思わず苦笑した。
彼とすれ違わないように、早めに待たなきゃ。
でも、とりあえずは——
「神様ありがとう。このチャンスをくれて……」
私は天井を見上げながらそう呟いた。
まだ近づけてない。
けど、話せるようにはなった。
今日も告白は出来ない。
でも頑張る。
諦めないで頑張らないと!
「ふぁいと~、おー……」
慣れない気合の入れ方をしたせいで私の顔は熱を帯びていた。
【加賀谷晴視点】
――時刻は早朝。
五月ということもあり、玄関から一歩外に出たところで吹く風がやや肌寒く感じる。
空を見上げると太陽がようやく昇り始め、群青色に橙色のカーテンが薄っすらと掛かってきているかのようだ。
「この時間に出るのは初めてだなぁ」
部活の大会でもこんな朝早くに家を出ることはない。
何故なら、まだ始発の電車も出ていない時間帯だ。
人の気配もまるでなく、聞こえる音とすれば鳩の“ホォー”と鳴く声や風によって擦れる木々の葉の音が聞こえてくるぐらいだ。
――何故、俺がそんな朝早くに家を出たのか。
理由は単純……。
『雪風を待たせるわけにはいかない』そう、思ったからだ。
昨日、雪風から貰った手紙……正確には丸まった紙には時間が指定されていなかった。
もしかしたら伝える必要はないと思ったから書かなかったのかもしれない。
だって、いつも偶々朝に会ってしまうからだ。
だから俺も『その時間に行けばいいよね』と最初はそう思っていた。
だが考えて欲しい……。
運命というのは残酷で、仮に神様がいるのであれば何をしてくるかわからない。
ドラマとかでよくあることだが、『これぐらいでいっか』、『まぁ大丈夫だろ!』と安易な考えに至った場合は大抵よくないことが起こる……。
と、まぁ相場が決まっている。
車の運転と同じで。『かもしれない』が重要なのだ。
『もしかしたら雪風にとっての朝は“陽が見えた瞬間”なのかもしれない』
そういった可能性が一ミリでもあるから、俺はこうして早くから待つことにしたんだ。
まぁ……、寝ることが出来なかったからという理由もあるかもしれないけどね……。
「でも、流石にまだいないよね……う〜ん」
俺は怠く感じる身体を伸ばそうと、肩を回すなどしてストレッチをする。
そして昨日、雪風から貰った手紙をもう一度見た。
『明日、朝に』とだけ書いてある手紙……。
他に何か書いてあるわけでもないが、キッカケとなったこの手紙がとても嬉しく思えた。
それはもう、自然と表情がにやけてしまうほどに……。
「よしっ!」
俺は自分の両頬をバチッと叩き、気持ちの悪い顔にならないように気を引き締める。
さて……これからどこで待とうかな?
流石にこの時間は早過ぎたよねー……。
家の前で待っておきたい気持ちはある。
しかし、ずっと彼女の家の前にいたら不審者に間違えられてしまう可能性もあった。
一時間以上、家の前にいたら誰でも不審がることだろう。
……と、なると。
「公園で時間でも潰すかなぁ〜」
これが無難な選択。
幸い駅に向かうにも確実に通る場所だから、雪風とすれ違ってしまう心配もないだろうしね。
だから俺は、道路に出て公園に向かって歩こうと……え?
「ふえぇ!? えっ、あ……」
目を丸くして、何やらあたふたとする可愛らしい生物が道路にいた。
……というより、雪風だ。
何その反応……、めっちゃ可愛いんだけど。
くそっ、カメラでも起動させておけばよかった!
俺が悔しがっている間に雪風は顔を左右に振り、表情に変化が見られないポーカーフェイスに変わってしまった。
頬が薄らと紅潮しているのは、気がついていないフリをした方いいのかな?
もしかしたら、彼女も久しぶり過ぎて緊張しているのかもしれないし……。
だったら俺は——いつも通り、平常心で行かないと不自然か。
けど、久しぶりの挨拶って緊張するな……。
俺は、雪風の方を向いて微笑む。
すると一瞬、彼女が「かっこ……」と呟きかけた気がした。
拳を強く握り、口を開け声を出す。
どうか震えるなよ……俺の声……。
「おはよう東雲さん、久しぶりだね」
「おはよ……加賀谷君。こちらこそ」
こうして、幼馴染と数年ぶりに言葉を交わした。
さて――次の言葉をどうしよう。
雪風から話し掛けてくることは…………。
うん……まず、ないよね。
昔から成長して、コミュ力、トーク力の塊になっていたら話は別だけど……そんなことは一度も聞いたことはない。
俺は雪風をチラッと見る。
目の合った雪風は首を傾げ、可愛らしくにこっと笑った。
笑顔が眩しい……けど、……俺は知ってる。
こういう表情をしている時の雪風は考え事をしている時だ。
そして、一見わからないけど、焦っている時でもあるんだよね。
表情を悟られたくないから、笑っているだけだろうし……。
よし、だったらここは俺が気の利いたかっこいい台詞を――
「あれ? こんな朝なのに早いね」
残念ながら、俺にその才能はなかった。
普通過ぎる……俺の話題提供能力。
言葉を噛まなかっただけ良かったけどさ……。
「そっちこそ……。まだこんな暗いのに早いね」
「いや、俺は〜……。ほら! 朝のトレーニングだよ! やっぱり鍛えないとなーって」
雪風が返答してくれたことに内心ほっとした。
けど、こんな朝からいる理由を言うのは気恥ずかしく、つい嘘をふざけながら口にしてしまったよ。
『雪風に会いたくて』そう言えればいいんだけどね……。
そんな俺の心境を知る由もない雪風は、可愛らしく小首を傾げ、
「トレーニングは学校に行く荷物を持ちながらするのものなの?」と疑問を口にしてきた。
「ま、まぁダンベルの代わりにな……。外でやると気分転換にも最高だしさ」
「制服だと動き辛くない?」
「あ……、まぁ制服はある意味拘束具だからフォームが強制されてより効果が……」
「……初耳。スポーツって奥が深いんだね」
「うん……まぁ、ね」
雪風はからかっているわけではなく、本気で感心した様子でそう言った。
いくらスポーツに疎いとはいえ、なんだろうこの罪悪感。
無垢な子供を騙したような……。
あー! 一旦落ち着け俺!!
あれ……? そういえばなんで雪風は……。
「そっちも朝早いよね。それはどうして?」
「それは……」
少しだけ考えるように黙る雪風。
これはまさか俺と同じで待ちきれ――
「こ、こっちから頼んでいたのに、時間を伝えてなかったから早く来たの。全く問題ないでしょ?」
「ああ……たしかに、問題ないね」
俺が期待したような気持ちはなかったようだ……。
うん、わかってはいたけどね。
そんな都合いいことなんてないって……。
雪風は俺の返答に納得がいかなかったのだろう。
大きなため息をつき落胆しているようだった。
「「………………」」
無言の時間が流れ、顔を向かい合わせる二人の間を風が駆け抜けていった。
普通だったらこの状況、会話することなく止まってしまった気まずい時間に思えるだろう。
けど……俺にとっては違う。
この途切れ方も酷く懐かしく、そして切なく思えるそんな時間だ。
それは雪風も同じだったのかもしれない。
彼女の口元が綻び、笑みが溢れた。
「ふふ、なんだかおかしい」
「ははっ! あー、そうだな。なんだか涙が出そうだよ」
「懐かしいね……こんなやり取り」
「そうだなぁ〜。久しぶりだもんな」
昔はよくこうやって言い合いをしてた。
揚げ足を取られ、頑張って返してもまた取られ、言い返しても理責めにされる。
俺が口で勝てたことは一度もないが、このやり取りをする度によく“夫婦漫才”と言われていたのが懐かしく思う。
そう考えると、なんとなく童心に戻った気持ちだ。
「えっと、まだ電車は始発とか出てないと思うけど……とりあえず駅に向かうか?」
「そうだね、そうする」
二人で横に並び駅に向かう。
いつもは一定に距離を空けて歩くだけで会話もない。
けど、今日は手が触れるか触れないかぐらいで雪風は俺の横を歩いている。
会話があまり続かないけど、気まずさは特にない。
寧ろ、居心地の良さがあるぐらいだ。
疎遠になっていた幼馴染と数年ぶりに朝を一緒に過ごしている。
あれから随分と時間が経ってしまったけど……。
――今日もまた幼馴染に告白はできなかった。
でもいい。
ここからまた関係を紡いでいけばいい、そう思ったのだった。
【今回のオチ(他生徒視点)】
“この学校にはヤバイ男女がいる。見ると死んでしまう”
そんな噂があった。
やばいと言っても悪い噂ではない。
死ぬと言っても命が奪われるようなものではない。
ただ――――
「可愛すぎかよっ!! 何、あの距離感!?!?」
「はぁぁぁ。王子が照れるとか……ああ尊死だわ~」
「あの笑わない東雲さんが微笑んでたぞ……マジでこの表情だけで白飯が食える」
「わかるわかる。でも、とりあえず言えることは――」
「「「「尊いわ~あのカップル」」」」
これが最近の学校での話題。
みんなに生温かい目で見守られていることを、まだ二人は知らない。
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