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乾電池屋さん

作者: 続木悠理

5月の連休中の日曜日。

夫の航太の部屋の片付けをすることにした。

わたし1人で片付けをしてもいいのだけれど「勝手に俺の物捨てるなよ!」と常日頃言われているので、こういう時くらいしか出来ないのだ。

昼食の洗い物を終えたわたしは、リビングのソファでくつろいでいる航太に言った。

「ほら、片付けするよ!」

「えー?もう?」と航太。

「昼ご飯食べたらやるって言ってたじゃん」

「なんか俺、疲れてるんだよねー」

 いつもの土曜日や日曜日に夫にそう言われると、月曜日からの仕事に差し支えるかな、と思って、じゃあ、また今度ね、とやらずに終わることが多いのだが、今はゴールデンウイーク中。今年は9連休で、今日で2日目。

 当然明日も休みなわけで。しかも昨日はゆっくりしていて、何が疲れているというのだ?

「つべこべ言わずにやる!」

「はー、かったるいなー」

 観念したようで、航太は重い腰を上げた。


 2人で航太の部屋に移動する。

 はー……。思わずため息が出てしまう。

 賃貸マンションの305号室が我が家で、間取りは2LDK。

 バルコニーに面して10畳のLDK。その隣が洋間の5畳。開放廊下側に寝室用の6畳間がある。

5畳の洋間が航太の部屋で、そこには、テレビ、デスクトップパソコン、本棚などが置いてある。

 お互い26歳で結婚して、その時、この部屋は普通にきれいだった。


 しかし、2年の間に、様々な物が増殖していった。


 マンガ、雑誌、ゲーム機、ゲームソフト、CD、よくわからないコード類、書類っぽい物、ダンボール、そういった物に埋め尽くされて、床が見えなくなっている。

 洋服に関しては、航太が脱ぎ散らかしても、わたしが回収して洗濯をし、寝室にあるクローゼットに収納している。(航太の部屋のクローゼットは、がらくたが詰め込まれ、しかも、クローゼットの手前に物があって、扉を開くのが非常に困難な状態にある……。)


 ゴミ箱に投げ捨てようとして失敗したであろう、ゴミ箱付近にあるアイスの袋やら、飲み終わったジュースのペットボトルなども、わたしが回収して、都度捨てているので、部屋が悪臭を放っている、というようなことはない。

「さわやかな汚部屋って感じだよな!」と航太。

「はぁ?意味わかんないんですけど。それに、わたしがやってあげてるから、気持ち悪い汚部屋にならずにすんでいるんじゃん!」

「はいはい、いつも、ありがとうございます!」

 本当に、わかって言っているのかね、この男は。


「それにしても、どこから手をつけるかだよね」

 わたしは、ちらっと横にいる航太に目を向けた。航太は、ただそこにぼーっと突っ立っていた。完全に思考停止状態だ。

 やはり、わたし主導でやるしかないな、これは。

「とりあえずダンボール捨てよう!そうすれば、だいぶ面積空くし!どうせ中身からっぽなんでしょ?」

「まぁ、そうなんだけど……」

 航太は、結構ネットで買い物をする。そのたびにダンボールで届くので、どんどんダンボールが増えていくのだ。

「じゃあ、ほら、解体して」

「めんどくさいなー」そうぼやきながらも、航太はダンボールの解体を始めた。

 すると

「あ、乾電池入ってた」

 と言って、ダンボールの中から取り出した。

 単三電池が2本。

「それって、もう使えないやつ?」

「わかんない。とりあえず取っとく」と航太。

 大小合わせて10個ほどあった段ボールは、全てぺしゃんこになった。あとは紐でくくるだけだ。

 わたしは、物入から紐をとってきて、航太に渡した。

「はい、束ねて」

「はいはい」航太は素直に従っている。

 ダンボールが片付いて、それなりに部屋の床が見える状態になった。

「あとは、マンガとか雑誌類だねー。これも、もう、読んでない物、多いんじゃないの?」

 わたしが聞くと

「まー、今は読んでなくても、そのうち読みたくなるとき、来るかもしれないし……。だから捨てたくない」

 ちょっと、ふてくされたように航太は言った。

「じゃあ、せめて、1か所にまとめようよ。めっちゃ散らばってるじゃん、あちこちにさ」

「うん……」

 わたしたちは、部屋のそこここにあるマンガや雑誌類を、ダンボールを片付けたことで出来たスペースに移すことにした。

「あ、また乾電池出てきた」と航太。

 今度は単四電池3本と単二電池1本だ。雑誌の下敷きになっていたらしい。

「あ、わたしも見つけた」

 マンガとマンガのすき間に、単一電池が2本、はさまっていた。

 その後も、あちらこちらから、電池が発見された。およそ30本ほど。

「何?電池集めるのが趣味なの?乾電池屋さん始めるの?」

「いや、そういうわけでもないんだけど、なんか百均行ったり電気屋行って安かったりすると、つい、買っちゃって……。結構、電池って大事じゃん?」

「そう?最近は、充電で済ます物、増えてきてない?」

「まぁ、そうなんだけどさー。なんか、ちょっと買うのがくせになっているというか……」

「ていうか、そこらへんにほっぽっているから、いざ必要ってときに、どこにあるかわからなくて、つい買っちゃうってことなんじゃないの?」

 と、わたしが言うと、

「まー、多少そういうことも、なくはないけど……」

 と航太は言った。

「で?この電池は、全部取っとくの?」

「まぁ、一応……」

「ふーん……」乾電池の山から1本、手に取ってみた。電池には、使用期限が書いてある。見てみると、とっくに期限を過ぎていた。

「これ、もう期限過ぎてるよ、捨てたら?」

「あー!捨てないで!過ぎてても普通に使えるし!」

「あれ?こっちのは、液漏れしてるよ?なんか、緑色っぽくなってる!」

「あー、さすがに、それはだめかも」

「わー!気持ち悪ーい!やばい電池多いんじゃないの?全部捨てたら?」

「やだよ!ていうか、もう疲れた!片付け終わり!」

「は?まだ30分くらいしかたってないよ?」

「今日は、もう、いいの!美香だって、そろそろ『はっぴーサンデー』、始まる時間なんじゃないの?」

「あー、もうそんな時間か。じゃあ、ここらへんにしておく?」

 うんうん、と航太が大きく頷いている。

「じゃあ、今日は、とりあえず、これで終わりということで……」

 片付けタイム終了となった。


『はっぴーサンデー』とは、毎週日曜日の午後2時半から放送されるトークバラエティ番組で、結構気に入っているのだ。

 リビングのソファに座り、テレビをつけようとリモコンを手にし、電源ボタンを押した。

 でも、テレビがつかない。あれ?と思い、もう一度押したが、やはりつかない。

 え?テレビ壊れた?一瞬あせる。

 いやいや、リモコンの電池が切れただけでしょ?新しい電池に変えれば大丈夫、な、はず。

 わたしは、リビングに置いてあるチェストの一番上の引き出しを開けた。電池は、そこに入っている。

 単四電池は……。あれ?ない?なんで……?

 そうだ!この間、目覚まし時計の電池が切れて、そこで使っちゃったんだ!でも、新しいのを買い忘れていたという……。

 あー、わたしとしたことが……。

 今からコンビニにでも買いに行くか?でも、タイミング悪く、ついさっきから、ゲリラ豪雨的な大雨が降りだしていた。あの雨の中を出かける気にはならない。

 ほんとにないのかな?引き出しの中をごそごそやっていると

「すごい雨だね?片付けやってたときは、全然晴れてたのにね?」

 と言いながら、航太が来た。

「あれ?『はっぴーサンデー』見ないの?」

 と不思議そうに聞いてくる。

「あー、なんか、テレビがつかなくて……。テレビが壊れたのか、リモコンが壊れたのか?みたいな?」

 わたしが言うと

「え?普通にリモコンの電池が切れただけなんじゃないの?電池取り換えた?」

 と、言ってきやがった。

「ま、まだだけど?」

「早く取り換えればいいじゃん。もう始まってるでしょ?」

「わかってる!」

 つい、イライラして大声を出してしまった……。

「こわっ!何?どうしたの?」

 航太は、そう言いながら、冷蔵庫の冷凍室からアイスの『かりかりくん コーラ味』を出してきて、それを食べながら、わたしの様子を見ている。そして言った。

「もしかして、電池ないの?」

 若干顔がにやついている。腹立つー!

「単一も、単二も、単三もあるよ!……でも、単四だけがないの!」

「テレビのリモコンに必要な単四だけがない、と……」

「そうよ!それが何か!?」悔しいが認めた。

「やっぱり、電池って大事だろ?電池がないせいで、見たいテレビも見れなくなっちゃうわけだからねぇ」

「あー!うるさい!もう自分の部屋行けば?」

「まぁまぁ、そう、カリカリするなって。さっき、俺の部屋見ただろ?単四電池余裕でたくさんあるから!今持ってきてやるよ」

 そう言って部屋を出ていこうとする航太の背中に向かって言った。

「あんな腐ってそうな電池いらない!そんなの入れてリモコン壊れたりしたらどうするのよ?雨やんだら、コンビニとかに買いに行くし。別に、今週見れなくてもまた来週やるし!」

「ほんと美香は意地っ張りだよなー」

 そう言って航太はリビングから出て行った。

 どうせわたしは、意地っ張りですよ!


 しばらくして、航太が戻って来た。

「ほら。これならいいでしょ?」

 開封されていない新しい単四4本入りの乾電池パックを渡された。

「え?どうしたの、これ?」

「おとといかな?新しいイヤホンがほしくて会社帰りに電気屋行って、そのとき、ついでに電池買ったんだよ。袋に入れっぱなしになってて、忘れてたんだけど、今思い出して。だから、ほら」

「……ありがとう……」

 わたしは、そこから2本取り出して、リモコンにセットした。電源ボタンを押すと、何事もなかったかのようにテレビはついた。

『はっぴーサンデー』は、前置きは終わっていたが、トークコーナーは始まったばかりのようだった。

「良かったじゃん、テレビもリモコンも壊れてなくて、見たい番組も見れて」

「そうね、乾電池屋さんのおかげね。いくらした?2本分払うよ」

「いやいや!当店は、妻に対しては無償でサービスさせて頂いておりますので」

「そ?じゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」

「それでは、これからも、ごひいきにー!」

 そう言うと、再び冷凍室からアイスを取り出そうとした。

「え?また食べるの?お腹冷やすよ?」

「大丈夫、だいじょーぶ!」

 そう言って、『かりかりくん レモン味』を手に部屋から出ていった。


 CM中にトイレに行こうとしたとき、ダイニングテーブルに目がいった。そこには、『かりかりくん レモン味』の袋と、棒が置いてあった。棒は、さっき食べてたコーラ味のやつだな。

 まったく、ちゃんとゴミ箱に入れろっていうの!

 でも、ま、今回は助かったことだし、大目に見てやるか。

 そして思った。確かに、乾電池、大事かもね。わたしも、少しは多めに買っておくか、と……。

 でも、ま、乾電池屋をやる気はさらさらないけどね。

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