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僕が育った小さな村は南東の端の方にある田舎なので、王都まではそれなりに距離はある。でも、一晩中歩き続ければ、王都の近くにある外れ町にはたどり着けるだろう。そこを一時の拠点にして、ある程度稼いだら王都の中に入ってみてもいいかもしれない。
「楽しみだな……」
お金を稼がなければならないこと。兄を探さなくてはいけないこと。やることは沢山あるのだが、それでも、小さな村で育った僕にとって、王都はもちろん、町に行くことだって楽しみでしかない。
「新しい出会いもあるかもしれない。それに、傭兵の仕事だって、何をするか分からないしな……。魔物と戦ったりするんだろうか。魔物となんて会ったことがないから戦い方も覚えていかなければならないかもしれない。
「やることは沢山あるな……あぁ、でも、まずは町に早く行かないと」
もう村の音は聞こえないし、こんなに暗いのに明かりも見えない。それに、この道も来たことがない道だ。もう、知らない場所に来ているんだ。
そう思うと、少しだけ恐怖がよぎった。
道を歩いていると行っても、森の中。木々の陰は見えないし、何の動物か分からない鳴き声も聞こえる。
「そこに誰かいるの?」
「だ、誰だ!」
突然、脇の草むらから女性の声が聞こえて、慌てて腰に携えている剣に手をかけた。
こんな夜中にこんな森の中で女性が一人なんてことはあり得ない。これは何かの罠に違いない。人食いの魔物が餌をおびき寄せているのだろう。
「その……助けてほしいのだけれど。ちょっと動けなくて……こっちに来てくれない?」
「罠と分かっていて行く奴がどこにいる!」
「罠……。そうよ! 私はまんまと罠にはまったの! 笑いたいなら笑いなさい!」
間違いなく僕は何もしていないのに、なぜか怒られている。それに、彼女は罠にはまったと言った。なら、罠にかける側ではないということだろうか。
「魔物……では、ないんだな?」
「魔物? 何それ。頭、大丈夫? あぁ、そっか。こんな夜中に出歩くような子供の頭が大丈夫な訳ないか」
「こ、子供って、僕はもう16。立派な大人だ!」
「16って……やっぱりガキじゃない」
なんだろう、この失礼な奴は。
とりあえず、人を食う気もなさそうなので、放っておいてもいいだろう。
「それじゃあ、急いでいるから」
「ちょちょちょっと待って! 聞いてた? 私身動きがとれないの! 助けてほしいの! お願いだから行かないで!」
「…………はぁ、分かった」
まだ、魔物ではないと決まったわけではない。剣を引き抜き、慎重に声の方向に歩いていく。
だが、そこには誰もいない。
「お、おい! どこだよ。どこにも見あたらないぞ!」
「足下よ、足下」
声も足下からする。
不思議に思いながらも注意しながら足下を見てみると、そこには宝石のような水晶のような、そんな綺麗な石が落ちていた。
「その綺麗な宝石が私」
「これが……」
信じられない。こんな手のひらサイズの石が喋っているなんて。
「いやぁ。よかった。こんな田舎町だから、一生、誰にも見つけてもらえないのかと思った」
「それは……よかったな」
警戒していた自分がバカみたいだし、助けたのが石なんて、全くしっくりこない。
「それで、助けてくれたついでに連れて行ってほしい場所があるんだけど……」
「なんだよ。近くの村じゃだめなのか?」
「だめよ。私は王都に向かっていたんだから」
助けたお礼も言われてないのに、不躾な石だ。だから、少し皮肉でも言いたかった。
「向かっていたって、石がか?」
「石じゃない。私はメリル・トリアーナ。そういえば、あなたの名前も聞いてなかったわね」
「あ、あぁ。僕はアルスター」
「アルスター? アル・スター? それともア・ルスター?」
名前と家名の間を聞かれているのは分かった。だがそんな物はない。
「アルスターが名前だよ。小さな村出身だから家名はないんだ」
「そう。分かったわ。よろしくね、アルスター」
こうして、僕と石、ではなくメリル・トリアーナさんとの旅が始まった。