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日常の文学シリーズ

宇宙船としての

日常の文学シリーズ②

深夜二時を回った二十四時間営業のファミリーレストランの喫煙席の一帯。喫煙席は店内の奥にあり、窓はない。あるのは有害な空気を吸い込む換気扇。おそらくもう食事を頼むものはおらず、机の上にはあるのは何本かの吸い殻がつぶれた灰皿と、いくつかのドリンクバーのコップだけ。十二時をまわるあたりだと、まだ合コンやら打ち上げやらが行われていたりして、大きな声で話をする団体客もいる。しかし、丑三つ時に差し掛かるころにはそういった客は一切いなくなり、今いるのは終電を逃したと見えるサラリーマン風のスーツの男、タバコを吸いながらパソコンをたたく丸眼鏡で細面の男、生活感のある袋を持ったぎりぎり性別を判断できる恰幅の女性、一目でそれとわかるしわだらけの服を着た浮浪者たちだけで、それぞれがそれぞれの席でただ静かに朝を待っている。皆、ファミリーから最も遠い場所に位置する者たちばかりだ。ただ、この空間には奇妙な連帯感というか、居心地の良さがある。逆にこの喫煙席の一帯に誰もいないと、この世界で起きているのが私だけであるかのような、高揚にも似た浮遊感と、宇宙に取り残されたようなさみしさに襲われる。一人でも席に座るものがいれば、仮にその日初めて出会った人であっても、異臭を放つ汚いみなりであっても、長年連れ添った運命共同体のように感じてしまう。

多分、ここは宇宙船だ。真っ暗で孤独な世界を浮遊する一つの宇宙船。朝を目指して夜を超えるための。乗組員たちのお互いの孤独が響きあい、共振の中で生まれた外層が、何もない真っ暗闇を柔らかく押し返している。外部との通信手段は呼び出しボタンただ一つ。やってくる店員はまさしく宇宙人だ。僕らが二時間前に買った「ドリンクバー」は明らかに宇宙船に乗る権利だったし、プラスチックの筒に丸めて入れられたレシートはチケットのようだ。

なんとなく、初めて徹夜した日のことを思い出す。サンタを待っていたのか、夏休みの宿題が溜まっていたのか覚えていないが、妙にドキドキしたことは覚えている。自分がとんでもなく悪いことをしているような、世界の秘密を暴いてしまうような。そんな興奮だったと思う。あのころは夜というのはとてつもなく長いと思っていた。一晩あればどんな量の宿題も終わるし、好きなアニメだって全部見られる。そんな風に思っていた。

徹夜にも慣れ、午前中の三時間も深夜の三時間も長さは変わらないのだと実感するようになった頃、私は人生の残り時間を本気で心配するようになった。すなわち、死について考えるようになった。意識していたわけではないが、そういったことを考えるのはいつも夜だった。夜の静けさや重苦しさはどう考えても死を連想させたし、夢を見ることは死の練習であるようにしか思えなかった。

夜、暗い部屋にいると自分が生きているか死んでいるかわからなくなる時があった。世界には完全に私しかいなくなり、それはすなわち私がいることを示してくれる人がいないということであり、それは端的に死であった。  

怖さから思わず家を出て、街頭だけが光る街をうろつくと、私がもう死んでいるという仮説がどんどん現実感を増していった。あいまいになる境界線の隙間に吸い込まれるような錯覚の中で、気が付くと最寄り駅にいた。

あらかたの居酒屋や駅ビル店舗などが光を失った中、駅前のこのファミリーレストランに明かりがついていることは、私にとって単純に救いだった。誰かがいることが、誰かがまだ起きていることが、つまりは誰かが生きているということが、私が生きていることが伝わってきた。吸い込まれるように店内に入った。そこには当然のように店員がいて、私を席に案内してくれた。この時初めて、私は宇宙船に乗ったのだ。席に座る一人ひとりの孤独の共振でできた膜にすっぽりと包まれ、宇宙のような孤独な暗闇を浮遊する心地よさを知った。他の乗客と言葉を交わしたことはない。ただ、気持ちはみんな同じではないのかと感じた。それから、私はこの宇宙船の正式な乗組員になった。

夜明けまであと三時間弱。私は今日も孤独を隣の男と響かせながら、この宇宙船でじっと静かに朝を待っている。


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