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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第八章 「一つの艦が出航し、水平線に消えるまで」
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第九十五話 救出

「――プハァっ」


 礼一少年は、拘束を解除されるや否や、思わず止めていた息を吐き出し、僅かに焦げ臭い空気を吸い込んだ。目の前には焼け焦げた死体が転がっている。


 彼は体を引っ込めてすぐ、音もなく後ろから近づいてきた『騎士団』の兵士にこのように拘束されたのだった。


「誰だ、お前たちは」


 しかし、礼一少年はあくまでも市井の人間。


 『騎士団』などというものは知らないので、つまり制服を見ただけでは分からなかったのだ。


 だから、ただ突然何者かがどういうわけか自分を助けたということしか分からなかった。


 彼にしてみれば、突然彼を誘拐した黒騎隊と対して変わらないのである。


 すると、礼一少年のその誰何に、その兵士は答えた。


「ナカジマ・レイイチ――だな? 我々は『騎士団』、ルメンシス皇帝軍だ。ミヤシタ・サンキ氏からの情報により君たちを助けに来た」


「ミヤシタさんが? ……一体どういうわけです?」


 ミヤシタという名前に礼一少年は意外な感触を覚えた。


 情報というのはまあ彼の政治的なコネクションの問題だろうと礼一少年にも理解できたのだが、礼一少年たちを助けようと彼が試みるとは思えなかったのだ。


「説明は後だ。脱出しなければ、船が沈む」


 しかし、兵士はそれ以上は何も言わず、背後の警戒をしながら礼一少年へ先へ行くよう促した。


 そうして彼が先ほどの角を曲がると、もう一人いた見張りが向かいの壁に身を預けて倒れているのが彼には見えた。


 その喉は切り開かれて、真っ赤な血を垂らしていたらしい。つまり、既にその息吹は失われ、ただのモノとして近くにいた兵士に扱われていた。


 肩から散弾銃を下げている彼は鍵を探しているようだった。礼一少年が扉の前に行くまでの間に、彼はそれを血に塗れた黒服のポケットから取り出すと、すっくと立ち上がり、礼一少年を睨むように見下ろして、それからそれを扉に使った。


(…………?)


 礼一少年はその視線に僅かばかりの不信感を感じたが、それは単にその兵士が自分より身長が高いせいだろうと思うことにした。


 彼からすれば、それよりもヨハナのことが重要であった。


 彼は重そうな扉が開かれるや否や、兵士を押しのけ中に滑り込んだ。


 すると彼は自身の部屋のようにそこも狭かろうと考えていたので、そのようなことをすれば体を壁にぶつけるに違いないと考えたのだが、実際にはそれは起こらなかった。


 そこは彼のそれとは対照的に、かなり広い部屋であった。調度品も同様に、彼の部屋にはなかった机や椅子、卓上型の魔導ランプやペンの類まであった。


 部屋になかったものと言えばトイレぐらいのものだったが、これはむしろある方が異常であろう。


 当然のことながら、どうしても部屋から出てはならない事情があるのでもなければ、艦内にある共用のそれを使うのが普通だ。


 しかし、とはいえ、それらのものは彼に大して影響をもたらさなかった。彼の視界に映っていたのはベッドのところに顔を押さえて座っているヨハナでしかない。それ以外は背景としても現れてはいなかった。


「ヨハナさん!」


 礼一少年は部屋に入った勢いそのままに彼女の下へ駆けていった。一刻も早く彼女に会いたかったし、救い出したかった。だから彼は彼女の視線の高さに合わせてそう語りかけた。


 しかし、返答はなかった。彼が耳を澄ませると、戦闘のドンパチに隠れてすすり泣く声が聞こえた。彼は逸る心を静め、口調を抑えて再び言った。


「ヨハナさん……? 大丈夫ですか?」


 彼はそう言いながら彼女の顔を覗き込み、そこを覆う手を優しく取り払おうと試みた。きっと、見知った顔を見れば彼女も安心するだろうという目算が彼にはあった。


 すると、そうされた彼女は、グシャグシャな、しかしそうでありながら端正な顔を彼に向け、言った。


「お兄ちゃん……レイイチお兄ちゃん……」


 彼は気づいた。そのときの彼女の顔は、まるで泣きじゃくる幼女のようであると。聞き慣れない爆音と怒号の中で怯える一人の少女のようであると。


「お兄ちゃん、怖いよ……ヨハナ怖い……!」


 そう言いながら、彼女は、彼が心のどこかでそうなるだろうと予期していた通りに、彼に心理的にも物理的にもすがりついてきた。泣きじゃくりながら、その顔を彼の胸に押しつけてきた。


 しかし、それはどこか奇妙であった。恐ろしさすらあった。如何に素材が可憐といえども、大の大人が恐怖し、怯えている――というだけではない、文字通り子供のように涙を流すという光景は、どのように解釈しようとも怪談めいた何かにしか礼一少年には感じられなかった。


 たとえ、その「大人」が誰よりも愛している女性であったとしても。


 しかし、そうであったからこそ、彼は彼女に手を差し伸べた。背中をさすり、抱き寄せた。


「――大丈夫だよ、お兄ちゃんがもう来たからね、一緒にお家に帰ろうね……」


 そのとき彼は、自分のその声が演技の色をまとっていることに驚いていた。彼にはそんなつもりはなかった。それはただ自然に口からこぼれた言葉のはずだったのだ。


 何かがおかしい。


 何かが狂い始めた。


 彼女だけでなく、自分も。


 彼の体を重くするのがその違和感だったとしたら、その声の主は彼の肩にのしかかっているに違いなかった。


「――おい」


 彼がそうして全く身動きの取れないまま見えない何かに押しつぶされなかったのは、先ほど死体を物色していた兵士からぶっきらぼうな声でこうして声をかけられ、振り向いたからだ。


「移動だ。ボサッとするな、船が沈むぞ」


 彼はただそれだけ言うと、それきり興味を失ったように部屋の外へ出、彼らをそこで二人きりにした。


 しかし、そう言われたにも関わらず、礼一少年は何をすべきかすぐには分からなかった。むしろ突然の第三者の介入に混乱をかき立てられた。


 ――僕は、一体どうしたらいい?


 その一瞬の隙を突いたように、お兄ちゃん、という甘えた声がすぐそば、すぐ後ろから聞こえ、彼はヨハナの方をもう一度見た。


 彼は自分が彼女同様震えていることに気がついた。彼女の子供のように真っ直ぐな目線は彼にとってはナイフと同義だった。


 だから彼は立ち上がった。それによって脅された――ようなものだった。


「行こう――帰ろう、ルメンシスへ」


 そうだ、僕は――僕は、ヨハナさんを守らなきゃいけないんだ。僕も怖いけど、ヨハナさんはもっと怖いはずなんだ。だからこうして――こうなってしまっているんだ。


 だったら、自分のことなんて、二の次にしなくちゃいけないんだ。そうするのが「正しいこと」なんだ。


 そう考えたから、彼は、彼女を連れて立ち上がった。彼女は自分から歩くこともままならないのか、酷く重く彼にのしかかった。それでも、震える足を奮い立たせ、笑う膝を伸ばし、すっくと、立ってみせた。


「ヨハナさ――ヨハナ『ちゃん』、目を閉じて」


 忘れずに礼一少年は部屋から出るときにそう言った。すぐそこに死体がゴロゴロ転がっているのを見せるわけにはいかなかった。


 彼女には、ただ平和な世界だけを見せていたかったし、今までも彼はそうしてきた。彼の戦いの理由は全てそれだ。


 すると、彼女は何も知らぬ幼女のようにしっかりと目を閉じた。何故幼少期の自分が礼一少年という人物を知っているのかも忘れて。


「……歪んでいるな」


 彼らが、部屋から出ると同時に進み始めた兵士に着いていくところで投げかけられた背後からの声に、礼一少年は首筋につららを押し当てられたかのような気持ちになって、振り返った。


 その声の主は、先ほどの鋭い視線の主でもある、長身の兵士だった。彼は周囲への警戒の目線は外さずに、礼一少年をただ罵倒した。


 とはいえ、その発言者本人にとって、それはただの呟きでしかなかった。どれほど過激に表現しても、感想という、刺激臭など少しもしない行動に過ぎなかった。


「何?」


 しかし、礼一少年は、あっさりとその存在すらしない誘いに乗ってしまった。


「? ……何でもない。甲板まで上るぞ――時間がないと言っただろう」


 そう言って、兵士は先へと進んでいく。事実、船体はすでに、気をつけていないと歩くことも難しいほどに傾いていた。転覆までのタイムリミットまでそう長くないのは誰の目にも明らかだった。


 だが、礼一少年はむしろ、その無関心で無神経な態度にこそ逆撫でられた。


「あなたは、今、何て言ったんですか」


「ただの独り言だ、忘れろと言った」


「撤回してください、歪んでいるだって? ヨハナさんが?」


 礼一少年はそう言ってその兵士の体のどこかでも掴もうとした。しかし、それは、ヨハナの体の重さが枷になって妨害された。


「お兄ちゃん、喧嘩しちゃやだよぉ……」


 彼女の言葉も、彼を押し止めるものであった。


「ッ……!」


 すると、立ち止まってしまった礼一少年は目線でしか敵意を示すことしかできない、ただの木偶の坊であった。少なくとも、彼にはそう思えた。


 しかし、その目線は兵士に幾ばくかの影響を与えたようだった。彼は先ほどの態度とは打って変わって、自らの職務を一時放棄し、礼一少年へと振り返った。


「ふん――お前は随分と勘違いをしているようだな。俺が歪んでいると言ったのは、その女のことじゃあない」


「じゃあ、誰だって言うんですか」


「お前だ」


 礼一少年は、目を見開いた。


「お前のその献身は、なるほどそれほど不思議ではない。命を懸けてでも守りたいというそれは――言葉にするのは、少なくとも本人と『当事者』の前では、不謹慎であろうから控えるが――まあ、『言いよどむ類のもの』として捉えたのならば、一般的な部類だろう。」


 兵士は、しかし、冷然とそれを見据え、明言した。


「だが、お前のそれは不誠実だ。


 守りたいのは分かる。伝わる。


 しかし、それを守っているその誰かに分からせようとはせず、伝えようともしない。どうやってかも、どうしてかも――それは、つまり……そうだな、お前は何がしたいんだ?


 そうして自分のやっていることを隠して、それで一体何を得ようとしている? 何が得られると思っている?


 ……誰にでも、何でも、言葉にしなければ伝わらない。ただ行動だけから理解できるはずがない。


 そのことに、お前は、向き合わなければならない――無論、無事に帰ることができたならの話だが」

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