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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第八章 「一つの艦が出航し、水平線に消えるまで」
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第九十二話 『騎士団』

 『騎士団』。


 それは、ルメンシス語においては、日本語で一般的な「王侯などの権力者に集められた騎士の集団」という意味ではまず使われない。


 一応注釈をつけておくと、異世界の言葉を日本語に翻訳する都合上、どうしても齟齬が発生するため――この際具体的に言ってしまえば、日本語には定冠詞が存在しないため――この言葉の特殊な意味合いというものを理解するのは難しい。


 ところで、例えば英語で、定冠詞がつく場合のルールを読者諸兄は知っておられるだろうか?


 それらは文化的かつ歴史的に、様々な経緯の元に発達したものであるから、当然煩雑で、面倒で、何より数が膨大なのだが――この場合適用されるのは、「通常、一つしかないもの」には定冠詞をつける、というルールだろう。


 例えば、「世界」や「地球」というものは、一つしかない。そういう物には定冠詞をつけるのである。


 つまり、ルメンシス語で騎士団を表す言葉に定冠詞がついた場合――それは、ルメンシス教国皇帝陸軍最強の特殊部隊のことを指す。


 世界に誇る大帝国において、唯一公式に認可された皇帝のための騎士団。


 それは、最早、世界に一つしかないと言えるだろう。


 事実、少なくとも発足当初は、存在しなかった。


 教皇軍の『聖歌隊』も、神聖帝国の『黒騎隊』も、イグルンランド連合王国やコロンボ共和国における海兵隊でさえも、結局はこれの真似事なのである。


 そして、自らの本家本元たる『騎士団』に対して、ガランドル率いる黒騎隊は非常に苦戦を強いられていた。


 まずもって、黒騎隊は兵力で劣っていた。


 元々、一個歩兵小隊と一個機装巨人小隊の共同部隊に予備として小規模な砲兵隊がついていただけの彼らでは、砲兵隊が全滅した状況において使えるのは一個小隊と少しが関の山であった。


 何しろ機装巨人小隊の内訳というのは、機数分のパイロットと、戦闘を念頭には置かれていない整備兵である――数としては心もとない。


 そこに一応増強として水兵たちが使えるわけだが、海戦ですらスペシャリストというわけでもない彼らが陸戦の一形態である白兵戦で役に立つか、と言われれば全く数の内にも入らないとまともな将兵なら答えるだろう。


 それに対して、物量を是とする軍隊において質を追求してきた騎士団は数を用意してきていた。


 総勢、二個小隊。


 端的に言って、二倍である。


 それも、全てが精鋭。


(少尉と前線の報告が本当ならば、な……)


 そのとき、ガランドルは思わず持っていたペンを投げそうになった自分に気がついて、一つ大きな溜め息をついた。


 本当ならば、などという言い方をしたが、それは結局現実逃避に過ぎない。


 これは、本当なのだ。少尉も前線も、この状況においてすら冷静沈着に戦闘をこなしている。そこにミスはない。


 彼はその湧き上がった発作的心情を机の上にペンを置くことで押さえようとした。しかし、そうすると同時にペンはコロコロと転がり、机の反対側へ着くとそのまま地面へ転がり落ちた。艦の傾斜はますます酷くなってきている。


 ガランドルは焦っていた。事実、彼ら黒騎隊は、戦術的にも戦略的にも、非常に追い詰められていたからだ。


 戦術的には、前述の兵力差の問題と、艦の傾斜――もっと正確に言えば、グレネードによる人的または物的被害。これらはわざわざ深く説明するまでもなく、明白だろう。


 それに起因する不利は、端的に言えば戦力の集中と分散のバランスに悪影響を与え、前線はそれを保つために敵の襲撃の度にじりじりと後退せざるを得なかった。


 しかし、戦略的に言えば――歩兵が乗り込んできているという事実が、彼らにとっては大問題であった。


(まさか、『積み荷』のことが察知されたのか?)


 彼らの作戦の意図は、首都直撃によって引き起こされる前線の混乱でも、人的被害による敵の戦意喪失でもなかった。


 あくまで、軍事的行動は全て「陽動」でしかない。


 よって、それらによって生じた優位も、その全部が「副次的効果」でしかない。


 つまり、その本来の意図は――「ヨハナ・フェーゲラインと、ナカジマ・レイイチ両名の拉致」にこそある。


 故の、『積み荷』である。


 もちろん、ならば最初から反撃を受けないよう、隠密作戦によって両名の拉致に踏み切ればよかったではないか――という考えもあるだろう。


 しかし、それでは彼らの行方不明が際立ってしまう――多数の死亡と行方不明に紛れ込ませなければ勘のいい人間には「計画」が露見しかねないし、その勘のいい人間は生きてしまうし、そして何より、その反論はガランドルの焦りとは結びつかない、余談だ。


 さて、軍事的行動をした撤退路にある以上は、常に反撃を受ける危険性がある。


 損失というのは、大抵の場合、戦いの真っ只中のそれよりも、どちらかが戦いを止め背中を見せた瞬間からのそれの方が大きくなるものであるからだ。


 逃げる敵の背中よりも魅力的な目標は無能な上官のそれぐらいのものだろう。


 だが、それならば、追撃に来るのはあくまで敵機装巨人か、若干生き残った駆逐艦などの補助艦艇のみになるはずである――そして、そうはなっていない。


 駆逐艦の代わりに歩兵輸送用の舟艇が襲ってきている。これは奇妙なことだった。


 最初、右舷の砲兵隊からその情報を聞いたときは、冷静なガランドルですら古代か中世の海戦の間違いかと思った。あるいは、戦闘の熱狂により錯乱した兵士が思いつくままに妄想を報告しているのかと考えた。


 実際、その頃には距離がまだ遠かったため、信憑性はほとんどなかった。


 とはいえ、最初の報告があったときにもう、歩兵小隊を集めるだけのことはしていたし、自らは左舷まで退避していたのは、ガランドルの用心深さの為せる技である。


 しかし、それは、あくまで用心――想定の話だったときのこと。ハートマンの報告すら、ガランドルはまだ疑問の余地があると見ていたが、このように現実として歩兵が乗り込んできたのなら、話は別である。


 つまりそれは、臨検のためでも何でもなく、初めから敵がそれによる交戦を企図して歩兵を連れていたということが、現実になるからだ。


 更に噛み砕いて言えば、敵の目標は、輸送艦の撃沈ではなく――寧ろ、その『積み荷』にこそあった、ということになる。


 普通の戦いであれば、お互いがある程度戦略的意図を把握している状態から始まるから、一見イーブンなように見えるが――そうされていないということがアドバンテージとなるはずだった彼らにとっては相当な痛手である。


 しかも、敵は正面にいるだけではない。情報漏れ――スパイがどこかにいるかもしれないという可能性とも、彼らは戦わなければならなかった。


(いや、『可能性はそれだけではない』か?)


 そこまで考えて、思考の極限におかれたガランドルは不意に気がついた――敵が『積み荷』を知る手段に関して言えば、別にスパイでなくてもいいのではないか?


 ヨハナ・フェーゲラインは一見すればただの街娘である。確かに、大半の人間と、かの国の政治家及び諜報部はそれに騙されてしまって、結果黒騎隊に出し抜かれた。


 恐らく彼らの中では、彼女の神聖帝国というその出自を知っても「事実」と結びつかなかったのだろう――そして、もっと純粋に、彼女という歴史を、体系として理解するには彼女という人物をあまりに知らなかったのだろう。


 人が何者かというのは、ただの情報では理解しがたい。もしそうしようとするのであれば、優れた探偵が、行動の癖(の痕跡)から犯人を導き出すように、実際に会って、見て――事件に関与しなければならない。


 ならば、彼女を古くからよく知る人物ならどうか? 彼女のことを関係する事件ごと知っているのなら誰でもいい。行きつけの八百屋の店主でも、魚屋の主人でも、レストランのオーナーでも。


 何なら、レイイチとかいう男も、拉致されているとはいえ、一つ候補ではあるだろう。


 ……無論、例とした彼らに『騎士団』に通じるだけの政治的パイプがあるのならば。


 レイイチ、という東方的な名前を聞いたとき、ガランドルは、何かを閃いたような気がした。それは接触の悪い魔導ランプが一瞬点いて消えたかのようなものだった。


 そのため、発令所に飛び込んできた伝令の声にそれはかき消されてしまった。 


「何だ」


「報告します――ヨハナ・フェーゲライン嬢及びナカジマ・レイイチの確保に失敗。見張りは共に死亡、監禁していた部屋は、既にもぬけの殻だったとのことです!」


 その必死な叫び声は、「危うい均衡を保っていた防衛線が何らかの形で突破され、その後ろにある『戦略目標』が敵に確保された」という意味だと、彼には聞こえた。


 敗北の足音が、彼の耳元で鳴ったのである。

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