第九十話 夜戦
無謀無茶無策をやるのが黒騎隊だ、と言えば聞こえはいいが、それを言った張本人であるガランドルがどういう立場にいるのかといえば現場の人間でないことは明らかで、要するにこのセリフは「無謀無茶無策を押しつけられた現場」という構図の縮尺が変わったに過ぎなかった。
「整備兵! 機装巨人の用意はどうか!」
その「小さな現場」であるハートマンは水兵と砲兵でごった返している中を駆け抜けるようにして機装巨人のあるコンテナへとたどり着いた。そこでは何人もの兵士が自分の担当の機装巨人にかじりついている。
「ハートマン少尉――無理です! まだ機体は回せない! 『フリードリヒ』も『アントン』も、まだ……!」
その内の一人が、担当らしい『フリードリヒ』――シリーズ109の現行タイプ――から顔を上げてそう言った。
彼の顔にはすすが付いていて、彼の必死さを際立たせていた。
『アントン』――新型のずんぐりむっくりとした機装巨人――にかかっている兵士も同様だった。
そこにいるものは全員、彼ら自身の制服を頭まで被っているかのように真っ黒だった。
「ええい、少佐も簡単に言ってくれたものだ、移動砲台だと!? まだ稼働状態にあるものがないというのに……」
如何に自分の恩師にして同志である人の命令といえども、こればかりは彼も悪態を吐かずにいられなかった。
そうして狭いコンテナとコンテナの間に見つけたスペースに潜り込むと、彼はそこで誰も取り付いていない機装巨人があることに気がついた。
それは『エーミール』――シリーズ109における、『フリードリヒ』の一つ前のモデルだった。
しかし、何故ここに?
「おい、これは?」
思わず、ハートマンは一番近くにいた整備兵にそう訊いていた。
「予備機です、一応出せるようにしてましたが……まさか、それで出るんですか!?」
ハートマンは待機姿勢を取っているそのどこか垢抜けないデザインの機体を見上げた。
その手足は『フリードリヒ』同様長く、そのため搭載可能な最大火力だけは現行機と遜色ないが、如何せん旧式、魔導エンジンの出力の面や照準装置の性能ではどうしても劣る部分がある。
「しかし、背に腹は代えられない、事態は一刻を争う――出るぞ!」
そう言うや否や、ハートマンは素早く『エーミール』の背中に飛び乗った。整備兵が何やら制止しようとしたようだったが、そんなものを聞きはしない。
どうせ暖機がどうだの言うだけだと判断した彼は、砲声の鳴り響く外へ届くよう、大声を張り上げて、言った。
「エーリッヒ・アルフレート・ハートマン! 『エーミール』出るぞ!」
機体が起き上がる。
巨人が、目覚める。
かつて、機装巨人がまだ新兵器と呼ばれていた頃のこと、彼ら神聖帝国人の祖先であるサバッジ人たちは、このオリカルクムで作られた自立する鎧により壊滅的敗北を喫した。
精強な騎馬民族であった彼らをして、その人間のスケールを越えたマシーンはまるで神の化身のように見えたであろう。その恐怖が彼らを踏み潰したのだ。
機装巨人の本質は、恐怖である。人間では敵わないと思わせるだけの見た目にこそある。
立ち上がった『エーミール』を、普段から見慣れていて、なおかつ今も触れているはずの整備兵たちが思わず恐れの目線で見てしまったことが、その証明である。
その視線の槍衾の端で、ハートマンはマルセリアが整備兵に食ってかかっているのを見つけた。機体がまだ準備できていないことを詰っているようである。
ハートマンはそれを見て、整備兵には申し訳なさを、マルセリアにはいい気味だという気持ちを抱きながら、武装を取りつつそれらとすれ違った。
武装、要するに魔砲である。シリーズ109は、一般的な20口径クラスの75mm魔砲ではなく、『フリードリヒ』などの新型機がしようする、ワンランク上の30口径のそれを『エーミール』の時点で搭載できる。
手足が長ければ、長くてもそれだけ重心を押さえやすいので、そのようなことができるのだ。
ハートマンはコンテナから機体を出した。すると、一繋がりに綴られた呪文のような機関魔砲の砲声の合間の、檄を飛ばすような鋭い砲声が彼を洗礼する。
それは黒騎隊の砲兵が操る対機装巨人用75mm魔砲の音である。機装巨人の操るものより長砲身であり、つまり射程も長ければ威力も高かった。
もし、それに欠点があるとすれば――少なくともこの戦いの場合、艦に直結された照準器を持ってはないので、折角の精度も無駄になっているということであろうか。
艦は自分で進んでいるから、敵の移動分だけではなく、その分を考慮して射撃しなければならないのだが、動かない陸地での戦闘を想定しているこの魔砲では、その分だけズレてしまう。
かといって、艦に取り付けられているため精度のよい機関魔砲――ハートマンが砲声から推定するに、40mmクラス――では機装巨人を撃破するのは難しい。
魔砲はその原理上、どうしても威力や射程が口径に依存するため、今の機装巨人が持つ75mm級とはマトモに撃ち合うことができないのだ。
大抵は、先手を取られ、一方的に破壊される。仮に射程に捉えたとしても、一撃で撃破できるとは限らないのが、現在の40mm級だった。
もちろん、それらを活かす術がないわけではない。低威力の40mmも当たり続ければ脅威にはなることや、敵が真っ直ぐ走れば75mmでもいずれは当てることができることも事実だ。
だから、今彼らがそうしているように、40mmで進路を制限し、75mmで狙撃するというのは、悪くなかった。
しかし――。
ハートマンは近くで起こった小爆発に、思わず機体を屈めさせた。75mmの射点が一つ潰されたのだ。
その事実に彼は戦慄した。まだ敵は、距離にして千メートル以上向こうにいるはずなのだ。
確かに対艦射撃は可能な距離であるが、ピンポイントで射点を潰す――しかも、荒れた海面から、全速力で機体を走らせている状況で――というのは、ただ者ではない。
ハートマンは、機体をコンテナの陰から前に出した。同時に照準スコープを覗き込み、一番右の一機に合わせる。艦の揺れがそのまま伝わってくるその視界を見て、彼は自分が船酔いしにくい性質なことに心から感謝した。
だが同時に、彼は敵をその視界に捉えた途端、困惑した。その敵――『バンデット・C』と符号が付けられている――の動きがどこか妙だったからだ。攻撃を避けようとはしているのだが、実際には何かを庇おうとしているように、わざと狙われているように彼は感じた。
しかし、その間、僅かに半秒。それらの揺れが彼の機体が放った射撃の反動でかき消され、発砲音が機関魔砲と対機装巨人魔砲の織りなすリズムに一石を投じた。
『エーミール』の75mmは長砲身――弾速が速い。数々の水柱を潜り抜けるように不可視の破壊力が敵へと伸びていって――直撃! 敵の胴に大穴が空き、そこから数歩進んだ後、火を噴きながら、階段を降りるように海へ沈んでいった。
たったの一撃である。マルセリアが格闘戦を好み、得意とするならば、彼の強みは射撃であり、それはシリーズ109の設計と合致したものだった。
「こちら黒騎隊のハートマン少尉、『バンデット・C』を撃墜! 次の目標を――」
彼はそう言いながら、次の獲物を探そうと目を凝らした。敵はもう目と鼻の先である。しかし残りは二機――そう思った矢先である、その二機の内の一機の後ろにあるものを、彼は見た。
「――舟艇! 敵は舟艇を後ろに抱えている――さっきの動きはこれか!?」
彼は叫びながら、その小舟に射撃を加えようとした。
しかし、その瞬間に殺気。その舟艇の姿を隠していたのとは別の機装巨人が、砲身を彼の方に向けていた。
それに気づくや否や、彼は舌打ちをしながらコンテナを盾にするようにして隠れ、その射撃をかわし、そのまま次の射点へと機体を走らせる。それはシリーズ109の基本戦法、一撃離脱である。
しかし、どちらかといえば、彼は離脱せざるを得なかったのだ。敵の反応は連続射撃を許しはしなかった。結果、舟艇は妨害を受けず、無傷で突撃してくる。防御砲火は、相変わらずあてにならない。
だからこそ、今度の射点は無人コンテナの上。移動に時間はわずかにかかるが、彼は制高の有利が得られるという点を重視した。
『エーミール』の高くなった視界の中で、無数の火線をかいくぐって、敵舟艇が蛇のようににじり寄ってくる。それは機装巨人よりも速い! 最早、一刻の猶予もない距離へと迫っていた。
しかし、それはおかしい。この勢いのまま艦の側面に突撃しても、遥かに軽量な舟艇の側が破損するだけであり、何らダメージにはならない。それなら機装巨人をもう一機連れてくる方が戦力になるというものだ。
(まさか――自爆するというのか!?)
しかし、もしその舟艇に爆弾を満載していたならば? 敵が命に代えてもこちらを生かして帰さぬつもりでいるとするならば? ――首都直撃というのは、畏怖と同じぐらい復讐心を沸き立たせる。あり得ない話ではない!
彼は、その見晴らしのいいポイントから、登った勢いそのまま、射撃姿勢を取る。もし敵の目論見が彼の予想通りなら、彼には一瞬の油断も許されない。
故に、先程よりも素早い照準――しかし、彼は動揺した。爆弾を積んでいたと思われた舟艇は、敵兵を満載していたからだ。
その一瞬の矛盾は、彼の注意力をそれだけ散漫にさせ、代わりに周囲へ注意を向けさせた。
そうして、ハートマンは、敵機装巨人――舟艇を隠していた張本人で、Bの符号が付けられていた――が飛び上がって、今にもグレネードを砲座群に向けて投げようとしていたことに気がつくことができたのだ。
「敵兵が来る――!」
彼は、その事実たちに沿って敵の目論見を頭の中で修正し、照準もそれに合わせた。
彼が撃ったのは舟艇ではなくバンデットBの右胸。そこには大抵、右肩のアクチュエーターがあり、そこを貫通できれば、そこにはコックピットがある。
旧式とはいえ、前述の通り、『エーミール』は火力面では優秀だ。その術弾は難なく敵の装甲を打ち破り、バランスを崩した敵は空中で回転する。
ハートマンは勝ちを確信した。肩が吹き飛び満足な運動エネルギーを得られなかったグレネードは敵の手を離れ、宙を舞っている。じきにその場で爆発するだろう。
しかしその確信のために、アクチュエーターに阻まれて、敵のコックピットまで術弾が届いていなかったことに気づくのが遅れた。
「!」
彼は気づくと同時に第二射を放った。今度の砲撃は敵の腹のド真ん中を下から突き刺すような軌道を描き、内部で吹き荒れた魔力はパイロットをズタズタに引き裂いた。
ハートマンの反応は並大抵の兵士のものではなかった。しかし、それでも彼は間に合わなかった。敵はその一瞬の隙を巡る競り合いに勝っていた。
バランスを崩し体が海面に対して水平になった瞬間、敵は自然と上がっていたカカトを振り下ろすことでグレネードを正面へ弾き出し、砲座群――のやや下へと届かせた。
(喫水線――!)
そのとき彼にできたことといえば、機体をコンテナの上から飛び降りさせて、少しでも物陰へ機体を隠そうとすることだけだった。
そして、衝撃。爆音。
機体が糸で引っ張られたかのように後上方へと吹っ飛ばされ、反対側のコンテナに背中を打ちつけると、そのまま重力に従って甲板へと墜落していく。
そうしてそのまま頭部を下にして激突するより僅かに早く復帰操作したハートマンは、綺麗な着地はさせられなかったまでも、何とか機体に受け身を取らせることに成功した。
しかし、その着地した甲板は、既に水平ではなかった。熟練した操縦士であるハートマンは、足場としているそれが、右舷側に傾き始めていることに気がついた。のぞき込むまでもなく、そこには大穴が空いているのだ。
しかも、その近くのコンテナからは霧雨の中にも関わらず火の手が上がっていて煙が辺りの視界を幾分か奪っていた。
つまり、それはどういうことか――接舷する敵歩兵にとって、それだけ好都合ということだった。船内に入り込むための喫水線ギリギリの穴があり、煙が自分たちの行動を隠してくれる。
ハートマンは煙の中へ飛び込もうと考えた。歩兵に対して機装巨人は基本的に有利である。穴は下の方に空いているのだから、上から魔砲を何発も撃ち込んでやれば、どんな精鋭部隊でも例の対機装巨人無反動砲なしにはまず歯が立たない。
しかし、彼が決意の通り飛び込まんとしたとき、彼は再び殺気を感じ取った。その正体は煙に隠されてよく見えなかったが、彼は機体の膝を折ってしゃがみ込ませると同時に、そちらの方向へ狙いもろくにつけずに魔砲を撃った。
不可視の砲弾が交錯し、閉じ込めた魔力の分だけ煙を払って、お互いの狙った空間へと飛翔するが、狙った物体へは当たらない。ハートマンは的を外し、敵は的に避けられたのだ。
そしてわずかに晴れた煙の向こうには、敵機装巨人――。
彼は俄かに狼狽した。それは、敵機が、見慣れたものとは違う意匠を持っていたことに起因する恐怖ではない。寧ろ、知っていたからこそ、恐れるのだった。
その、敵機の肩にある紋章を。




