第八十二話 ロートルVSニューカマー
地獄への道が善意で舗装されているように、その日のコロシアムへの道は民衆と兵士の血と死体で均されていた。
堀末による大虐殺――その再演会場となったメインストリートでは、先に死んだ民衆だったものの上に、兵士だったものが覆い被さって石畳を成していた。
少ないながらも出撃した機装巨人もそうだ。歩兵同様、次々と遮蔽物から出ては撃破され、出ては撃破されを繰り返した。
彼らは大国らしく数が多かった。しかしこのような悲劇が起きてしまったのは、その全てが召集されたばかりで、つまり訓練未了であり、黒の襲撃者に対してあまりに力量不足であったからだ。
全てが前線に吸い上げられる戦時であるというのに即応できたのも、ルメンシスという街の、複雑な縄張り関係にもかかわらず出撃したのも、戦術的に迂回を検討すらしなかったのも同じ理屈だ。数的有利を使いこなすには彼らは戦い慣れていなかったのである。
結果から言えば、それは若さ故の過ちだったのだが。
彼らの内幸運にも生き残っていた者たちは、それを味方機装巨人の残骸の陰でひしひしと感じていた。
無謀な突撃の中で偶然出遅れたことが彼らを救ったのだが、それは彼らにとって、死を先延ばしにし、絶望を味わう時間を延長するという愚行にしか思えなかった。
一応、生き残るための散発的な抵抗が続いていたが、突破力に優れる機装巨人は既に見ての通りの有様、歩兵も震えているだけの臆病な二十人足らずしかいない。
勝敗は誰の目にも明らかであり、その軍配の向きがどのような結果を生むか――それも、一目瞭然のように思われた。
しかし、天は名もなき新兵たちに味方したようであった。
敵の魔導輸送車のエンジン音が一際大きくなったと思ったら、突然、どういうわけか、敵機装巨人と歩兵部隊が踵を返してメインストリートから撤退したのである。
もちろん、新兵たちは理路整然としたそれを指をくわえて見ることしかできなかったが、それは彼らが多大な犠牲を払って手に入れた、兵役最初の勝利であった。
しかし、それが所詮、戦術的勝利に過ぎなかったことを、終生彼らは知ることはなかった。
遅ればせながらも迎撃に出たのは新兵たちだけではない。新兵がいるということは、当然そこには鬼軍曹かはともかくとしても教官がいるのは必定であろう。
とはいえ、普段の訓練がありながら、彼らは連携を取ることに失敗した。何故なら新兵たちのそれはあくまで暴走であり、教官たちのそれは自らの経験と思慮に基づく形であったからだ。
つまり、前者がとにかく接敵に重きを置いていたのに対して、後者は、それでは待ち伏せされる形になると考え、敵の帰路にて待つという形を取ったということだ。
もちろん、後者では民衆を守るという戦術目標を達成できないのは明らかであったが、行ったところで間に合わなかっただろうことは前述してきた通りであるし、それならば敵の殲滅を考えた方が建設的である――という判断であった。
何より、敵がいつ、どうやって、しかも見つからずにルメンシスに侵攻したのかは分からなくとも、ルメンシスから出るだろうということは確信できたからだ。
こうして次善的手法を採用した彼らであったが、とはいえ、ルメンシスから出る城門となると、いくつもの候補がある。兵力状況は新兵らのそれよりも厳しいことを考えると、分散は愚作中の愚作であった。
だが、彼らとて教官を務められるほどのベテランである。その多くは退役寸前の年齢とはいえ、当然耄碌するほどではない。
フィウミティン街道――西へ伸びる、ルメンシスに最も近い港への道が帰路として選ばれるはずだ、と彼らは考えた。
敵がどこから現れたかは残念ながら情報がなかったが――戦時という状況を鑑みれば、敵である神聖帝国が犯人に違いない、とすれば最短距離を取るだろう、というのが理由であった。
かくして彼らはその街道を三機の機装巨人で進撃していた。
旧式の「42式」改造の練習機がたったの一編隊分とその操縦士――それが彼らの持つ兵力の全てであった。
旧式ということは、装甲も薄ければ、火力も劣る。先頭の機体だけは手持ち式の追加装甲板を装備して不期遭遇に備えていたが、対策としてできるのはそれだけであった。
唯一救いだったのは、原型である42式が彼らが現役時代慣れ親しんだ機種であったということか。
街道に出て五分としない内に、黒い影がこちら側に向かってくるのに彼らは気がついた。
被弾面積が小さめなその細身のシルエットは、胴体に比して手足がスラッと長い。神聖帝国独立戦争で嫌というほど彼らが戦った「シリーズ109」の特徴だ。予想通り、敵国である神聖帝国製。しかし、慣れ親しんだそれよりも洗練されたデザイン――改良型であろう。
教官らが敵に気づくとすぐに、敵もまた彼らに気がついたようだった。
敵先頭は後ろについていた二台の魔導車と後続機(一機)に進路変更をさせるや否や、敵軍を制止すべく機体を停止。そして、お互いの魔砲がお互いへ向けられる。
先手を取ったのはどちらでもなかった。砲撃音は重なり合って二つ。双方が同時に射撃したということは、実力差がほぼないことを示していた。
お互い、先頭の機体は、その姿勢が被弾によってブレた。教官たちのそれは、左手で構えていた盾の右半分が砕け、対する敵のそれは胸部装甲から着弾煙をくゆらせていた。その隙にルメンシス側の後続機は離脱。敵本隊を追撃する動きを取った。
分散の愚を犯したような構図ではあるが、旧式機の中でも速度が遅い42式では一度逃がせば追いつけないという事情もある。
いくら旧式とはいえ、一対二の状況であれば側面を取ることで火力をカバーできるという判断でもあった。
こうして、旧式対新型の決闘が始まる。42式は目くらまし代わりに、どうせ正面からでは役に立たない魔砲を敵に投げつけた。敵機はその衝撃で立ち上がることに失敗し、再び膝をつくことになる。
その隙に42式は腰にマウントしていた剣を抜いた。振動により装甲を赤熱させ切り裂くそれを、盾の裏に隠れつつ構え、距離を詰める。
――ルメンシス皇帝軍伝統の格闘戦! 老獪な準備動作の先に行われるそれは、接近戦に応じるには手足が長すぎるシリーズ109が苦手とするものの一つだった。
しかし、ここで109は退かなかった。手足が長いということは当然リーチが長いということを意味する。
振り回すには確かに長すぎ、またアクチュエーターの関係から力ら強くないものの、この点だけ見れば有利なのは109側だった。
だから彼は格闘戦の誘いに乗った。膝をついたままの姿勢から、足元をすり抜けるように機動しながら魔砲を腰にマウントすると、その勢いで前転し、更にそこで抜刀。
それは耐久性よりも切れ味を重視したサーベルタイプのブレードである。鍔迫り合いには、42式の明らかや肉厚で頑丈なブレードに比べては向かないが、対装甲という点では優越していた。
109は半身の構え。42式は盾を前に突き出した独特の姿勢。正に龍と虎のごとき睨み合い。
その、一瞬の隙をも生まず、一時の迷いも見逃さないという対峙は、しかし、そう長くは続かなかった。
後方からの魔導エンジン音と振動。42式の操縦士は、振り返っただけでは間に合わないと判断し、咄嗟に、半壊した盾を109のいる正面へ向けたまま、剣をその腹で防御するように後ろへ構えた。
その瞬間、剣が砕け散って、それでも止まらなかった術弾が、薄い正面装甲を横から叩いた。魔力の暴発で吹き飛んだ留め金が、コックピット内部を引っ掻き回し、その内の一つは操縦士の頭部を掠め、出血させる。
その赤い視界の先に見えるのは新手。しかもずんぐりむっくりとした意匠は見覚えのないもの――新型!
敵の総数と種類が掴めなかったのは彼らの落ち度ではなかったが、しかしその事実は何らかの実際的意味合いを持つものではない。
多勢に無勢。武器は失われ、右腕も損傷。形勢は明らかに彼にとって、彼らにとって不利であった。
幸い、彼らはベテランであった。ここで新兵たちがそうしたように無謀な突撃をかけることはしなかった。
僚機に撤退を叫び、自分は一番近い敵に盾を投げつけてから、小回りを生かして、入り組んだ路地へと避退する。
当然、撤退が目的であり、その上機体特性上旋回の難しい敵機はそれらを追わず、城門に仮設された歩兵中心の防御陣地を蹴散らし、つつがなく撤退した。
この一連の戦闘によって生じた行動遅延は、僅かに五分。
しかし、この五分は――少なからず意味を持つことになった。




