第七十六話 依頼人は嘘を吐く
時遡ること、一週間。
つまり、開戦直前。
ミヤシタ商会執務室にて。
まだ日も出ていない早朝であるから、事務員も、私兵である大半の傭兵もやってきてはいない。
それどころか街の住人のほとんどは夢の中にいるはずだ。
しかし、大半の傭兵、ということは、裏返して言えば当然例外がいるということでもある。
その例外たる三名は、彼らの主の待つ執務室へと入っていく。
「クドウ以下三名、参りました」
魔導ランプだけを光源として、お互いの顔も分からないほどにわざと薄暗くしてあるその部屋にその言葉は響いた。
名乗った傭兵の、クドウ、という名前の響きから想像できるだろうが、彼らはオッデン系の生まれであり、そのため数いるミヤシタの部下の中でもより信頼できる人物であった。
何よりベテランでもあった。その経験にムニジョウ・エイロクの指導が加わっている。
何故ミヤシタがその信頼できるベテランを呼び出したかと言えば、それは防諜のためだった。
誰もいない早朝に呼び出したのも、部屋を最低限の光源だけにして薄暗くしているのも、優秀無比という噂の神聖帝国の諜報員を出し抜くためである。
「よろしい」
ミヤシタはそこでようやく紅茶のカップを机に置き、椅子から立ち上がった。その表情は不思議なほど深刻ではあったが、薄暗いため傭兵たちには読み取れなかった。
「諸君らも耳にしている通り、昨今、国際情勢は大変緊迫しつつある。私の手に入れた情報によれば、神聖帝国の主力艦隊は既に母港を離れたそうだ。つまり開戦まではそれほど時間がない」
そこでミヤシタは窓の外をチラリと見た。念のため、外に誰かがいないかを確認したのだ。そこには当然誰も見えない。ミヤシタは前に直って続けた。
「さて、言うまでもなく、開戦時には多大な混乱が予想される。神聖帝国の先制攻撃で戦争が始まるのであれば、それは更に深まるだろう。またそうでなかったとしても、国内の諸々の事情が悪化するのは必至である。
と、なれば、その混乱状態に乗じて夜逃げをし、借金からの逃避を図るという不届き者が開戦後に出るやもしれぬ」
そこで、だ。
と、彼は言う。
「諸君らには、本商会最大の債務者であるヨハナ・フェーゲラインを見張ってもらう。
現時点でも、この女は既にこちらの職員により見張られてはいるが、その内偵調査と、また返済状況から鑑みて、国外逃亡の危険性があると判断した。
また、数々の情報筋から、近隣の犯罪組織がそれを手助けするという示唆を受けている。
行動としてどれほどの規模かまでは不明だが、魔導小銃をはじめとした小火器までは想定される。妨害されるということを前提においていると考えて差し支えない。
そのため、本案件では、機装巨人の使用を許可する。
諸君らの作戦目的は、三つだ。
一つ目、フェーゲライン邸の警護。
二つ目、有事の際のヨハナ・フェーゲラインの身柄の確保。
三つ目、これは希望目標だが、敵犯罪組織構成員の逮捕。
数的劣勢が予想されるが、要請があれば必ず応援を送ると約束する。
以上だ。検討を祈る。」
ミヤシタがつらつらとそう言い終えると、その手足たる私兵たちは、本物の手足のように規則正しい敬礼をすると、部屋を後にした。
まだ日は登らない。ミヤシタは未だ眠る街を窓から眺めながら、自らの吐いた嘘に彼らが気づかないことを祈った。




