第七十話 ハイ・アングル・ガン
ムニジョウは、何かがチラリと遺跡の陰から再び飛び出たところにもう一発撃った。
強烈な振動。視界が一瞬だけ発砲煙で遮られる。
不可視の砲弾はゆるゆると宙を飛んで――遠くで土煙が舞う。外れだ。敵は稜線の向こう側へ隠れたようだった。
空しい着弾観測を終えると、ムニジョウは砲身の下にあるパーツを前後させて魔力カートリッジを交換した。十発入りの弾倉には後三発残されている。
それにしても、当たらない。それもそのはず、この砲は前述の通り比較的長射程だが、それは比較的というだけで、これほどの遠距離戦を想定しているわけではない。
故に、その対策として、後付けで、神聖帝国製の魔導照準器――機装巨人の「目」のように、クリスタルに魔導回路を埋め込んだもの――を砲身の上につけていた。
しかし、これがどうにもこの魔砲と相性が悪いようだった。
神聖帝国製といえば、魔砲も照準器も精度が大変優れているというイメージをムニジョウはもっていたが――それはあくまでコンビネーションとしての話であるらしい。
照準器の品質が如何によくとも、魔砲の精度そのものが悪いのでは到底当たるものではない。
当たらないもう一つの理由として「風が強い」ということがあったが、これは発砲煙を押し流してくれるという利点があるし、この程度ならいくらでも経験で補正が効く。
――とすれば、やはり砲の問題か。
ムニジョウは遠き祖国の魔導技術力を案じながらも、試射による調整をしなかったという自分の責任を認めて再び戦闘に意識を集中させ、照準器を覗き込む。
拡大された遺跡が眼前に映し出されるが、そこに機装巨人らしい姿は見られない。陰に隠れているようだ。
遺跡は高台にある。その丘の稜線の裏側を使えばいくらでも隠れている場所を移すことができるだろう。
ムニジョウはいつどこに出てもいいよう視野を広げるために、照準器の倍率を落とした。草原の緑が視界を幾分か再支配する。
それから、一つ息をついて、
(参ったな)
と、ムニジョウは思考する。というのも、敵の出現頻度が低下していたからだ。先ほどの一発にしても、数分かけてようやく掴んだ射撃機会だったのだ。
この事実から考えられることは一つ。
こちらの射点が少なくとも方角レベルまでは絞られてしまったということだ。
防御側としてはそれさえ分かってしまえば、長距離射撃はあまり怖くないだろう。
何故なら、それが分かれば、建物のどちらの側に行けば陰になるのかが分かるし、高台であることを生かして稜線の向こう側に隠れることもできるからだ。
射撃側からすれば、隠れられてる間は反撃されづらいというのはともかく、攻撃できないというのは非常に辛いものだ。
攻撃できなければ主導権を握ることはできないのである。
無論、稜線の向こう側へ迂回してしまえばその優位を打ち消すことができるのだが――防御側は防御側で、更にそこから裏手へ移動すれば、堂々巡りで状況を振り出しに戻せる。その際の射撃時間はそう長くないだろう。
稜線の上へ行くのはナンセンスだ。障害物の多い遺跡では魔砲をフルに生かせず、相手の土俵に文字通り「上がる」ことになる。
それに、移動というのはこの状況においては取り得ない行動だった。
ムニジョウは、前述の通り、隠密行動を起点とした不意打ちを計画していた。
それを、ただでさえ非力な、初期のオスカーと同じ魔導エンジンで達成するには、無駄な装備一切を省く必要があるだろう。
だからムニジョウは、用意していたカートリッジ「百発分」を全て魔砲と一緒に保管していたのだ。
内、機体に積載可能なのは――魔砲にある分を除けば――僅かに「十発」。
何とマガジン一つ分しかない。
このようにマガジン一つ辺りの弾数において圧倒的に37mmに比べて不利で、かつ携帯可能数も少ないことを考えると、百発もの予備を放棄することはできない。
そして何より――ムニジョウの優位性は、見つかっていないことにある。
いかにカモフラージュしていても、動けば流石に見つかりかねない。
つまり、動けば継続戦闘能力が大きく削がれるのみならず、見つかる危険があり――それはそのまま、攻撃される危険となる。
(撃つこともままならず、動くことも許されぬのなら――)
簡単なことだ。
失敗は成功の母。
上手く行かぬのなら、手法を変える必要がある。
思い通りにならぬのなら、趣向を凝らす義務がある。
ムニジョウは照準器から目を離すと、砲口を高らかに天へ掲げた。
「くぅッ」
礼一少年は飛び出した機体をすぐに遺跡の陰に滑り込ませた。激しい機動によるGで狭まった視界の中で、さっきまでいた場所の近くに土煙が舞う。
それを見てから彼はそこから真後ろに下がることで稜線の裏へと逃げた。それから滝のように流れる汗を手で拭い、恐怖で上がった息を落ち着けようと努力する。
(大体だが……安全地帯が掴めてきた)
敵の正確な位置まではつかみきれないものの、こちらから見て、ムニジョウの初期地点側の方角にいる可能性が非常に高いことは分かった。
彼とて無闇に敵へ姿を晒して何発も撃たれていたわけではない。あえて撃たせることで射点を捉えようとしていたのだ。
この試み自体は失敗したものの、射線はある程度まで理解できた。
それに、敵が初期地点後方にいるというのは非常に理にかなっている。
装備を隠していたとすれば、こちらからは見つかりにくく向こうにとっては見つけやすいところに置くだろうから――目印がなくとも見つけられるようにしてあったのだろう。
例えば――「機体の初期位置の真後ろ」とかだ。
いや、これは理屈が「逆」だ――「武器の隠し場所の真正面が初期地点だったのだ」ろう。
「機体を用いて礼一少年が来るより先に設置し、そこから遺跡へ前進する」。
そう考えれば、あの機装巨人がオスカーと同様にトレーラーに積んであったのではなく、礼一少年の来たときにはひざまずいた姿勢だったのも理解できる。
既に機体を使用していて、そこから動かすわけにはいかなかったからだ。
(しかし――)
礼一少年はまたも歯噛みする。
そう、そのような理屈を如何に理解していたところで、結局射点を正確に推理することはできないのだ。
「初期地点の向こう」と言われても、その初期地点そのものをちゃんと見てはいない。
覚えていたところで、「向こう」というのが角度的にはどちらなのかが分からなければならない。
距離もそうだ。
発砲音の速度から計算できなくはないのだろうが、音速は気温と湿度で変化する。
それが僅か数メートルしか変わらなかったとしても、その数メートルのズレが命取りに――「命取らず」になるのだ。
(だが、手がかりはある)
それは、光である。
射撃の直前、必ず、何かがチカチカと光るのだ。
照準を固定されないよう毎回飛び出る位置を変えていたのと、移動された場合に備えて全体を見回しながらであったので、これも正確に「ここ」と言えるものではない。何が光っているかも分からない。
しかも、必ず光るというわけでもない。
あくまで時々なのだ。
が、ただの草原がそうそう鋭く光るわけもない。
故に、礼一少年にとってそれは、文字通りの一筋の光であった。
勝てる、そんな風に彼が思ったとき。
まず彼が感じたのは大きな衝撃であった。次に感じたのは振動で、その次には何かが機体に付着するバラバラという音だった。
――砲撃!
礼一少年はパニックになる寸前だった。だが、もう一度その一連の現象が起きたため、水をかけられたように冷静になれたのでそうはならなかった。
礼一少年は稜線に伏せさせていた機体を引き起こし、正面を丘ではなく草原側へ向けつつ細かに移動する。
走ることはできない。速度と視野は反比例するからだ。
「見られているッ……どこだッ!? どこからだッ!?」
砲撃が来たということは、「向こう側でないどこか」から照準されているということ――敵が移動したということ!
迂回されて、後ろを取られている!
だが、そうやって砲撃され続けているはずなのに――敵の発砲煙が、流され消える瞬間すら見えない!
まずい――このまま一方的に攻撃を受け続ければ、いずれは追い詰められる!
礼一少年はペダルを踏み込み、機装巨人を遺跡に向けて走らせた。敵を探すことを諦めたのだ。
が、その矢先、砲撃が止んだ。
いや、違う。砲撃がオスカーの位置から遠くに着弾したため、着弾音がとても小さくなり、それでそう礼一少年が錯覚したのだ。
それはとても遺跡での正確な射撃とは程遠いものだった。
次の射撃も、その次の射撃も、着弾がバラけた、精密さに欠ける攻撃だった。
当たりはしないまでも、元いた位置へ数メートル以内の誤差で当てていたのが、今はそうでない。
礼一少年はその瞬間、一つの可能性に気がついた。
もし、敵がまだ稜線の向こう側にいて――そのためこちら側に敵が見えないとすれば。
(まさか――『稜線を通り越す』ように射撃しているのか?)
万有引力。
誰もが知っているように、あらゆる物体は地球という大質量物の持つ引力に引き寄せられている。
どんなに物体が速く移動したとして、それが重力に逆らうだけの力を持っていない限り、少なからず影響を受ける。
例えば、銃弾にしたって、遠距離射撃になれば必ず弾道は山なりになる。
弾道が山なりになるということは――その山の下にある障害物は「避けることができる」ということ。
稜線を、避けられるということ!
ただし、術弾は透明で実体を持たないように見えるが――それこそこの遺跡で撃ったときの経験からして、影響を受けるはずだ。
だとすれば――これはピンチなんかではない。むしろチャンスだ。
ムニジョウはこちらが稜線の裏にいると考えて攻撃している。それは、意識がそちらに傾いているということでもある。
と、すれば、今このタイミングで攻撃をかければ――傾いている分だけ判断が遅れるはずだ。
その隙を突いて、例の光を捉え、そこに弾倉にある残りを全て撃ち込む――それに賭けるしかない!
土煙が舞う丘をオスカーは駆け上がった。しかし遺跡には入らない。
遺跡の建物や壁を盾にしたのでは、安全かもしれないが視界が狭まってしまう。
一回きりしかないこのチャンスを活かすためには、稜線の、遮蔽物のないほとんどない辺りを使う必要がある――そう考えたのだ。
間もなく機体は稜線を越え、草原を広く見渡すことができるようになった。
(これは早撃ち勝負だ)
広く濃く煙がたなびいている方へ魔砲を構えながら、礼一少年は集中する。
そうだ、これはチャアタイに習った技術。
息を止め、全てを聞き、全てを感じ、全てを自分とする、あの技術だ。
意識が研ぎ澄まされ、一瞬一瞬が一秒一秒に、一秒一秒が一分一分に引き延ばされていく。
そのスローになった世界の中、彼は敵の気配を探る。
そのとき、その煙の中から一筋の光が――!
「――そこだァッ!」
礼一少年は操縦桿を即座に操作しその光源へ魔砲を向けると、トリガーを力一杯引き絞った。
――しかし、礼一少年の行動にミスがあったのだとすれば、この瞬間にこそ集約されているのだろう。
一つ目は、ムニジョウがあのように「榴弾で」曲射をした目的は、「撃破ではなく誘引」であったことを見抜けなかったこと。
二つ目は――その光が「魔砲照準器の反射光」であったということ。
つまり、曲射が止み、砲撃が、来る!




