第六十九話 トゥー・ファー
「なっ……?」
礼一少年は傾けた機体の勢いを利用して、物陰に隠れようとした。機体の手には使い慣れた37mm機関魔砲が握られている。
本来ならば、勢いで敵弾を回避しつつ、こちらの武装で足まわりを横なぎにするつもりであった。実際引き金には既に指をかけてあった。
だが銃口を向けるべき敵はどこにもいない。いるはずの位置には草がただ揺れているだけだった。
いや、違う。その風にたゆたうだけの草が、突然丸い形に切り取られて――!
「なッ……!」
礼一少年は反射的に操縦ペダルを蹴――っていた、「既に」だ。機体は傾いたまま左に大きく跳び、遺跡の陰に滑り込む。
それとほぼ同時に、右から空気を切り裂くような鋭い音。続いて爆音。先ほどまで機体のあった位置が大きくえぐれて、土の色が露わになる。
礼一少年はその一連の音に覚えがあった。
「大きいッ……75mmか!?」
ニッキーとの戦いのときのあの音と細部が違うものの、この音と破裂の激しさは37mm魔砲のそれとは違うように礼一少年には思えた。
――どこかからの、乱入者がいる?
礼一少年は左肩から接地した機体を建物の陰で立て直しながら、一瞬だけだったが、そう考えた。だが、奇しくも「機体」という点で彼はある仮説を閃いた。
――思い出せ、敵機の造形は、どこか奇妙ではなかったか。
全体的にオスカーに似ていたそれは――そういえば、何故か、腕だけは太かったのだった。
そう、「他の機体のように」。
その仮説に気づいた瞬間、礼一少年の髪の中から頬を伝って、汗がポタリと垂れ、服に染みていく。
だが今、礼一少年が汗をかいているのは、秋とはいえ未だ強い日差しに、空調がなく狭いコックピットの中で蒸されているからだけではない。
「だとすれば」という恐ろしい考えに至ってしまったための冷や汗、だ。
言い換えれば、ムニジョウに対しての嫌悪感が物質として現れたのだ。
初めから「これ」を考慮に入れてあの機体を選んだのだとすれば――ひょっとするとムニジョウは「この戦法」をも、考慮に入れていたのではないか?
そうではない、と否定したい自分がいるのを礼一少年は感じていた。何なら、それを観測している自分自身がその自分であるとすら思う。
というより、脳内自分議会での全会一致の見解でもあっただろう。
大体、あれだけ白い機体なぞ、無駄に目立ってしょうがないはずだ。この草原のどこにいたって見失うはずがない。だからまだ遺跡のどこかに隠れているに違いない。
それに、あの機体は「そのようなもの」など、どこにももっていなかったではないか。その時点でムニジョウは犯人ではない。即刻停戦して、乱入者と戦うべきだ。
こんな、ムニジョウに対して好意的な意見だってあったはずだ。
だが、彼の理性は、それこそ全会一致で、それらの見解を否定した。
どれだけ白かろうと、事実として、敵機はどこにも見えなくなってしまった。ならばそれができるだけの何かがあったのだろう。
それに、もしムニジョウの機体が遺跡のどこかに隠れているのなら、その物陰からどのようにこちらを撃ったというのか?
そして、どこにも魔砲をもってなかろうと、この草原のどこかに隠してあったとしたら?
感情と理性とのせめぎ合いの答えは、「遠くから遅れて響く破裂音」でハッキリとした。
「――そこまでして」
礼一少年は理性の方に軍配が上がったことをほとんど嘆きながらそう言った。
「そこまでして、僕を殺したいんですか、チャアタイさんッ!」
その嘆きの遥か向こう。
大きく重い魔力カートリッジが地面に落ちる音を金属がこすれる音と共にムニジョウは聞いた。
75mm用のそれはオスカーの使うカートリッジよりも大きく重い。音も当然大きくなる。
とはいえ、この音が敵に届くことはない。彼我は距離にして「およそ1km」も離れているのだ。これほど離れてしまえば当然、睫毛の落ちた音ほどにも聞こえたものではないだろう。
もちろん、1km離れたところで、射撃姿勢とはいえ、白などという、戦場では雪や氷を除けばほとんど見かけない色の機装巨人が完全に見えなくなるわけでもないだろう。
しかし当然、歴戦の戦士であるムニジョウ・エイロクはそんなことなど言われるまでもなく知っているのである。本来であれば塗り替えられるべきそれを、どうして残しておいたのか。
つまり、彼の結論はこうだったのだ――「その目立つ色を逆手に取る」。
目立つということは、特徴的なものというのは、それだけ意識に上りやすく、記憶に残りやすいということである――つまり、それだけ、「先入観を生みやすい」。
例えば、雪は白いもの。
例えば、リンゴは赤いもの。
だが、前者は雪の小さな結晶単体ではほぼ透明だし、後者にしたって青リンゴというものがある。
もちろんこれらの反証を例外や極論と見なせば上の二項は未だ成り立つが、しかし人が特徴でものごとを捉えるということは否定できまい。
故に、目の前に白色に塗装された機装巨人が現れれば――その機装巨人を「白い機装巨人」として捉えてしまう。
そうなれば後は簡単だ。まず背中合わせになった段階で「三歩を超えて歩く――否、走る。そうしなければ先手が取れない。
次に、ある岩を目印に草原へ「予め」置いておいたこの草色の布を編み込んである機装巨人サイズのチェーンメイルを着込めば、「白い機装巨人」はどこにもいなくなる。
それから同じく予め置いておいた75mm魔砲を装備すれば全ては完成する。
そう、「予め」というところから分かるように、ムニジョウは初めから、決闘の作法の「穴」を突くつもりだったのだ。
というのも実のところ、ほとんどの「作法」と呼ばれるものは、明文化されていない。慣例で成り立っている。決闘のそれもそうであった。
そして、決闘という手段が取られる場合には、双方に少なからず戦闘の意思があり、逃げずに――相手から距離を取りすぎずに戦うという前提をもつ傾向にある。
だから、初めの三歩の段階で、背を向けた勢いそのまま、「相手の歩調を無視して何十歩何百歩と走ろうと試みる」など、想定されていないのだ。
ほとんど場外と呼べるような距離に武装を隠しておくという発想に至っては、まるっきり規制がない。
もちろん、これらは反則スレスレの行為ではあるから、立会人から何らかのペナルティが与えられるのが通例だが、その立会人(例の仮面の男だ)はミヤシタ商会から派遣された傭兵である――つまり、ムニジョウの元部下だ。するはずもない。
では、その反則スレスレの行為を何故する必要があったのか。
答えは簡単だ――機体の特性を最大限生かすため、である。
この無名の機体の設計思想そのものは、作られた国が同じである以上どうしてもオスカーと似通っている。
例えば、運動性に重点を置いているのに魔導エンジンが弱いため、装甲をできるだけ削ることでそれに応えた、という点は合一である。
だが、オスカーが火力面までもを犠牲にしたのに対し、この無名の機体――言うなれば「無銘」はそうではなかった。
その違いはその使用者たちの違いから生じた。
オスカーは、「現代」的に言えば陸軍で使われるものであった。
オッデンの山がちな地形では長距離射撃の機会はそもそも少ない。そのため砲が小さくても大抵事足りるのである。
対して、「無銘」は海軍のもの――海に障害物はない。精々高い波ぐらいのものだ。
そのため、大口径砲と、その重量と反動に耐えられるだけの設計を備えている。
ただし、オスカー同様カートリッジ式で、一発ずつマガジンから手動で装填する必要があるという欠点を持つが。
しかし、どれほどの不便があろうと、大口径ということは、即ち長射程ということである。
だから、距離と相手によっては、一方的に攻撃することができる!
アウトレンジ戦法。
それが、ムニジョウの選んだ戦い方であり、礼一少年のたどり着いた答えだった。




